第236話 前線でも支援部隊でも
「ハイランドはああ言ってたが……どうする? 火力隊は前線に行くか?」
グレインはセシルとハルナにそう声を掛ける。
「しかし……この場の指揮官はハイランド様ですわ。ヒーラーギルドは当面この国を中心に活動していくでしょうし、今後のことを考えると指示には従っておいた方がいいのではないでしょうか」
「それもそうですねっ! 私は前線でも支援部隊でも、グレインさまとお姉ちゃんのために働ければいいですからっ」
そういう二人であったが、グレインはセシルに視線を向ける。
「しかしな、セシル。お前は……」
そこまで言いかけたグレインの言葉を、トーラスが手で制する。
「大丈夫だよ。セシルちゃんのヒールは僕が魔力を減衰させれば回復できるんだ。それは前に実証済みだからね。だから僕とセシルちゃんは二人一組で行動する。セシルちゃんもそれでいいね?」
トーラスがセシルに笑顔を向けると、セシルは微かに頬を染めて、静かに頷く。
「じゃあ今からヒーラーギルドは全力で後方支援を行う! あとの指示は今ナタリアを呼んでくるから、彼女に従ってくれ!」
グレインはパンを齧りながら木陰に座るヒーラー達にそう告げて、冒険者ギルドに駆け出していく。
「なんだかギルマスって言うより、ただの使い走りですわね……」
ぽつりとそう漏らしたセシルの隣で、トーラスは苦笑を浮かべるばかりであった。
「どうやら……始まったみたいねぇ」
遠くから聞こえる地鳴りと怒号、爆発音を聞いてミュルサリーナがそう呟いた。
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「木もれ陽! そっちに一人運ぶわ!」
「水溜まりはあと何人受け入れられる?」
「この人は……酷い怪我。山火事に運んでちょうだい! 衝撃を与えないよう丁寧に、でも急いで!」
次々と広場へ運ばれてくる怪我人をナタリアが見て、てきぱきと指示を出している。
先ほどまで広場に転がっていたミノタウロスの死骸は邪魔なので片隅に転がされており、空いたスペースにはシーツで簡易テントがいくつも張られ、野戦病院のようになっている。
それぞれのテントの中では、ヒーラーが治癒魔法で治療を行い、広場の中心部ではカロリーヌが大鍋で料理を作っている。
ちょうどそこへ、ハイランドが通り掛かった。
「さすがヒーラーギルドと言うだけのことはあるな。設立間もないと聞いて些か心配になっていたが、見れば立派に支援をこなせているじゃないか」
馬上からハイランドがテントを見下ろしながら付随する騎士とそんな事を話していると、新たに怪我人が運ばれてくる。
「この人は……土砂崩れね!」
「土砂崩れ……? おい、そこのお前。 土砂崩れとは何のことだ?」
ハイランドは籠いっぱいの包帯を持って近くを歩いていたヒーラーの女性を呼び止める。
「は、はいっ! え、えと……ナタリアさんの指示で、ギルドのヒーラーをいくつかのチームに分けたんです。木もれ陽、水溜まり、土砂崩れ、山火事……の順にひどい怪我となります。ヒーラーだからといって皆同じ治癒魔法が使える訳ではないですから。受け入れ時に怪我人の状態を見て、軽症者にはヒールがあまり得意ではないヒーラーを、酷い方には相応のヒーラーをあてるようにしています。私も包帯を届けなければならないので、これで失礼いたします」
そう言うと女性は再び包帯を持ち直してすたすたと去っていく。
「その名付けは如何なものかと思うが、なるほどな……」
ハイランドがそう感心していると、次の怪我人が搬入されてくる。
「この人は……花畑だわ……。私達の為に、ありがとうございました」
ナタリアが俯き加減に怪我人を見る様子で、ハイランドは花畑が何を意味しているのか察する。
よく見ればナタリアの前に横たわる男は、腹部が牙か爪のようなもので大きく抉られており、絶命しているのは誰の目にも明らかであった。
「次よ、次!」
ナタリアが顔を上げると、また別の騎士が怪我人を抱えて広場に駆け込んでくる。
それと同時にハイランドも我に返る。
「……こうしてはいられない。一刻も早く、この戦いを終わらせなければ!」
彼はそう言って西門へと舞い戻るために馬を駆る。
その様子を山火事のテントから一人の男が覗き見ていた。
「そろそろだな……」
男がハイランドの背中を見つめながらそう漏らすと、傍らから声が掛かる。
「グレインさま、また何か企んでいますね? いま物凄く悪い顔をしていましたよっ!」
「そんな顔してた!? ただ、そろそろ戦況が変わる頃だと思ってな。……ちょっくら行ってくるよ」
そう言ってグレインは山火事のテントを出てハイランドの後を追っていった。
 




