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第269話 何も言えないまま死ぬよりも

「……まぁ貴様の名前などどうでもいい。虫ケラがどれだけ集まろうと、我の脅威になどなり得ないと教えてやろう」


 アドニアスはそう言って、右手をグレインに向ける。

 次の瞬間、アドニアスの前に立ちはだかっていた二人の魔族が音もなく床に沈み込み、壁をくぐり抜けてきたばかりのグレインの両脇に落ちてくる(・・・・・)


「一体、何を──」


 グレインがそう呟いた時であった。

 背後でトーラスが叫ぶ。


「まずいよ! 僕の魔法が消されていく!」


「ちょっと、これじゃ通れないじゃない! あんた、もうちょっと頑張りなさいよ! せめてあたしとミュルサリーナが通るまでは維持しててよ!」


 グレインが振り返ると、彼が通ってきたはずの黒霧は消え去り、何の変哲も無い石壁と、それを必死でノックするナタリアとミュルサリーナの姿があった。

 慌てて黒霧を生み出そうと石壁に右手を突き出すトーラスだったが、彼の右手には何も起こらず、そのまま彼は地に膝を付く。


「え……ちょっと? しっかりしなさいよ! あんたの魔法で逃げる手筈だったじゃないの!」


「……僕の、魔、りょく……が……」


「ほう……これは闇魔術か。これはなかなか心地良いな」


 そう満足そうに笑みを浮かべるアドニアスの右腕には、トーラスの創り出すものと同質の黒霧が纏わり付いている。


「……貴様まさか……彼の魔力を奪ったのか?」


 クライルレットは彼女が落ちてきた、天井に広がる黒霧を睨む。

 よく見れば、直前まで自分が立っていた辺りの床にも同じ黒霧が漂っている。


「あの黒霧は……トーラス殿の転移魔法であったか……」


 口籠るように小さく呟きながら、クライルレットは再び立ち上がり、アドニアスに向けて突進する。


「チェヤァァァァーッ!」


 クライルレットはアドニアスの頭を目掛けて突きを繰り出す。

 微動だにせず、クライルレットの接近を許すアドニアス。

 アドニアスの眉間に細剣の切っ先が届く直前、クライルレットは何とも言えない恐怖を感じる。

 その一瞬の判断で、彼女は強引に突きの軌道を下向きに変え、アドニアスの下腹部を貫こうとする。


 次の瞬間、細剣の刀身はアドニアスの身体に突き刺さり、それと同時に突きの軌道を変えるために振り上げた左腕が、彼女の身体から離れて宙を舞う。


「ぐっ、アァァァ!」


 苦痛に喘ぐのは左腕を失ったクライルレットだけであった。

 アドニアスの腹部には彼女の愛用する細剣が刺さっているのだが、その刀身はグズグズと音を立てながら黒霧に侵食されており、クライルレットの背後に漂う黒霧から突き出た刀身が、彼女の腹部を貫いていた。


「自らの突きで自分の身体を貫く感覚はどうだ? ……あのまま頭を狙っていれば、その突きで自分の頭部を穿つ前に、我が綺麗に首を落としてやったのだがな」


 剣を手放し、気を失ってその場に倒れ込むクライルレットに、セーゲミュットが駆け寄る。


「大丈夫か! 気をしっかりもて! 死ぬな!」


「クライルレットさま、いま治癒を!」


 そう言ってハルナがクライルレットに駆け寄り、魔法真剣を突き刺す。


「ほう……それはなかなか興味深いな。先ほどの聖獣魔法もなかなか稀有ではあったがな」


 アドニアスの言葉を聞いて、はっとするグレインが背後を振り返ると、そこにはトーラスの傍に倒れ伏すセシルの姿があった。

 恐らくはトーラスと同じ魔力切れを起こしただけで命に別条はない、そんな事を考えていると、サブリナがトーラスの耳元で何かを囁いていることに気付くが──。


「どれどれ……ほう、これが治癒剣術か。……なるほど、治癒魔法と本質的には変わらぬのだな」


 その言葉でグレインがアドニアスに視線を戻すと、ハルナまでもがクライルレットに覆い被さるように倒れている。


「ハルナ殿! ……アドニアス、貴様! ……さてはただの人間ではないな!?」


 セーゲミュットは、怒りに身体を震わせながら問い質す。


「いやいや、普通の人間だとも。元は、な。ついさっき、貴様等が大好きな魔王とやらも完全に平らげたことで……これですべての種族を我が身に取り込む事ができた」


「貴様……何を……」


「あぁ、この呪いは、古代に研究されていた未完成の呪いを完成させたものでな。取り込んだ種族の能力を自由に使うことができるのだよ。まぁ、種族に限らず、こいつらの使う魔法も同じように取り込んでいつでも使える」


 そう言ってアドニアスは、クライルレットの上に倒れているハルナを蹴り飛ばす。


「ハルナっ!」


 蹴り飛ばされ、そのままの勢いで床を転がるハルナにグレインが駆け寄る。


「……魔族の魔力に獣人の膂力、エルフ族や竜人族の鋭い五感に長寿、人間族の知恵と呪い、それに様々な希少民族の特殊能力を──」


「あんた、バカじゃないの!?」


 自身に満ち溢れた笑みをこぼすアドニアスの言葉を遮るように、ナタリアの声が部屋中に響く。


「……何だと?」


「ナタリア殿! あまり此奴を刺激するのは──」


「構わないわよ! どうせみんなここで始末されるんだったら、何も言えないまま死ぬよりも、言いたいこと言って死んだ方がマシよ! ……あんた、結局のところは色んな種族から良い所を寄せ集めてきたって事でいいかしら?」


「ふむ……そうなるな……」


「その発想がバカだって言ってんのよ。第一、その『良い所』って誰が決めた訳? あんたの思ってる長所が、実は短所って可能性もあるじゃない」


「それは我の判断で取捨選択しておるし、いざとなればその短所でさえも使うことができるのだ」


「じゃ、じゃあ、ちょっと使ってみてよ……。獣人の少ない魔力量や竜人のちょっぴり足りない脳力、エルフの華奢な肉体、小人族の低身長にドワーフの短めな手足、それから……」


「「「全体的にほぼ悪口……」」」


「ふん、そんな事ぐらい簡単だ。…………ってやる訳が無かろうが! その手には乗らんぞ! 兎人族の予知能力で、弱った我を皆で叩き潰す未来が見えたわ!」


「「「惜しい!」」」


 アドニアスの言葉に舌打ちする一同。


「巫山戯るなよ、小娘が……。死ぬより苦しい絶望を与えてや──ぐぶっ!」


 激昂するアドニアスの言葉を吹き飛ばしたのは、突如壁に開いた穴から、彼の頭上に降り注いだ三つの人影であった。


「覚悟しなさい、アドニアス! これ以上の狼藉は許しません!」


 倒れているアドニアスの背に立つティアが、グレインに向けてそう叫ぶ。


「……って、あれ? グレインさん? アドニアスは……?」


「ちょうどお前が成敗したところだろ」


 自分の足下を指差しているグレインを見て、視線を恐る恐る下げるティア。


「あぁぁぁっ! ご、ごめんなさい! 殿方を踏み付けにするなど、王族にあるまじき行いを……きゃっ!」


 そう言ってオロオロするティアを跳ね除け、アドニアスが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「貴様等! どいつもこいつも我を虚仮にしおって! 死ね! 死ね! 死ね! 全員死ね!」


「「「ガキの喧嘩みたいな口調だな」」」


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