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第268話 お逃げ下さい

解呪(ディスペル)!!」


 セーゲミュットが差し出した、甲冑の欠片を覗き込むアドニアス。

 その顔目掛けて突き出されたのは、セーゲミュットのローブに潜んでいたミュルサリーナの腕であった。

 しかし、アドニアスは微動だにしないまま、セーゲミュットに言い放つ。


「おい……ここにもネズミがいるようだぞ? ……灯台下暗しとはよく言ったものよ」


 アドニアスに睨まれたセーゲミュットは顔面蒼白で身動きが取れず、ただ冷や汗を流している。


「魔女様……作戦は失敗です……。お逃げ下さい……」


 セーゲミュットの隣に立つクライルレットが、そう言って彼のローブを捲り上げる。

 セーゲミュットの足元で、アドニアスに手を突き出したままのミュルサリーナが露わになる。


「……で、でも、確かに解呪したはず……。 今まで感じていた呪いの魔力を感じなくなったもの!」


 アドニアスは軽く目を閉じ、くつくつと嗤う。


「その通りだ。いやいや……流石は魔女である。確かに呪いは無くなったぞ! クフファファファファ! そなたには褒美を取らそうではないか!! 両手足を削ぎ落とし、我の居室に飾り付けてやろうか? 或いは近衛兵の戦闘訓練の的に使うのも一興ではあるな。魔女であれば多少の事では死ぬ事もあるまいて。……もし死んだら、その身体、魔力、知識、全てを我が身に取り込んでやるわ! 何れにせよ、セーゲミュット、クライルレット、貴様等には感謝せねばなるまい。それはそれは窮屈であったのだ! 我の呪いの力を逆手に取り、長年にわたって重荷のように我の心を締め付けていた、忌まわしき魔族の呪縛がなぁ! ……しかしそれも今日で終わりだ! お前達がその呪縛を解いてくれたのだからな」


 そう言い終えると、嫌らしく口角を吊り上げた笑みを浮かべるアドニアス。


「……あ、貴方は……何者なの?」


 未だセーゲミュットの足元に蹲ったままのミュルサリーナが、震える唇で問う。


「……自己紹介が遅れたな。我の名はアドニアス。ヘルディム国王であり、これから……世界を統べる男である」


「アドニアス……だと? ……一体……どういう事だ!? 魔王様がこちらの世界に侵攻した折に、人間の姿を欲して貴様を取り込んだのではないのか!?」


 クライルレットの言葉に、アドニアスは小さく指を振り、高笑する。


「クフファファファファ! 魔王がこちらの大陸へ進出してから、アドニアスという人間を取り込んだと思い込んでおるだろうが、我はそれよりも遥か以前に、この矮小なる魔族を取り込んでおるのだ」


「……! そうか! 二十年ほど前に、魔王様の性格が変わられた時……」


 クライルレットが額から汗を一滴垂らしながら呟く。


「んん? 変わったか? 我は自然に振る舞っただけなのだがな。それにしても……完全に支配できる迄随分と時間が掛かってしまった。我の足元に縋り付いては蹴飛ばされていた魔族のガキ共が、ここまで立派に育つ程に……な」


「変わったさ! 私は魔王様に毎日頭を撫でて可愛がってもらっていたのに……あの日からは毎日暴力を振るうようになったではないか! 優しかった魔王様を……返せ!」


 クライルレットが声を嗄らしながらそう叫んだ。

 その声に触発されるように、セーゲミュットが我に返った。


「今の話が本当ならば……我等が憧れた優しい魔王様は本当の魔王様で、我等が仕えた残虐な魔王様はアドニアスだったと……そういう事か!? で、では、こちらの世界で魔王様に取り込まれたアドニアスは一体何者なのだ……。某も見ておったが、あれは……」


「あれはれっきとした人間の身体だ。ただし、我が作り出した分身体だがな。我は元々こちらの世界でそれなりの要職であったから、姿を消す訳にはいかんのだ。だからあれは取り込んだのでは無く、もともと分けていた半身と再融合しただけの話だ。もっとも、人間を喰らうのと見た目は変わらんので、貴様等には見分けがつかないであろうがな」


 アドニアスがそう言ってセーゲミュットの顔に視線を向けた瞬間、クライルレットは彼の足元から自身の顔を見上げるミュルサリーナの視線に気付き、目配せをする。


「貴様が魔王様でないとするならば……手加減は一切せぬ! 魔女様、ここは我らが食い止めます故、お逃げ下さい! おい、ゲボロイン! 緊急事態発生だ!」


 クライルレットがそう叫びながら剣を抜くと同時に、ミュルサリーナは二人の魔族の背後へと駆け出す。


「……逃がすと思うか?」


 アドニアスの言葉通り、さっきまで開いていた部屋の入口があった場所は、ただの壁へと変わっていた。

 しかしミュルサリーナは足を止めず、その壁へと一目散に駆ける。


「少しでも距離を取って……そしてこの壁を何とかして開かないと……!」


 ミュルサリーナがアドニアスに捕われれば、いつ終わるとも知れぬ苦痛と、その果てにある死が彼女を待ち受けているのは明白だった。

 だから少しでも遠くへ、少しでも永く、『人間らしく過ごせる時間』を──

 そしてミュルサリーナの手が壁に触れようとする瞬間、眼前の壁がどろりと闇に溶け込み、手が壁を突き抜ける。


「──え?」


「クライルレット、お前間違いすぎだろ! 俺はグレインだ! グ・レ・イ・ン! ゲボロインなんて汚い名前で呼ぶんじゃねぇよ!」


 いつの間にか壁にはトーラスの魔力が渦巻いており、そこからグレイン達が次々と姿を現す。


「うまくいったね! やっぱり壁一枚破るだけなら、転移魔法なんて大層なものいらなかったよ」


 笑顔でそう語るトーラスの横を、ミュルサリーナが駆け抜ける。


「……もう大丈夫よ。頑張ったわね。こんな奴、みんなでかかれば何とかなるわよ!」


 優しくそう語り掛けるナタリアに抱き止められたミュルサリーナは涙を流す。


「……っ! ありがとう、みんな……」


 一部始終を眺めていたアドニアスは、心底不愉快そうに顔を顰める。


「何だ、貴様は……ゲボロイン……だと?」


「そんな名前名乗ってねぇよ!」



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