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第229話 煉獄料理人

「さぁ、やるわよ!」


 ナタリアは両の拳を握り締め、腰に手を当てて仁王立ちする。

 彼女の目の前で、椅子に腰掛けたマルベリが声を張る。


「ひ、ヒーラーギルドはじめましたー」


 ここはバナンザ冒険者ギルドの一階、ギルドカウンター横のテーブルである。


「ヒーラーギルドはじめましたぁぁぁ! おひとついかがですかー」


「おひとつって何よそれ! パン売ってるわけじゃないのよ!?」


 マルベリの声を聞いて、ギルドに詰め掛けていた冒険者達が一斉に吹き出す。


「ひっひっひっひ、ヒーラーギルドだとぉー? わ、笑わせんじゃねぇよお! ハッハッハァ!」

「能無しが何百人集まったって意味ねぇんだぞ!? あ、そういやヒーラーは頭の方も弱かったっけなぁ」

「いい身体した美人の姉ちゃんなら雇ってやらない事もないぜぇ」

「回復だってポーションありゃ済む話だしなァ。ヒーラー雇うのなんざ、ポーション代も払えねぇ貧乏人だけだろ?」


 口々に嘲りの言葉を浴びせていく冒険者達。


「ぎにににに……こ、ここまでコケにされるとは思わなかったわ」


 呼び込みを始めたばかりだというのに、既にナタリアは爆発寸前である。


「それだけヒーラーの地位が低かったって事なんだろ。……まぁ、いつかこいつらがヒーラーの本当の強さを理解してないって事を教えてやろうぜ。このギルドでな」


 グレインはそう言ってナタリアの頭を撫でる。


「ぁあぁん! お姉様の頭撫でてる!」


 何かを感じ取ったマルベリがテーブルに背を向ける形で振り返り、恨めしそうにグレインを睨みつける。


「おいおい、何やってんだ。仕事しろよ」


 グレインは顎でマルベリに前を向くように指示をする。

 マルベリが背を向けていたテーブルの正面には、一人の女性が立っていた。

 見たところ料理人のような服装で、頭には頭巾を巻いており、エプロンのようなものは血痕なのか、所々赤い染みがついている。

 腰には大きな骨切り包丁を携えているのだが、彼女の背が低い為か包丁の大きさが異様に際立って見える。


「あ、あわわっ! 失礼しましたっ! ち、血だらけっ! お怪我をなさってますね? ヒーラーが必要ですね?」


 マルベリが慌てて女性に向き直り、声を掛ける。


「おい、あいつ……あの格好にあの得物……」

「あぁ、間違いねぇな……」


 マルベリ達の方を見て、冒険者達がひそひそと話をしている。


「ヒーラーだけのギルドと言うことですが、私でも加入できますか?」


 マルベリは後ろを振り向き、ナタリアと目を見合わせたあと、慌ただしく前の女性へと向き直る。


「え? ……あ、はい! ヒーラージョブをお持ちの方ならどなたでも! もしかして、お嬢さんもヒーラーの方なんですか?」


「え、えぇ……まぁ……。それにこんな事を言うのもなんですが、もうお嬢さんと呼ばれるような年齢では……」


「ではでは、こちらの申込用紙に記入をお願いしますね!」


 マルベリが突きつけた申請書とペンを受け取り、記載を始めると、一同は申請用紙の内容を食い入るように覗き込もうとする。

 すると女性が困ったように顔を上げて一言。


「あの……そんなに見られても……。とにかく圧が強すぎます」


 渋々グレイン達は一歩下がり、マルベリだけが申請書を見ている。


「はい、カロリーヌさんですね。おぉ……二十八歳ですか……。私より遥かにお姉さんでしたね」


「マルベリ、読み上げるんじゃないの! 失礼よ!」


 すかさずナタリアに叱られるマルベリ。


「いえ、大丈夫です。周りの方々もみなさんご存知のことですので」


 少々おっとりとした様子で話すカロリーヌであったが、グレイン達はそんな彼女に不釣り合いなほど大きな骨切り包丁が、より一層不気味に思えて仕方なかった。


「特技は『治癒料理』……? 初めて聞きましたけど何です、これ?」


 マルベリの疑問に答えたのは、たまたまテーブルの傍にいた冒険者であった。


「オイオイオイ、あんた達この街にいて『煉獄料理人』の事を知らねェのかよォ!」


「えっ何その物騒な名前」


 グレインは不安そうな顔で冒険者に説明の続きを求める。


「こいつは変わり種のヒーラーでよォ。戦闘中に仲間が怪我すると、モンスターの死骸を調理し始めるんだぜェ! その料理を食えば一気に怪我が治るって言うんだけどよ……。今殺したモンスターの料理を、しかも戦闘中に食えって無理があらァ。それが証拠に、誰一人こいつの料理を食ったって話を聞かねェ。まぁ、たかだかヒーラーの作る料理なんざ味が知れてるけどな。そこいらのカカァの料理の方がマシだろうぜ。それに、大体いつも調理してやがるから囮にもできやしねぇ役立たずでよォ、調理を止めようとすると──ヒィッ!」


「……食材になりたくなきゃ黙んな」


 先ほどまでのおっとりしたカロリーヌはどこへやら、鋭い眼光を男に向け、骨切り包丁を片手で軽々と振り回し、冒険者の首に押し当てている女性がいた。


「そ、そういう訳だからよ……。悪いやつじゃァねェんだが……な……勘弁してくれよォォ!」


 冒険者の男はそれだけ言うと、泣きながら骨切り包丁から逃れてギルドを飛び出していった。


「ケッ! 好き勝手言いやがって」


 カロリーヌは包丁を腰にぶら下げると、マルベリの前に座り直し、おどおどした様子で彼女に問う。


「あの……私の加入は……認めてもらえそうですか?」


 そしてにっこりと笑顔を見せるカロリーヌに、震え上がるマルベリなのであった。


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