第249話 やめろサブリナ!
「セシル……? セシルはどこだ!?」
セシルがいなくなったことに今更ながら気が付くグレイン。
「トーラス、お前の傍にいたよな?」
「うーん……僕は気を失っていたからね」
「じゃあリリー! リリーならセシルが何処行ったか見てるだろ!?」
グレインの問い掛けに俯くリリー。
「ごめんなさい……。あの時は……とにかく兄様を殺すのに必死だったので……。……私、探してきます!」
そう言ってリリーはトーラスをその場に座らせ、一人で茂みの中へと分け入って行く。
「一旦セシルちゃんはあのコに任せるとして、先に私達の用事を済ませてしまいましょうかぁ」
「それもそうじゃのう……。ダーリン、それで、妾達をここへ呼んだのはあの男が理由じゃな? あの男……姿形は人間族のものではあるが、まやかしのように思えるのう」
そう言いながらサブリナは目の前に座っているセーゲミュットを凝視し続けている。
「あぁ、そうなんだ。今はクソ野郎の姿をしているが、魔界から来た魔族らしいぞ」
「なんと! 確かへイザーランド、とか言ったかの? そなたはそこから来たと申すか。名を何と言う?」
「あっ、やめろサブリナ!」
咄嗟にサブリナを制するグレインであったが、時既に遅し。
「某は魔王様の右腕であり、魔王軍総司令補佐兼、魔王軍歩兵育成部門最高統括責任者兼、魔国ヴァイーダ国家安全保障局長兼──」
「あーあ……始まっちまった……」
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セーゲミュットの長い長い自己紹介の後、サブリナが疑問を呈する。
「要するに魔国ヴァイーダの偉い人って事じゃな。では聞こう。魔国ヴァイーダとは何じゃ? お主らの国はへイザーランドではないのか?」
するとセーゲミュットは頷く。
「そういう呼び方もあるにはある。へイザーランドは大陸全土を一つの国家と見なす、と人間族が一方的に言い出した国名であるな。我等魔族はその呼称に賛成しておらず、むしろそれより以前から、魔国ヴァイーダという国家のもとに暮らしておったので、魔族は未だにヴァイーダ国民であるという意識が高い。へイザーランドはあくまで国家連合としての名称、という説明が一番わかり易いであろうか」
「北の大陸では魔族が人間族を虐げていたけど、人間族が他の種族と手を結んで戦争になって、最終的に休戦協定を結んだんだっけ?」
グレインがエリオ達から聞いた歴史を話すが、何故かセーゲミュットは首を傾げる。
「……それは一体どこの歴史なのだ? 元々北の大陸には人間族が、こちら側の大陸には魔族が住んでいたのだ。ところが人間族は、やれ開拓だ、産業発展だと抜かして、北の大陸を枯れ果てた荒れ地になるまで食い荒らした挙げ句、自然豊かな南の大陸を強奪したのだぞ? 結局、魔族は追いやられるように北の大陸へと強制移住させられたのだが」
「何だよそれ……。俺達の聞かされてる話と随分違うなぁ……」
グレインはそんな事をぶつぶつと呟きながらセーゲミュットを見るが、彼に嘘を言っている様子はなく、またこの状況で嘘をつく必要性も感じられない。
「あらぁ? 人間側に伝わっている話だって、疑う余地は充分にあるわよぉ? ……人間族って、都合の悪い部分はすぐ隠蔽する癖があったりしないかしらぁ?」
ミュルサリーナは口もとに手を寄せ、うふふ、と微笑を浮かべる。
「まるで他人事みたいに言うんだな」
「あらぁ、私は魔女なのよぉ? 厳密に言うと、私ってもう人間じゃないのよぉ」
「「「えっ」」」
「あらぁ、知らなかったかしらぁ? 魔女は『種族を超越した存在』なのよぉ」
いつもの調子でとんでもない事をさらっと言うミュルサリーナに対し、セーゲミュットが全速力で駆け寄り、足元に跪く。
「魔女様……何卒、お願い致したき儀がございます!」
ぽかんとする一同とは対象的に、ミュルサリーナは目を細め、落ち着いた低い声で返事をする。
「発言を許す、申してみよ」
その言葉には、普段の飄々とした雰囲気は一片もなく、寧ろこの場を支配するような重圧が籠もっている声色であった。
「我等の王……魔王に掛けられた呪いを解呪していただきとう御座います」
「呪いとは? 詳しく申せ」
ミュルサリーナの問いに、セーゲミュットは静かに頷く。
「そもそも魔王家は、北の大陸に送還された魔族達をまとめ上げ、『多種族と争うのは無益、我らの理想郷をここに造ろう』と宣言してヴァイーダを建国した初代魔王様から続く家柄で、どの代もとても優しいお方で、へイザーランドの他国……自分達を蔑ろにした人間族とも仲良く暮らしていこうとされていたのです」
「それで? その話は呪いとどう関係が?」
冷たく返すミュルサリーナ。
「今代の魔王も例に漏れずお優しい方でしたが……二十年ほど前だったか、へイザーランドの在り方について各種族の代表者たちが集う会議に出席されてから、魔王の様子が一変しました。突然暴力的になり、先祖が奪われた南の大陸の奪還を考えるようになったのです。この変わりように、ヴァイーダの重鎮たちは『代表者会議で呪いをかけられたに違いない』と噂しております」
「それで?」
一切感情を表情に出さないミュルサリーナ。
「それで……魔女様に魔王の呪いを解いていただきたいと──」
「その話は呪いとどう関係が?」
「……は? で、ですから魔王様の呪いを──」
「噂に躍らされ、本当に呪われているかどうかも判らない者に対して、私に解呪の術を施せと、お前はそう言うのか?」
ミュルサリーナがセーゲミュットを睨みつけると、セーゲミュットは震えながらその場に頭を下げる。
「……た、確かに……その点は軽率でしたが……我々に呪いの有無は判別できませんので、魔女様に見ていただくのが一番確実かと……」
「それに……お前達に報酬は用意できるのか? 一国の王ともなれば、解呪料も莫大なものとなるぞ」
「報酬につきましても……必ずや……」
セーゲミュットは一言だけ言うと、あとは額を地面に擦り付ける。
ここでミュルサリーナはふう、と大きく息を吐き、いつもの口調で口を開く。
「それじゃあ、報酬を先払いしてもらおうかしらぁ。……今この国で起きているワイルド・スタンピードを全部止めてきなさいな。期限は……そうねぇ、早い方がいいから、明日の朝日が昇るまでにするわぁ」
「「「「無理難題きた……」」」」
顔を顰めるグレイン達であったが、セーゲミュットは笑顔でミュルサリーナの顔を見上げ、何度も頭を下げる。
「魔女様……! ありがとうございます! それだけ時間をいただければ充分でございます! ではこれより、魔王軍全軍を率いて、脱走したモンスターの対処に当たります!」
そう言って、小躍りするように森の奥へと駆けていくセーゲミュット。
「……一応、ハイランドに報告しないとな……」
グレインはその背中を見送りながら、面倒臭そうに呟くのであった。
 




