第248話 呪いを解く術
「詳しくって、何をだよ?」
グレインは、今の話のどこに食いつく要素があったのかと首を傾げる。
「無論、バナンザとやらの街で起こった出来事である。詳細を聞かせてはくれぬか」
グレインはトーラスに振り返ると、トーラスも頷く。
「分かりました。僕の知っている範囲でお答えしますが、曲がりなりにも敵にこちらの戦力を明かす事になりますので、差し障りのない部分だけになりますよ」
「あぁ、それで構わない。一旦休戦としよう」
そう言ってセーゲミュットはその場に胡座をかく。
「……休戦っていうか、まだ開戦もしてなかったがな」
セーゲミュットを見てグレインも抜きかけていた剣を鞘に納める。
そしてトーラスがバナンザの街での出来事を説明すると、セーゲミュットは頭を下げる。
「その人間の姿をしていた魔族というのは、おそらく我らの同胞であろう。多大な迷惑を掛けたことを詫びる」
「随分と物分りが良さそうだな……。でもな、お前らはどうせこの世界を滅ぼすつもりじゃないのか? それなら街に被害が出るのは好都合だと思うんだが」
「我等が魔王様がどうお考えかは解らぬ。解らぬが……」
セーゲミュットはそこで一呼吸置く。
「あくまで某個人の考えとしては、無益な殺生はなるべくなら避けたいと考えておるのだ。勿論、我等に宣戦布告をしたのであれば、慈悲の欠片もなく、塵一つも残さず消し飛ばしてやるが、バナンザの民はただ魔王様の魔力に怯えて森から逃げ出したモンスターを押し留め、街を守ろうとしている矮小な存在に過ぎぬ。つまり我等と敵対するでもなく、かと言って我等の味方でもない、中立の存在と言えよう。……だからこそ、我等の脱走兵が被害を与えるなど、絶対にあってはならん事態なのである!」
そう言ってセーゲミュットは再び地に額を擦り付けながら恨み言をぶつぶつと呟いている。
「これでは……我等の話など聞いてもらえぬではないか。やっと巡り会えたかも知れぬのに……!」
その様子を見ていたグレインが、セーゲミュットに声を掛ける。
「結局、お前は何が聞きたかったんだ? その脱走した魔族が引き起こした被害について知りたかったのか?」
セーゲミュットは土下座したままの状態で首を左右に振る。
「呪いの傷を癒やしたと聞いた。呪いを……呪いを解く術を持ち合わせているのか?」
「呪い? そんなの魔族の得意技だろ。お前たちの方が詳しいんじゃないのか?」
「いや、違うのだ。元々魔族は呪いの力など使わぬ。何故なら……呪いを生み出したのは人間族だからだ」
グレインはここで後ろを振り返り、トーラスを見る。
「トーラス、転移魔法は使えるか?」
リリーに支えられながら、なんとか立っているという状態のトーラスは静かに頷く。
「ボロボロのところ非常に申し訳ないんだが、ミュルサリーナと……一応サブリナもここへ連れてきてくれないか? 兄妹で仲良く力を合わせて……頼む!」
「はいはい、分かったよ……。うちのギルマスは人使いが荒いね……」
「いや、お前ヒーラーじゃないからギルドメンバーじゃないぞ?」
「何それ! 酷いよ!?」
トーラスは不満を漏らしながらも転移渦を生み出し、リリーと共にその場から姿を消す。
いつの間にか頭を上げて、その様子を見ていたセーゲミュットは不思議そうに呟く。
「さっきの男……千切れた腕が元に戻っていたような気がしたのだが」
「あぁ、そのあたりはあまり気にしないでくれ。リリーの治療の成果だ。……少し待っててくれ。あいつらはすぐ戻ると思う」
グレインがあたりを見ると、その場には何故かセーゲミュットとグレインの二人だけになっている。
「何か気まずいな……。特に共通の話題もないし」
「今は戦う気も無いのだ。心配するな。それに、話題が無ければ無理に話さなくてもよかろう」
セーゲミュットはそのまま目を閉じ、瞑想を始める。
「ま、それもそうか……──ってうぉあっ!」
いきなり茂みからカロリーヌが姿を表し、グレインは驚きで全身を硬直させる。
「脅かすなよ、カロリーヌ!」
「グレインさんも食べますか? 先程野鳥を捕らえて参りましたので、これから調理しようかと」
カロリーヌはそう言って、手にぶら下げた獲物を掲げる。
その獲物は鶏のような体型ではあったが、派手な紫色の鶏冠の左右に黄色い角を持ち、翼は七色の羽根で彩られ、嘴には何故か金属光沢のある牙が生えており、とにかく見た目が騒がしい。
「なんか色とりどりで綺麗だけど、……ちょっと見たことない鳥だな」
「ほぅ、キメラバードか。人間族は大昔に家畜化した動物しか食べぬと思っていたが、ちゃんとモンスターを食べる風習はあるのだな」
「えっ……こいつモンスターなのかよ」
「家畜でも動物でもモンスターでも……食べられればみな食材です。食事は生命をいただく尊い行為なのです」
そう言って右手に火球を生み出しながら、左手で羽根を毟っていくカロリーヌ。
「キメラバードは肝に毒があるから、そこだけは食えぬぞ」
「なるほど、そうなのですね。ご忠告ありがとうございます。……けれど、私の調理の腕にかかれば問題ありません!」
カロリーヌは右手に浮かべた火球で、左手に乗せているキメラバードを火達磨にする。
「いや、そんなことしたらお前の手も燃えるだろ!」
しかし、カロリーヌは平然としたまま、左手の上でキメラバードだけが丸焼けになっていく。
「料理人たるもの、炎の制御は基本の基です。炎が制御できてしまえば、このようにたとえ手の上に炎を乗せても、この手が燃える事などあり得ません」
「えぇ……」
その様子を見ていたグレインは、炎系統の魔法が得意なラミアでも、ここまで緻密な制御は出来ないだろうと、感心する。
そもそもラミアは隕石や溶岩といった、莫大なエネルギーを持つ炎を大雑把に制御するのが得意なだけであり、緻密で繊細な作業には全くといいほど向いていないのであるが。
「さぁ、焼き上がりましたよ!」
カロリーヌが大皿を懐から取り出し、捌いた焼きキメラバードを二人の前に置く。
「「おぉぉー!」」
そして本能のままにキメラバードを貪る三人。
「モンスターとは思えないほどめちゃくちゃ美味いな!」
「何と失礼なことを言うか。キメラバードはヴァイーダでは客人をもてなす高級食材であるぞ。……それにしてもこの焼き加減……絶妙ではないか! これ程の腕を持つ料理人など、ヴァイーダにも数えるほどしかおらぬぞ」
カロリーヌは頬を染め、照れた様子で小皿を差し出す。
「あ、ありがとうございます! ……あと、こちらが肝になります」
「「えっ……」」
「なぁ、毒……あるんじゃなかったか?」
するとカロリーヌは得意気に笑ってみせる。
「私の治癒料理は、食材を解毒することも出来るんですよ! さぁさぁ、是非味わってみて下さい。世界中で今、ここだけでしか味わえない、キメラバードの毒肝焼きです!」
カロリーヌに勧められるも、手が出ないセーゲミュット。
「食材を無駄にすると、この女に殺されるぞ」
そう言って肝を小さくちぎり、口へ放り込むグレイン。
「お……うわ……何これうっま……」
口を半開きにして呆けた様子のグレインを見て、セーゲミュットも渋々と肝を口にする。
「な、何と濃厚な……むむ……言葉では到底言い表せぬ美味であるな」
そうして三人で料理を囲んで歓談しているところへトーラス達が戻ってくる。
「え? えぇぇ!? なななんでその人と仲良く食事してるのさ!?」
「まぁ色々あってな」
「色々あり過ぎじゃない!?」
困惑するトーラスの隣で、ミュルサリーナが首を傾げる。
「あらぁ……セシルちゃんはどこに行ったのかしらぁ?」




