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第272話 バイバイ

「その声は……アウロラか!?」


 目に涙を溜めていたグレインは、声のする方へと視線を上げるが、彼の目には黒炎以外に映る者はいなかった。


「ふん、誰が来ようとも、その小娘には干渉できないはずだ!」


 そんなアドニアスの言葉を無視するかのように、浮遊を続けるナタリアの身体はとうとう床から完全に浮かび上がる。

 そしてナタリアが何かに驚き、目を見開くと同時に、グレインに向けて身体がふわりと動き出す。


「グレイン、ナーちゃんの事、大切にしてよね。……ちゃんとずーっと守ってあげてね」


「アーちゃん、今言った事……本当なの!? ダメよ! あたしを……戻して!!」


 ばたばたと手足を振り回すナタリアの身体は、そのまま黒炎の檻を内側からすり抜け、酷い火傷を負ったグレインの両腕の間にすっぽりと収まる。


「何だと! 一体どこから……。っ! まさか!」


 アドニアスが黒炎の方を見ると同時に、その檻の中にアウロラが姿を現わす。


「あーあ、気付かれちゃったかー。そう、干渉されないのはこの炎の外側からだけなんでしょ? つまり、内側からなら干渉できるよねー」


 いつもの調子でそう語るアウロラの身体は、僅かばかり床から浮かび上がっている。


「貴様……いつからそこに……」


「あんたがナーちゃんを狙う事は知ってたから、最初からいたよ? 今こそ……父さま、母さまの仇を討つ!」


「…………クフッ……クファファファファ! 飛んで火に入る夏の虫とは貴様の事ではないか! 自ら死にに来るとは、いい度胸だ! ……そうか、そういえば貴様がいたな。憎き兄とフリーシアの忘れ形見の貴様が! ……あぁ、一つ言ってなかったことを伝えておこうか。その檻の呪いはな、中が無人になると姫様は絶命するように術式を組んでおる。つまり、貴様が我を殺そうとそこから出れば、姫様は死ぬ。そして──」


 アドニアスの前に、淡い光を放つ魔力の板が出現する。


「あれは……魔法障壁……よねぇ?」


 ミュルサリーナの呟いた疑問を、アドニアスは聞き逃さなかった。


「惜しいが、違うな。これは増幅障壁だ。ここに撃ち出した魔法は、我の魔力を加えて数十倍の威力となって術者に跳ね返るのだ! さぁ、これでそこからは手出しができまい! 出れば姫様が死に、我に魔法を撃てば貴様自身が死ぬぞ!?」


 その時、グレインの腕の中でナタリアが笑う。


「あいつ……やっぱり馬鹿よ。ほんと頭悪いわ……。あんな奴に殺されなくて……本当に……こうしてまたグレインに触れることが出来て……」


 涙で言葉が続かなくなるナタリア。

 アウロラはそんな彼女を見て、微笑みを浮かべながらアドニアスに言葉を返す。


「さっきのあんたの言葉、完全否定してあげるよ!」


 そう言ってアウロラは、氷の槍を生み出し、アドニアスに向けて射出する。


「馬鹿め! 自分の魔法で死ぬ事を選んだか!」


 氷の槍は増幅障壁に突き刺さると、みるみるうちに太くなり、アウロラに鋭利な尖端を向けた巨大な槍へと形を変える。


「無駄だ無駄だ! 自らの魔法で愚かに死ねぃ!」


 氷の槍は、アウロラの射出速度を遥かに上回る速度で増幅障壁から撃ち出される。


「……大丈夫。アーちゃん、あんたの勝ちよ」


 グレインの胸板に顔を埋めたまま、ナタリアは涙を流してそう呟く。

 そして巨大な氷の槍はアウロラに到達──する前に黒炎の檻によって粉々に砕け散る。


「なっ、何ィ!」


「「「「ですよねー」」」」


「叔父さん、あんた自分で、外からは干渉できないって言ってたじゃーん。あはは、脳味噌腐ってるんじゃない? 一度調べてもらうと良いよ? ……この後、グレイン達に殺されてからね。ナーちゃん、上着のポケットだよ。……それじゃあ、ね」


「バイバイ、アーちゃん」


 ナタリアはグレインに抱かれたまま、顔を上げずに応じる。

 既にグレインの胸はナタリアの涙でぐっしょりと濡れている。


「バイバイ」


 アウロラは笑顔を浮かべたまま、自らの身体を浮遊させていた風魔法の発動を止める。

 彼女の身体は静かに床の結界へと沈んでいく。


「……叔父さん、いや、もうあんたみたいなのを叔父なんて呼びたくないなー。アドニアス、最後の勝負は魔法を撃っても殺されなかったウチの勝ち。それじゃ、勝ち逃げさせてもらうねー」


 そう言いながらゆっくりと結界に沈んでいくアウロラだったが、その表情から笑顔が消えることは終ぞなかった。


「アーちゃん! アーちゃん! ……ありがとう……さよなら……」


 ゆっくりとグレインから離れ、結界に呼び掛けるナタリアの言葉が聞こえていたのか、床から細く白い指先が少しだけ出てきて、左右に往来する。


「手……振ってくれた……」


「あぁ……そうだな」


 アウロラの指先が完全に見えなくなると、黒炎の檻と結界は音もなく消滅する。

 アウロラが消えていった床を見ながら、その場に力なく泣き崩れるナタリアの肩を、グレインが支えるように抱き寄せる。

 一頻り泣いた後、ナタリアは上着のポケットをまさぐる。


「……泣いてばかりもいられないわね……。グレイン、これ、アーちゃんから」


 ナタリアの手にあったのは、古い手帳と鏡の欠片であった。


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