第261話 それだけじゃ、ないんですっ!
「王女さまに国を取り返してもらえばいいじゃんか」
グレイン達の前で、まだどこかあどけなさの残る少年、エリオは無邪気にそう言い放った。
「ヘルディム王国ってこの大陸で一番でかい国なんだろ? だったら、王女さまが国を取り返せば、そのお礼で借金を帳消しにできるだけのお金ぐらい貰えるって!」
鼻歌混じりにそんなことを言ってのけるエリオに、グレインは感情を抑えながら答える。
「あのなぁ、……俺もティアが国を取り返すのが一番だと思ってるよ。だけどな、たかが個人が国家に歯向かったって、向こうにとっちゃ五月蝿い羽虫を追い払うぐらいのものなんだ。だから俺達は、ヘルディム周辺の国家に協力を呼び掛けて協力を仰いでる最中なんじゃないか」
「いやいや、そんなコトしてたらどんだけ時間かかるか分からないじゃんか。……それよりもっと、手っ取り早く取り返す方法があるだろ?」
そこでグレインは、一つの考えに至る。
「お前……まさかミュルサリーナと俺の会話を盗み聞きしてたのか? 俺達がアドニアスと接触する事を……」
グレインが言い終わらないうちに、エリオは噛み付くような剣幕で捲し立てる。
「へへっ、聞いてたぜ! だから今のニセ国王の呪いを解く時に王女さまを連れて行って、ニセ国王を始末しちまえばめでたしめでたしで終わる話じゃんかよ! このまま何年かかるか分からねぇ、成功するかも分からねぇ策に付き合いきれねーんだよ!!」
すると、広場の片隅で休んでいたハルナが、エリオの前に歩み出る。
「エリオ君は優しいんだね」
「なっ、何でそういうことになるんだよっ!」
笑顔で話し掛けるハルナから顔を背けたエリオであったが、その顔は真っ赤に染まっている。
「……本当は、王女さま……ティアちゃんに早く国を取り戻して欲しいんだよね? エリオ君が我慢できないんじゃなくて、ティアちゃんが耐えられないって思ってるんでしょう?」
俯き、口を噤むエリオに、ハルナは言葉を重ねる。
「私は知ってるんだ。ティアちゃん、毎晩静かにベッドの中で泣いてるのを」
はっとした表情でハルナを見上げるエリオ。
そして、再び下を向きながらぽつりと呟くように口を開く。
「俺は護衛だけど寝室は別室だから毎晩かは知らないけどよ……。たまたま……夜中に散歩してたら見ちまったんだ。王女さまが寝室の窓から、夜空を眺めて涙を流してるのをさ」
エリオは目に浮かんだ涙が溢れないように、すっかり昇りきった白日を睨み付ける。
「その時、王女さまの心の中も……視えたんだ。悪い宰相に親を殺されて、小さな頃から守ってくれた近衛騎士達もほとんど失って、国を追われて……。国境を越えるときが寂しかったし悲しかった」
すると、トーラスが鼻息荒くエリオに擦り寄ってくる。
「も、もしかして、エリオ君のその眼は、寝室の中も覗けるのかい!? だったら寝室だけじゃなくて浴室の中なんかも──」
次の瞬間、トーラスの鳩尾には突き上げられたナタリアの拳がめり込み、彼の身体はうつ伏せに舞い上がる。
「こんな時ぐらい空気読みなさいよ、この変態!」
「ヒィッ!」
トーラスに向けられたであろうナタリアの形相を見てしまったエリオは思わず悲鳴を漏らす。
「……エリオ君、ハルナ、続けていいわよ。『これ』はこっちで始末しておくわ。グレイン、運びましょ」
ナタリアはグレインを呼び付け、一緒にトーラスを運び出す。
「……あ、はは……。だからエリオ君は、ティアちゃんのために国を──」
「それだけじゃ、ないんですっ!」
エリオは突然、ハルナの言葉を大声で遮る。
「お、俺……ずっと言いたいことがあって。……ハルナさんっ! 俺、王女さまが早く国を取り返せるように、命がけで守るから、だから! 王女さまが国を取り返せたら、け、け、け、……」
「……『ケーキが食べたい』のでしょうか?」
続く言葉を悟ったカロリーヌが、ニヤけた様子で茶々を入れる。
「『決闘』じゃないのぉ?」
ミュルサリーナもそれに乗っかる形で続く。
「『消し飛ばして欲しい』のよ!」
ラミアはどこまで本気なのか表情からは読み取れない。
「……『剣を……刺してほしい』……の? ナイフなら……協力する……」
リリーは既に腰のナイフを抜こうとしている。
「『契約書を書く』……かの? ……エリオや、そなた何か重大な契約が必要なのか? まさかまた借金か? ……まぁ、妾で良ければどんな契約でも…………あ……」
『借金』というキーワードに鋭く反応して振り向いたナタリアを傍目に、サブリナはようやく気付き、思わず叫んでしまう。
「ま、まさか……結婚……!? 婚姻の誓約を! エリオが! ハルナに!!」
「う、ぅわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
エリオは顔どころか身体中を真っ赤に染め上げて、大声で叫びながら駆け出し、広場を飛び出していってしまった。
「エリオや……こんな大勢の前で、面と向かって結婚を申し込んだそなたの勇気、決して忘れはせぬぞ……」
エリオはまだ結婚について一切言葉にしていない事に、全く気付けないサブリナなのであった。




