第026話 指名依頼
「ラミアの……実家を潰す?」
場の空気が一瞬にして凍りつき、グレインの表情も緊張で強張る。
「そう。彼女の実家が王都で大きな商会を営む、ソルダム家っていうのは有名な話なんだけど、どうもその商家が闇ギルドと繋がってるらしくってさー。それで君達『災難治癒師』に調査を依頼したいんだ」
アウロラの言葉は軽いが、目付きは依然として鋭く、その視線をグレインへと向けたままである。
「えっと……まず、ラミアの実家の話は初めて聞いたぞ」
「えぇ? さっきウチの財産目当てに求婚してなかった? てっきり同じ感じで財産に目が眩んで、『ラミア、オイラと結婚しようぜぇ、ゲヘヘヘ……』って迫ったのかと」
アウロラは両手をわきわきとさせながらグレインの真似をしているようだった。
「誰だよそれ! そんなの言った事ないぞ! 変な歴史を捏造するんじゃない! ……ラミアについては、前にナタリアにも聞かれたことがあったが、本当にあいつとは何もない。性格も好みも何もかも全く合ってないんだ。考えただけで気持ちが悪くなる」
グレインは吐き捨てる様に言った。
「アウロラさま、どうしてわざわざグレインさんの古傷を抉るような依頼で、私達を指名されるんですの?」
「確かにセシルの言う通りだな。この依頼には、俺達を指名する必要性が全く感じられない」
グレインとセシルは訝しむような目でアウロラを見る。
「……グレインは、『緑風の漣』に復讐する気はない?」
グレインは、アウロラの言葉に少し驚きつつも、静かに答えを返す。
「全くない……と言えばさすがに嘘になる。俺はあいつらに殺されかけたんだ。いや、ハルナが運良く見つけてくれなけりゃ、ほぼ死んでいた筈だ。だからこそ今は、ハルナのおかげで拾ったこの命は、ハルナの為に使おうと思っている。……ハルナの居場所を、そして今ではセシルの居場所でもあるこのパーティを、全力で守ることだ」
そこまで言い終えて、グレインはハルナをちらりと見ると、彼女は何故か悲壮感漂う表情をしている。
何かおかしな事を言っただろうか、と首を傾げながら、しかしグレインは言葉を続ける。
「俺の個人的な事情で『緑風の漣』にちょっかい掛けて、厄介事を引き起こしたくはないんだ」
「グレインの考えは理解したよ」
どことなく丁寧な口調でアウロラは続ける。
「でも、こっちにも色々と事情があって、『災難治癒師』の皆には指名依頼として、王都のソルダム家と闇ギルドの繋がりを調査して欲しいんだよ。この依頼はあなた達、いえ、正確にはグレインにしか頼めない内容なんだ。その代わり、ラミア個人及び『緑風の漣』からの妨害工作や、その他『災難治癒師』の皆に危害を加える行為は、事前に阻止できるよう冒険者ギルドネットワークが全面協力するからさ。お願いお願いお願い!」
アウロラはグレインに向かって手を合わせて頭を下げている。
「ちなみに……その色々な事情ってやつを聞いても?」
「おそらく、調査を進めれば分かるはずだよ。ハズレだったらごめん人違い、って話だけど」
「その……闇ギルドと繋がってるって根拠とか、情報源はどこから?」
「全部ウチの情報網からだよ。でも、確定できるまでの情報は集まってないの。それで実際に足を運んで調査をお願いしたいなーってこと」
グレインはこの場にいる全員を見渡しながら、暫し考え込む。
誰も口を開かず、沈黙が訪れる。
ふとグレインがハルナの顔を再び見ると、先ほど悲し気な顔をしていた彼女は、遂に大粒の涙をぽろぽろと零して泣き始めていた。
「おっ、おい、ハルナ! どうしたんだ!? さっきから暗い顔をして、何か嫌な事でもあったのか?」
「あわわわ……ハルナさん、何があったんですの?」
「ミートボールが……なくなっちゃいました……」
「「……すいませーん、メテオミートボールおかわり下さい」」
グレインとセシルが声を揃えて店員のミレーヌを呼びつけ追加注文すると、ハルナの表情は一気に明るくなった。
その様子に、グレインは思わず吹き出してしまう。
「ははっ、なんかもう、ハルナのせいであれこれ考えるのが馬鹿らしくなってきたぞ。……みんな、俺の個人的な事情に巻き込んじゃうかも知れないし、もしかしたら命の危険があるかも知れないけど、それでもこの依頼を受けてもいいか?」
ハルナとセシルを交互に見ながらグレインは問い掛ける。
「指名依頼って事は、報酬もたくさん貰えたりするんですか? 達成したら無限にお肉が食べられるぐらいの報酬を希望しますっ!」
「わたくしは……グレインさんが辛くなければ……リーダーの決断に従いますわ」
「セシル、ありがとう。ハルナは……肉か……。善処する。……そう言えばFランク冒険者ってそもそも指名依頼されるんだっけ?」
その時、ハルナの眼前にミートボールの皿が配膳される。
「アーちゃん! もう一つ重要な説明を忘れてるじゃない!」
ナタリアはアウロラをキッと睨みつけて短く指摘する。
「あー……。サラン冒険者ギルドマスター権限において、ゲレーロ盗賊団を壊滅させた功績を認め、『災難治癒師』の構成員を全員Dランクに認定します。……指名依頼はDランク以上じゃないと無理だからねー」
「……指名依頼のためにランクを上げたのか、ランクが上がったから指名依頼が来たのか……どっちが先なんだろうな?」
アウロラの言葉を聞いて、首を傾げるグレイン。
「まぁまぁ、そんなのどっちでもいいじゃないのー」
アウロラは笑っているだけで明確に答えない。
「そうですよグレインさま、依頼を達成したからお肉が食べられるのか、お肉が食べられるから依頼を達成できるのか、それはどっちが先でも──」
「ハルナはちょっと黙っててくれな?」
グレインはそう言って、ハルナの皿に山盛りになっているミートボールを、一つ摘んで自らの口に放り込む。
「あああああっっっ!!!」
「おっ、これはなかなか美味いんだな」
ミートボールに舌鼓を打つグレインの隣で、ハルナが大騒ぎしている。
「グレインさまがお肉を食べたから殺されるのか、グレインさまが殺されたからお肉を食べるのか……どっちが先か……」
「いやいや、殺されたから肉食べるってのはおかしいだろ……ってえええっっ!」
グレインの目の前で、レイピアの柄に手を掛けたハルナがゆらりと立ち上がる。
「ま、待てハルナ、街中で剣を抜いたら衛兵が」
「大丈夫、ここはギルドの中だから治外法権だよー」
爽やかな笑顔で答えるアウロラ。
「アウロラも余計な事を言うんじゃない! は、ハルナ、勝手にミートボール食べたのは謝る! つい出来心で……。この通り、反省しております! 大変申し訳ない事をしましたァァァッ!」
ギルドの酒場で全力の土下座をするグレインに対して、ハルナは笑顔を取り戻して告げる。
「では……メテオミートボールあと二皿追加で!」




