第225話 ヒーラーの居場所
「一体なんだってそんな額の借金ができるんだよ!」
「そうですよ! 私も初耳です!」
「そ、そりゃそうよ……。私だって今初めて喋ったもの……。だって……言いづらいじゃないの……」
明らかにばつの悪そうな顔で口籠るナタリア。
「……とりあえず、経緯を教えてくれないか?」
そんなナタリアを見て、グレインは極力声のトーンを抑えて質問する。
「すべての始まりは昨日の事よ。あんたがここでフレイルを助けたでしょ? それで……よく考えるとこの世の中、ヒーラーの扱いが酷すぎるなって改めて実感したの」
「確かに……私も仲間を『殺害』してただけでパーティを組めなくなりましたし」
そう言って真剣な様子でナタリアの話を聞くリリー。
「総じてヒーラーって体力や魔力がどのジョブよりも少ない傾向にあるじゃない。だから、冒険者に限らず普通の生活をしている庶民でも、ヒーラーを見下すことが少なくないわ」
「そうだな。まぁ、無職の扱いはそれよりもさらに下だった気がするけど」
グレインは頬杖をつきながら自らの扱いを思い出していた。
もっとも、彼の場合は所属していたパーティが異常だっただけなのだが。
「ヒーラーでまともに働ける道なんて、それこそ凄い冒険者になるか、治療院の医師になるかぐらいのものよ。でも、下手するとその医師だってヒーラーじゃないケースが多々あるわ」
「えっ? ……医者はみんなヒーラーじゃないのか?」
驚いた拍子に頬杖から頭を落とすグレイン。
「じゃあ質問ね。ヒーラーのいない冒険者パーティの存在は知ってる?」
「あ、あぁ。むしろ足は遅いし守らなきゃいけないしで、ヒーラーが足手まといだと言って、あえて入れないパーティも多いよな」
「そういうパーティが戦闘中に怪我をしたらどうする?」
ここでリリーがぽんと手を打つ。
「あっ……ポーション! 回復薬で回復します」
「そう。乱暴な言い方をすると、体内の病気だって、病巣が分かれば腹をかっ捌いて病巣を切除、ポーションぶっかければ治療ができちゃう訳」
「自分がそんな治療受けてる風景は想像したくないな」
「そうですね……。誰かのお腹を切り開くのはいいんですが、自分のお腹は抵抗があります……」
そう言って苦々しい顔をするグレインとリリー。
「まぁそういう治療に使う回復薬は非常に強力で高価だから、気休めの薬を処方してお茶を濁す悪徳医師ばっかりなのよね。たぶん、フレイルの娘さんを診てた医師も……。とりあえず、医師がヒーラーじゃなきゃいけないって事はないのは分かったかしら?」
グレインは静かに頷き、そして顔を顰める。
「医師もヒーラーである必要がないって事は……ヒーラーの居場所がますます無くなるじゃないか」
そのグレインの言葉に反応するように、ナタリアの瞳が輝く。
「そう! だからあたしがヒーラーの居場所を作るのよ!」
一人興奮し、握り拳を振り翳すナタリアに圧倒されるように、グレイン達は静かに紅茶を啜る。
「それが借金とどう結び付くんだ?」
「冒険者ギルドとは別に、ヒーラー専用のギルドを設立するわ!」
「「ブフーーーッッ!!」」
「うわっ、二人ともきったないわね! ……昨夜、フレイルの家から戻った足でバナンザの冒険者ギルドに行って、相談してきたのよ。たまたま町外れにギルド所有の空き物件があったから、そこをもらい受ける事にして、整備費用諸々を含めた五千万ルピアを冒険者ギルドから借りることにして契約を結んだわ。今日これから物件を見に行くんだけど、みんなには……特にあんた達二人には一緒に来て欲しいのよ」
鼻息荒くそう語るナタリアに、グレインとリリーは深い深い溜息をつく。
「はぁ……あのなぁ、そんな大事な事を誰にも相談せずに決めるなよ!」
「はぁ……そうですよ。……明日の宿だってどうなるか分からない状況なのに、さらに膨大な借金を抱えるなんて……」
二人に責め立てられるナタリアは明らかに旗色が悪い。
「いや……あの……気が付いたら、ね……。マリンちゃんを抱き締めて泣いているフレイルを見たら、一気に決心が固まって、あとは身体が勝手に動いてたわ……あははは……」
もう笑うしかないといった様子のナタリア。
それを見て二人は再び深い溜息をつく。
「仮にヒーラーギルドを設立したとして、ギルドでは何をするつもりなんだ?」
「そうねぇ……。ヒーラーの保護と仕事の斡旋、最低限度の生活保障ぐらいできればと思ってるわ」
そう言って胸を張るナタリアに、意地悪な笑顔を浮かべたグレインとリリーが牙をむく。
「……ナタリアさん、ではヒーラーギルド最初の仕事として、『私達の』最低限度の生活保障をお願いします」
「……もちろん、保障してくれるんだよな?」
目を白黒させるナタリア。
「え? えええええ!? な、何言ってるのよ! いや、ええと……。ぎ、ギルドの運営が軌道に乗ったら、ね……。まずは冒険者ギルドからの借金を返すことが先決よ! だから一緒に物件を見に行きましょう? ね、『ギルドマスター』」
ナタリアはそう言ってグレインに笑顔を向ける。
「……え?」
「グレイン、あんたがギルマスで、あたしがサブマスターよ」
もう開いた口が塞がらないグレインであった。




