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第265話 適当に話を合わせて

 グレイン達がゲートを通った先では、重厚な石造りの部屋に所狭しと並べられた甲冑が、高窓の格子から射し込む月明かりに照らされていた。


「ここは……」


「王宮の武器庫である。ただ、現在は別の武器庫が使われており、此処は古くなって廃棄寸前の武器の保管場所と聞いておる。……全員揃ったか? では、参るぞ」


 そう言ってセーゲミュットが部屋の扉を開くと、一人の女が仁王立ちしていた。


「セーゲミュット、遅いぞ」


 見た目こそ二十代前半ぐらいではあるが、その背に大きくはためく褐色の翼と、激しく地面を叩く尾が、彼女が魔族である事を告げていた。


「約束の時刻をとうに過ぎているではないか。魔王様の下へ急ぐぞ」


「済まぬ、クライルレット。本日はちと客人が多いものでな」


「客人……だと?」


 クライルレットと呼ばれた魔族の女は、セーゲミュットの背後を覗き込み、一足飛びでセーゲミュットから距離を取る。


「セーゲミュット! 貴様……何のつもりだ!」


「早まるな! まずは落ち着くのだ! 某の話を聞いてくれぬか」


「貴様……魔王様のご命令通りにその虫ケラ共を殺せなかったどころか、何を吹き込まれたのだ! どうせ魔王様の命を狙いに来たのであろう!」


「セーゲミュットの言う通りだ! まず落ち着いて話をしよう! 俺達はまだ何もしてないだろ!?」


 セーゲミュットの背後から首を伸ばしてグレインが呼び掛ける。


「ええい、忌々しい虫ケラめ! 『まだ』と言う事はこれから事を起こすのであろう!」


「まぁ、事は起こすけど別に命をどうこうする訳じゃ……」


「ほら見ろ! もう黙れ! つべこべ言うな!」


 クライルレットは腰に帯びている二振りの細身の剣を抜き、両手に構える。


「ちょっと待てって! 魔王に危害を加えるつもりはないぞ! ……アドニアスは別だけどな……。あいつにはどうにかして痛い目を見てもらいたいが」


「今の魔王様はアドニアスと一体なのである! つまり、貴様がいくら別だ別だと言っていても……結局は魔王様を痛めつけるつもりなのであろう! 小賢しい口車には乗せられんぞ!」


「いや、そりゃ誤解ってもん──」


「「「「グレインは喋るな!!」」」」


 一同が声を合わせてグレインを睨み付ける。


「あんたが出てきてから話がややこしくなったわよ」


「これは某とクライルレットで話をつける故、そなたは静観していてくれまいか」


「どうしても口を閉じられないなら呪ってあげるわよぉ?」


「……心臓を止めた方が……確実……」


 最後はリリーに睨まれて、萎んだようにしょぼくれるグレイン。

 そんなグレインに躙り寄る一人の男がいた。


「ねぇグレイン、それよりもさ、あのクライルレットさんってなかなか美人だと思わない? スタイルも抜群だし。魔族の年齢は分からないけど、人間の見た目で言うと、あと五年……いや十年若ければ極上の美少女だったと思うんだよねぇ」


「……今でも俺達より若く見えるのに、さらに十年巻き戻したらリリーより年下になっちまうだろ」


「それが良いんじゃないか! 美少女、美幼女大歓迎だよ!」


 グレインに肩を組み、陽気にそう告げる彼を、背後から一人の視線が射抜く。


「トーラスさま……浮気ですわ……浮気ですわよ……。お覚悟はよろしいですわね? わたくしの全身全霊、死なない『ヒール』を……お二人に!」


「何で俺まで!?」


「近くにいるからですわ! 風属性で軌道が少しブレるようになったので、そんなに精密にコントロールできませんもの!」


 そう言って魔力を集め始めたセシルは、睨み合っていたセーゲミュット達の注目を浴びる。


「「なっ……! この魔力は……聖獣か?」」


 そしてセシルがヒールを放とうとする瞬間、彼女は背後から頭を小突かれて魔力が消滅する。


「セシル、やめんか! これから何が起こるか分からんというのに、魔力を無駄遣いするでない! その魔力は妾が美味しくいただいておくのじゃ!」


 それはサブリナであった。

 彼女はいつも隠している頭部に生える二本の角や、背中の翼や尾までも、まるで見せつけるかのように惜しげもなく披露していた。

 そしてサブリナはそのままセシルの頭を撫でている。


「結局、わたくしの魔力はサブリナに吸われて無駄遣いしたのでは……」


「何を申す、妾の魔力を補充したのじゃ。これ以上に有用な使い方はそうそうあるまいて」


「もう……」


 口を尖らせるセシルではあったが、頭の上に置かれたサブリナの手を払うような事はしなかった。

 そんな二人の様子を見て、クライルレットが剣を鞘に納める。


「あれは魔族ではないか。……そうか、そういう事であったか、セーゲミュット!」


 腕を組み、セーゲミュットに笑顔を向けるクライルレット。


「そなたの言う客人とは、あの魔族の事であったか。魔王様が殺せと仰せになったこの虫ケラ共は、あの魔族の奴隷であったが故に殺せなかったのだな? そしてあの魔族とトラブルになった。そこで今宵、奴隷の所有者が直接魔王様に話をつけに来た、と。そういう事であったか」


「………………あぁ、そういう事だ」


 長い沈黙を挟むセーゲミュットにナタリアが突っ掛かる。


「ねぇあんた、いいかげんな事言ってんじゃないわよ? 今答えるまでにずいぶん間があったわよね!? そもそもそんな作り話……」


 しかしセーゲミュットは表情一つ変えずに、彼女の耳元で囁く。


「クライルレットはヴァイーダ随一の剣の使い手である故、彼女を敵に回すと我らに勝機はない。今は適当に話を合わせて、この場を乗り切らねば。……手段を選んでいる場合ではないのだ」


「うぐ……。わ、わかったわ」


 言葉を飲み込むナタリア。

 意を決したように大きく深呼吸をして、サブリナとセシルの間に割り込む。


「ごしゅじんしゃまー! あたしも、あたしにもナデナデしてー」


「「「「「は?」」」」」


 急変したナタリアの様子を見て呆気にとられるグレイン達。

 ナデナデを要求されたサブリナでさえも、開いた口が塞がらないといった様子だ。

 そのままぽかんとする一同に、クライルレットが言う。


「貴様等の処遇は客人と魔王様の話が終わってからになるが、魔王様のご決断が覆る事はあるまい。魔王様が殺せと仰せになった者は何がなんでも殺す。セーゲミュットが殺せぬのなら私が殺す。……今のうちに主人と最後の別れの挨拶でも交わしておけ」


「ちょっと待て。さっきから気になってたんだけど、お前……俺たちが魔王に言われた事を何で知ってるんだ?」


「セーゲミュットと共にあの森にいたであろうが。……やはり見分けが付かぬか。これだから下等生物は……。あの時はこのセーゲミュットと同じ緑髪の人間族の姿で魔王様の護衛であった、とでも言えば思い出すか?」


「あ! ……お前、あの時の偽リーナスの片割れか……」


「……奴隷ども、別れの挨拶は済んだか? では行こう」


 一同に背を向けるクライルレットを見て、トーラスが何気なく呟く。



「本当の事を言っちゃ駄目なのかい? 僕達は魔王様の呪いを解きに来たんだって」


 その言葉に呼応して、クライルレットは足を止め振り返る。


「……何と……そのような事が可能であるのか!? 私も今の魔王様はどうにもおかしいと……いや、性格が真逆に変わってしまったとは思っていたのだ! 本当か!? 本当に魔王様を元通りに治せるのか!?」


 さっきまでの冷徹な雰囲気が嘘のようにトーラスに詰め寄る彼女を見て、セーゲミュットも満足そうに頷く。


「魔王様を慕う気持ちは、我ら魔族に共通のものであるからな。クライルレット、某がこの者達を連れてきたのはその為である! いざ、あのお優しい魔王様を取り返さん!!」


 得意げな様子のセーゲミュットの後頭部を、ナタリアが全力で叩く。


「何が『適当に話を合わせる』よ! 正直に言って通じるなら最初から言いなさいよこのボケがぁぁぁぁ!! 無駄にサブリナに甘えて恥ずかしい思いしちゃったじゃないの! 損害賠償請求するわ! 五億……いや十億ルピア払いなさいよ!」


「ギルドの借金帳消し作戦か……さすがナタリア、転んでもただでは起きないな」


 感心するグレインをよそに、クライルレットは顎に手を当てて尾をそわそわと地面を這わせていた。

 どうやら何かを考え込んでいるようであった。


「さすがはセーゲミュット、貴重な人材をよく連れてきてくれた。……と言いたいところだが、どのように魔王様に謁見するかを考える必要があるな。今の魔王様では、真正面から連れて行っても一瞬で消されてしまうだろう」


「そんなのただの危険人物じゃないの……」


 顔を真っ赤にしていたナタリアが、今度は青い顔でそう呟いた。


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