第228話 あたしの人望かしら!?
「ヒーラー専用の……ギルドですか?」
宿屋の裏手に流れる小川のほとりで、ナタリア達はフレイルと宿の受付をしていたマルベリに説明をしていた。
「そうよ。フレイルはギルド所属のヒーラーとして今後活動をしていかない? ヒーラーは役立たずっていう風潮に、ギルド一丸となって立ち向かっていきたいのよ。あ、マルベリは受付として雇い入れるわ。……当然、入るかどうかはあんた達の意思を尊重──」
「ぜ、是非とも加入させてください!!」
「ふ、ふつつつつかものですがよろしくお願いします!」
食い気味に返事をするフレイルとマルベリの迫力に、ナタリアも目を輝かせる。
「二人ともすごいやる気ね! あー……これってもしかして、あたしの人望かしら!?」
恥ずかしそうに両手を頬に当てるナタリア。
「ここで拒否したら、マリンの治療費で高額請求されかねませんから! 犯罪行為じゃなければ何だって協力させていただきます!」
「田舎に帰るのだけは絶対嫌なので! ドブさらいでもなんでもいいから職を探さなきゃって思ってたところなんです!」
「あー……はは……犯罪とかドブさらいと同じレベルなの……。じゃ、じゃあとりあえず二人とも、よろしくお願いするわね。はぁ……」
明らかに落胆した様子で二人と握手を交わすナタリア。
「それで……ナタリアさん、具体的には何を……?」
「えっ?」
「マルベリさんは受付業務があるのでしょうけど、私達ヒーラーはギルドに入って、何をするのでしょうか」
「今までと同じよ。他の冒険者とパーティで活動して、依頼をこなして報酬をもらう。あ、こっちのギルドが大きくなれば、ヒーラー向けの依頼だけ優先的に回してもらうのもありね……。それとパーティ加入の際は、必ずヒーラーギルド経由で行うこと。あと報酬はヒーラーギルドから払うから、これまでみたいに『ヒーラーだから』とかいうふざけた理由で減額されるような事はなくなる筈よ」
「ほ、本当ですか……」
「最後に、もし昨日のような暴力や、虐待行為を受けた場合はすぐヒーラーギルドに連絡しなさい。冒険者ギルドはパーティ内のいざこざに口出ししないけど、そんなの関係ないわ。これはヒーラーの、一人の人間の尊厳に関わる問題だから。ギルドの総力をあげて……」
ナタリアは深く息を吸い込み、フレイルの方へ向き直る。
「そのパーティを潰すから」
反射的にフレイルの両肩が震える。
それほどまでにナタリアの言葉には殺気を纏っていた。
「……あまり考えたくはないけど、あなたや、他の所属メンバーが命を落とした場合も同じように動くわ。だから、所属先のパーティは全てヒーラーギルドで把握しておく必要があるって訳。バナンザに限っては冒険者ギルドとも話がついてるわ」
「わ、分かりました……。気を付けます」
「あんたが一番搾取されやすいんだから、ホント気を付けなさいよね」
「あ、あはは……ですよね……」
確かにフレイルは身体の線も細く、冒険者をやっている屈強な男たちと比べると、肉体的にも精神的にも押しの弱そうな男であった。
「まぁ、あんたがまたどこかのパーティでいじめられてくれれば、このギルドの名を売ることもできるから良いんだけどね」
「なっ、ナタリアさん! 酷いですよ」
「た、ただの冗談よ」
「冗談じゃないですよ! 私には娘だっているんですから、死ぬわけにはいかないんです」
「すみません……姐さん、フレイルさんはいいのですが、わたしは何をしたらいいでしょうか?」
「あんまりよくないですけどね……」
ここでマルベリが困惑した顔で尋ねるが、ナタリアは彼女の下顎を指で持ち上げ、自らの顔を近付ける。
「姐さんはやめてって……言ったでしょ」
「ひゃんっ!」
マルベリの顔のすぐ前までナタリアの顔が迫り、彼女は顔を真っ赤にしてよく分からない声を出す。
「とりあえず冒険者ギルドのテーブルを一つ借りてるから、マルベリはそこでギルドの勧誘をお願いするわね」
「は……はい……。命がけでお姉様のギルドを、テーブルを守らせていただきます! あ、あの……なので……今晩……一緒にお食事でも……」
「どうしたのよ……随分しおらしくなったじゃない」
「お姉様……その……お顔が……近いです」
マルベリの顔はますます赤くなる一方だ。
「あ、ごめんね。気が付かなかったわ」
ナタリアはなんの気なく手と顔を離す。
マルベリは小さく『あぁっ』と残念そうな声を上げるが、ナタリアの耳には届かない。
「じゃあみんなでお昼を食べて、午後からギルドに行くわよ」
ナタリアがそう言って立ち上がると、遠くからサブリナとミュルサリーナが手を振ってやってくる。
「お、出稼ぎ組が帰ってきたみたいだな」
「ちょっとグレイン、『少しでも宿代の足しになれば』って採集依頼に行ってくれた二人になんて言い草よ」
「ちゃんと感謝はしてるんだぞ」
そんな事を言いながらグレインとナタリアは二人に向かって手を振り返し、歩いてゆくのであった。




