第237話 話を聞こう
ハイランドは西門の楼閣から戦線を見下ろす。
スタンピードがまだまだ終わらない事を見せつけるかのように、最前線からは相変わらず土煙が上がっていた。
「いくぞ! 引き込めェッ!」
隊列の中にいた騎士がそう叫ぶと、前線の兵士が一部だけ後退し、モンスターを城壁近くに引き寄せる。
「魔導士隊、撃てェェェッ!」
騎士の掛け声と同時に、城壁の上に構えた魔道士が次々とモンスター達に攻撃魔法を撃ち込んでゆく。
炎や雷、氷や風など、ありとあらゆる魔法がモンスターを跳ね飛ばし、引き千切り、燃やし尽くしていった。
「殲滅確認! よぉぉし! 行くぞぉぉ! 魔導士隊は極大究極魔法の詠唱開始!」
騎士の合図で後退していた兵士は再び前進を始め、魔導士達は魔法の詠唱を始める。
前進した兵士たちとモンスターが衝突する頃に詠唱が終わり、最前線の更に奥に巨大な火球が投げ込まれ、氷の平原が広がり、竜巻が渦を巻く。
しかしそれでもモンスターの突進は止まらない。
この一部始終を見ていたハイランドは奥歯を軋らせる。
「まだ戦力が足りない……。 モンスターの数が多い……多過ぎる! 今はまだ持ち堪えているが……魔導士は魔力が尽き、兵士は傷を負ってしまえば、すぐには戦列に復帰できまい……」
ハイランドは悩んでいた。
バルバロスに『捨てればいい』と言われたものの、やはりこのバナンザという都市には愛着があり、──何より、今は亡き父親が一から作り上げた街なのだ。
そのため、彼にはこの街を捨てるという決断が簡単には出来なかったのである。
「ロサード様! ヒーラーギルドのマスターがお会いしたいと言う事なのですが」
一人の兵士がそう言って楼閣に駆け込んでくる。
「すまないが、後にしてくれ。今大事な作戦を考えているところなんだ」
ハイランドは兵士にそう言うと、再び戦線へと目を遣る。
「あっ、困ります! お下がりください!」
「いい作戦があるんだがな」
兵士が止められながらも、グレインはハイランドの背にそう声を掛ける。
「はぁ……。ヒーラーギルドのマスターは礼儀を知らないようだね。私は後にしてくれと言った筈だが」
グレインにそう告げたハイランドの言葉は明らかに怒気を孕んでいる。
「分かった分かった。俺は別に後でもいいんだが、この街が滅んでからじゃ遅いと思うぞ。一応、それだけは言っておく」
そう言ってグレインはハイランドに背を向けて楼閣から降りようとする。
「……待て。一つだけ聞かせてくれ」
今度はハイランドが振り返り、背を向けたグレインを引き止める。
「あぁ。何だ?」
グレインは振り向くことなく答える。
「お前は……この街が滅ぶと思うか?」
その問いにグレインは振り返り、そこで初めて二人の目が合う。
険しい顔のハイランドに対してグレインは微笑みながら答える。
「いいや、これっぽっちも思っちゃいないな。……俺たちが協力すれば、の話だが」
ハイランドは暫し目を閉じ、呼吸を整える。
「……分かった。話を聞こう」
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「と言うことで、ハイランドと話をつけてきた! ヒーラーギルドの主力隊はこれから最前線へと向かう事にする!」
グレインが広場の中央で兵士の治療にあたっているヒーラー達に声を掛ける。
「グレイン、セシル、リリー、カロリーヌが前線部隊よ。ハルナやトーラス、サブリナ、魔女とか残りのメンバーはここに残ること」
ナタリアがそう宣言すると、ハルナとトーラスが不服そうに手を挙げる。
「はいハルナさん」
ナタリアはハルナを呼ぶ。
「あ、あのっ! どうして私は居残り組なんですかっ!? 私も最前線に居た方が良いのではないかと……」
「確かにハルナの言う通り、主力メンバー全員で行った方が前線は有利になる。ただ、そうするとここに残った怪我人たち……特に大怪我を負った兵士たちの治療は誰が出来るんだ? 幸いにもハルナは、俺が強化しなくてもかなりの大怪我まで治せるぐらいに成長してるみたいだしな」
「あ、そうなんですっ。ずっとグレインさまに強化されていた為か、いつでも強化されている時に近いぐらいの治癒魔力が扱えるようになった気がしますっ」
「だから、ハルナにはここで一人でも多くの怪我人を救って欲しいんだ。前線には俺たち以外にも援軍を頼んであるから、こっちの心配はしなくていいからな」
「そういうことでしたら分かりましたっ! ここで一生懸命頑張りますっ!」
ハルナは握り拳で自分の胸をどんと叩く。
そしてナタリアは、ずっと手を挙げ続けている男へと視線を送る。
「……はいはい、そこの変態」
「ちょっと言い方酷くない!? ……まぁいいや。僕はどうして居残りなんだい?」
「グレインと話し合った結果よ。前線に全力を注ぎ込んだら後ろが疎かになるからって。あんたにはこの街を守ってもらいたいのよ」
「補足するとだな、お前は攻めるも守るも応用が利くから、前線に人数を割いて、後ろの守りを任せようと思ったんだ。一人で街全体を守ってくれよ」
「ぇえ? 一人で!? ちょっと無理過ぎない?」
グレインは、目を白黒させているトーラスの肩に手を置いて力強く言う。
「大丈夫だ、お前なら出来る」
「それ何にも根拠ないよね!?」
「大丈夫だ、きょうだいで力を合わせて、この困難を乗り切ってくれ」
「ん? リリーは前線に連れて行くんだよね?」
首を傾げるトーラス。
「おいおい、もう一人いるだろ?」
「まさか……姉様を……?」
「あぁ、姉弟で力を合わせて……な?」




