第226話 あんた騙したわね!?
「ぶ、物件って……これ? ……ちょっと手直しすれば使えるって聞いてたのに……あぁぁぁぁ!」
バナンザの町外れにある、とある廃墟の前。
そこでナタリアは地面にめり込むほどの勢いで膝をつく。
「こりゃまたえらく年季の入ったあばら家だな……」
「……ぱっと見……人工建造物かどうか疑うレベル……瓦礫の山とも言う」
蹲るナタリアの背後に立つグレインとリリーが彼女に追い打ちをかける。
「うぐっ……えぐっ……ご、ごしぇんまん……がえじでぇぇぇ……」
もはや何を言っているのか分からないほど泣きじゃくるナタリアと、ただその様子を見て沈黙するグレインとリリー。
しかし、この場にいたもう一人の男だけが、場の空気を吹き飛ばすような大声を出す。
「おう、この物件最高だろ! 感動して泣くほどいいか!!」
バナンザ冒険者ギルドマスターのバルバロスであった。
「こんな瓦礫の山のどこがいいんだよ……。あんた、ナタリアを騙して借金を負わせたんじゃないだろうな?」
グレインはしゃがみ込んでナタリアの肩を擦りながら、バルバロスを睨みつけると、彼はおどけるように両手を顔の前で振る。
「おいおい、勘弁してくれよ! 俺にはナタリアの嬢ちゃんを虐めるメリットがねぇぜ! この物件、建物はボロいが敷地は広いじゃねぇか。建物にちっとばかし手入れが必要なんで、その費用も込みであの金額なんだよ」
「手入れ……?」
「あぁ、まず床は床下の杭から全部やり直す。壁は全部取っ払って新しい壁を建てる。それと柱も新しい物に交換して、穴だらけの天井と屋根も作り直す。もちろん間取りは全部嬢ちゃんの希望を聞いて決める予定だぜ」
「それって……」
「ただの……」
「「「新築じゃねぇか!」」」
腕組みをして得意気なバルバロスに総ツッコミを入れる三人であった。
「じゃあ運営開始までに一体何ヶ月かかるのよ……」
「あぁ、それなら気にすんな! うちのギルドのテーブル貸してやるからよ!」
そう言ってバルバロスはいつものようにガハハと笑う。
「でも、ギルドの建物がないと、あたし達の住む場所がないわよ! すぐに運営開始できると思ったのに……。バルバロス、こんなの詐欺じゃない! あんた騙したわね!?」
そう言ってバルバロスを睨みつけたナタリアであったが、彼女の言葉に引っかかったグレインが話に横槍を入れる。
「ちょっと落ち着けナタリア。気になったんだけど、お前……ギルドの建物に住むつもりだったのか!?」
「建物の間取りは二階建てだったから、一階は男部屋、二階は女子部屋で考えてたわ。そうすればギルドには常に誰かが居るから、真夜中でも運営できるじゃない」
「絵に描いたように劣悪な労働環境だ」
「……わ、私はギルドではなく、別に宿を手配して……」
そう言い掛けたリリーの袖口を、蹲ったままのナタリアが握りしめる。
「リリー、あなたはこのヒーラーギルドの最高ランクヒーラーよ。だからギルドに常駐してもらうからね……」
「えっ! そ、それは……酷いです!」
「横暴だ! 俺もギルド以外の所に泊まるぞ! 夜中まで働かされるぐらいなら野宿のほうがマシだ!」
ナタリアはリリーの袖を握っている手と反対の手でグレインの手首を掴む。
「ギルマスが……そんな事して許されると思ってるの?」
「引き受けた覚えもねぇよ! 言い出しっぺのお前がやれよ」
「あたしじゃ無理だからあんたに頼んでるのよ!」
「それが人に物を頼む態度か!」
口論を始めたナタリアとグレインの間に割って入ったのはバルバロスであった。
「まぁ待てお前ら。こんなところで痴話喧嘩するんじゃねぇ。……とりあえずこっちが完成するまでは、うちの職員宿舎も含めてうちのギルドの施設は何だって自由に使ってくれや。ギルドの運営どうするかなんて、生活が落ち着いてから考えりゃあいいじゃねぇかよ」
バルバロスの言葉でナタリアの表情がぱぁっと明るくなる。
「さすがバルバロス、男前! 信じてたわ! あなたならきっと素敵なギルドハウスを作ってくれるはず!」
「おうよ、任せとけ!」
そう言って立ち上がり、黄色い歓声をあげるナタリアに煽てられ、満足気に腕組みをして胸を張るバルバロス。
「お前さっきまで詐欺だって騒い……いえ何でもないです」
立ち上がったナタリアではあったが、その両手はグレインとリリーを掴んだままであり、更にグレインの手首は赤子のそれのようにナタリアに捻り上げられている。
「リリー、ナタリアを殺れるか? 今逃げないと俺達はこのギルドに飼い殺しにされちま──いててててっ!」
グレインは捻られた手首を何とか解放しようとその場で飛び跳ねる。
「あんた今さらっと酷いことリリーに言ったわよね!? こんな幼気な美少女に、気軽に殺人依頼するんじゃないわよ! ……あたしだって、別にみんなを擦り減らすほど酷使しようだなんて思ってないわよ。ただ、宿なしだと大変だから、ギルドの建物に住めば住居の心配がいらなくなるなと思っただけなの! あとは交代で受付カウンターに立ってくれればそれでいいわ」
「結局働くんじゃねぇか! い、いや、あ、あぁ、いっててて……! 分かった分かった! じゃあとりあえずそういう事でいいよ! とにかく腕が、腕が痛いんだよ!」
きりきりと音が聞こえそうなほど腕を捻られているグレイン。
「確か宿は……明日の夜まで確保してありましたね。明後日からは宿舎の方に……明日の夜が……最後の晩餐……」
ナタリアのグレインに対する脅迫現場を目の当たりにしながら、絶望的な目でそう呟くリリーであった。
 




