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第276話 罪滅ぼしの時間

 こっちの世界へ来て、早五十年。

 何でそんな長い時間を過ごしていたかって?

 父さまと母さまに、最後まで寄り添っていたんだ。

 あれから情報収集を重ねた結果、ウチが救いたい未来までの時間は充分にある事が解ったからね。

 おそらくナーちゃん達が危機に陥るのは、今から七百年ほど後といったところだろうか。

 こっちの世界に飛ばされてきたウチの両親も使用人たちも、皆もう亡くなってしまったけれど、家族揃って幸せな時間を過ごせた、そう言って笑顔で旅立っていった。

 前の世界では、身寄りのないウチが居場所を求めて、はみ出し者を集めて作った組織が闇ギルドなんて犯罪者集団に育ってしまって。

 ウチは『ただの死刑では済まない』と言われるほどの極悪人に認定されてしまったけど、こっちで笑顔の両親に最期まで寄り添う事ができて、幸せな時間を過ごす事ができて、もうホント幸せ過ぎて罰が当たりそうだなって思う。


 だから。


 たくさん幸せをもらった分、これから残りの人生は罪滅ぼしの時間に充てるんだ。

 死刑を超えるぐらいの苦しみを自分に課す覚悟で、未来を救う。

 そう誓ったのだ。



********************


「アウロラ様! おはようございます!」

「おぉ……アウロラ様! 神々しい御姿を見られただけで、来年まで永らえることができそうですじゃ」

「なぁ、あれってアウロラ様じゃね? 街に下りてくるの一年ぶりだよな」

「マジかよ! 初めて生で見た! 俺のじいちゃんがずっと言ってたんだけど、想像以上に綺麗な人でビビるわ」

「なんであんな……? どう見ても二十代だよな!? 実は二代目、三代目とかなんじゃね?」

「いや、なんかアウロラ様は歳を取らないって聞いたことあるぞ」


 この世界では魔法技術がそれほど発達していないようで、魔法を使える者がほとんどいなかった。

 そこでウチが魔法を使って色々生活の不便を解消していった結果、いつの間にか集落は発展し、皆がウチの事を崇めるようになってきた。

 でも、ウチはまだ森の中の屋敷に住んでいる。

 最近は集落へ出向くことも減って、年に一度、両親の埋葬されている共同墓地へと足を運ぶぐらいだった。

 滅多に姿を見せない事がかえって神秘的に思えたのか解らないけれど、最近では大袈裟なぐらい崇められるようになって非常にこそばゆい。


 ──でも、そんな生活も今日で最後。

 ウチはこの集落も、森の中の屋敷での生活も、すべての思い出を心の中に詰め込んで……旅に出るんだ。


 共同墓地でそう両親に報告する。


「アウロラさま……さびしいの?」


 両親の墓前に立つウチに背後から声が掛かる。

 この声は……姿を見なくても解る。


「その声は……マァムかな? そんなことないよ。ただ、お父さんとお母さんにお話してただけ」


 そう言って振り返ると、やはり背後から声を掛けてきた少女はマァム。

 数年前、この集落にやってきた、餓死寸前の母娘の娘さん。

 たまたま集落に来てたウチも手伝って、瀕死の母娘を治療したんだけど、残念ながらお母さんの方は亡くなってしまった。

 孤児になったマァムは村長の家に引き取られ、今では他の子と変わりない生活をしている。


「さて、お話も終わったし、ウチはマァムのパパのところに用事があるから行ってくるね。……元気でいるんだよ」


「……アウロラさま……もとのせかいに……みらいにかえっちゃうの?」


「……ううん、違うよ。未来にはね、もう戻れないんだ。でも、救いの手を差し伸べることはできると思うから……その方法を探しに行くんだ」


「みらいのおともだちを、たすけにいくんだね」


 マァムはにっこりと笑顔を浮かべて、屈んだウチの頭を撫でてくれる。

 集落の人間で、唯一マァムにだけは、自分が未来から魔法で飛ばされてきたこと、飛ばされて来るまでの経緯を話していた。

 マァムなら、これからウチのやる事の邪魔をしないと思ったからね。



 墓地でマァムとバイバイした後、役場の村長を訪ね、旅に出ることを告げる。

 村長は口許が見えないほど大量の白髭をたくわえた、禿頭の老人だ。

 よく近所の悪ガキに『ハゲ』と言われて顔を真っ赤にして追い掛け回している事から、望んで禿頭にしている訳ではないのだろう。

 上下が逆だったら良かったのにね……とは口が裂けても言えな……もうこの際、言ってもいいだろうか?

 でも、言っても誰も得しないから言わないことにするー。


「──という事で、本日、この地を発つ事にしました」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 村長があまりに大きな声を出すものだから、周りの職員達も集まってきてしまった。


「アウロラ様、きょ、今日旅立たれるのですか!? そ、それは些か急過ぎませぬか!? せめてもう少しだけでも──」


「いえ、もうずっとずっと前から、本日を出立の日と決めていましたので」


「何故、今日なのですか」


 来た、この質問。

 ウチはここで秘密兵器を明らかにする。

 頭上の隠蔽魔法を解除。

 白い猫耳(の飾りのついたカチューシャ)が可視化された筈だ。


「あぁぁぁっ! つ、ついに始まった……。じ、実はウチは、異世界から来た獣人なのです。そして今日は、ウチがこの世界に来てからちょうど五十年目になります。今まで良くしてくれたこの集落の皆さんのために、発展の助力をしてきましたが、長い間こちらの世界にいると、体内の魔力が変質してウチは人間ではなくなってしまいます。ですから今日、ウチは元の世界に帰らなければならないのです!」


「そ、それでは致し方……ありませぬな……」


 すると村長はさめざめと泣き始め、一段落すると集まってきた役場の職員に号令を掛ける。

 次の瞬間、蜘蛛の子を散らすように駆け出す職員たち。

 あっという間に、役場の外には村人達が全員集合していた。


「アウロラ様、これまで村の為に尽くしていただき、有難きことでございました。村人一同、ここに心より御礼申し上げ奉りまする」


 いやー、堅苦し過ぎてなんか言葉遣いまでおかしくなってるし……。

 でも、心配していたような、無理に引き止められることはないみたいで良かったー。


「我々は、アウロラ様という女神様の寵愛を受け、これまで発展してまいりました。女神様の功績は、後の世まで永遠に語り継がれるべきものです。我々一同、その語り部となって、必ずや歴史にその名を刻むことをお約束致します」


 いやいや、元死刑囚のド悪党ですから!

 女神なんて烏滸がましいよー。


「じゃ、じゃあ、そろそろ行くね。またねー」


 これ以上ここにいたらどんどん祭り上げられてしまうので、そそくさと逃げるように出発した。

 『またね』とは言ったけど、たぶんもうここには戻って来ないだろう。


 出立の理由について、肝心な部分では嘘はついてない。

 数十年前、ウチは覚えていた最後の禁呪を使って、人間であることを捨てた。




 魔女になったのだ。


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