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第224話 怒らないから言ってみろよ

 フレイルの娘、マリンの治癒は非常に呆気なく、それはあたかも儀式のように淡々と執り行われた。

 唯一、ベッドの上で命をつないでいたマリンの胸にナイフが突き立てられた時、フレイルが唸り声とも嗚咽ともつかない声をあげて泣いたのを除いて。


 リリーがマリンの絶命を確認すると、グレインはいつも通りにリリーを強化する。

 リリーの両手から溢れる漆黒の魔力がマリンの全身を包み込み──彼女は蘇生した。

 頬が痩せこけたままの状態ではあったが、血色の悪い肌も、腐りかけていた指先も、全てが健康な状態であった。

 そして彼女は目を開けるなり、鼻をつまむ。


「ウェー……くっさい……。パパ、この部屋から出たいよ!」


「あ……あぁ……マリン……マリン! マリン!!」


 フレイルは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま、マリンに駆け寄って抱き上げる。


「それじゃ、あたし達は宿に帰るわ。さっきも言ったけど、治療費なんて要らないから。どうせこの家の感じじゃ大した額払えないだろうし。それよりも、少しでも恩を返す気があるなら、明日の午後に冒険者ギルドに来なさい」


「ぁ……ぁりが……ありがとう……ございます……。必ず行きます! たしかにこんな治療……億単位の金額を支払っても……到底足りるとは思えません……」


 そう言うのがやっとといった様子で、再び床に突っ伏して泣くフレイル。

 傍らのマリンは慰めるように父親の頭を撫でている。

 そんな二人を見て、グレイン達は部屋を、そしてフレイルとマリンの家を後にする。


「まだ痩せてはいるが……磨けば光る気がする」


 去り際にそんな事を呟いたトーラスが、ナタリアとリリーに頬を張られる音が夜空に響いたのであった。



********************


 翌朝、宿屋の食堂でグレインはハルナ、セシルとすれ違う。


「あっ、グレインさま、おはようございますっ!」


「あぁ、おはよう。……今日はもう出立なのか?」


「えぇ、今日は早朝に集合して、遠征に行くそうです。なので数日は戻って来られないかと思います」


「遠征……大丈夫か?」


「はいっ! 魔法真剣って治癒魔力を控え目にすると、ほとんど傷を付けずに痛みだけ与えられるんですよっ! 間違いなく寝込みを襲って来ると思うので、セシルちゃんと二人で交代して見張ろうって話をしていたところなんです」


「何だかんだ大変な役割を押し付けちゃって済まないな……。セシルも、あのパーティでやれそうか?」


「えぇ。ハルナもいるからきっと大丈夫ですわ。……まぁ、事が終わったら無茶振りの代償はしっかりと、しっかりと払っていただきますけれども」


 そう言ってニッコリと笑うセシルの顔を見て、背筋を凍らせるグレインなのであった。


「でも、そういうグレインさんも、昨夜は色々と大変だったみたいですわね……」


 食堂から出ようとしていたセシルが、後ろをちらりと振り返る。

 セシルが視線を向けたテーブルではナタリアとリリーが笑顔で朝食を頬張っていた。


「あぁ、あいつらから話を聞いたのか」


「えぇ。蘇生治癒は無事成功、というのは良かったのですが、治癒する前の娘さんの状態を、事細かに説明されましたわ。朝食をいただきながら……」


「うわぁ……」


「美味しい朝食を召し上がりたいのでしたら、あの二人には近寄らない方が良いですわよ」


 セシルはそう言い残して、ハルナと連れ立って食堂を出て行った。


「さてと……」


 グレインが食堂へ踏み込んだその瞬間。


「あ、グレイン、こっちこっちー!」


 立ち上がり、両手を振るナタリアと目が合ってしまったグレイン。

 彼は致し方なく、同じテーブルにつくしかなかったのであった。


 グレインが朝食を口に運ぶなり、向かいに座るナタリアが話し掛けてくる。


「それにしても昨日は凄かったわねー。あんな腐りかけの身体でよく生きていたわよね。ホント奇跡が起こったって思ったわ」


「胸に……ナイフを刺したときも、……ほとんど身体の反応がありませんでした」


「それって神経まで腐ってた可能性もあるわね……。そうなるとますます、もう少し遅かったらどうなっていた事か……」


「腐ってんのはお前の脳味噌だろ! セシル達も言ってたけどな、こっちは美味しい朝食を食べてるんですー! 腐ったとか腐ってないとかそういう無神経な話はやめてくれよ!」


「うっ……。わ、悪かったわよ……」


 すると途端に三人の間に沈黙が訪れる。

 グレインはただ無心に朝食を口に運ぶ。


「それで、何を隠してるんだ?」


 食事が一段落した頃、グレインはナタリアに訊く。


「かっ、隠してなんて……ない……わよ」


「いいや、お前は食事中にあんな話をするほど気の回らない奴じゃない。ああいう時は決まって何か隠し事や心配事を一人で抱え込んでるんだ。……怒らないから言ってみろよ」


「ほんとに……怒らないわよね?」


「あぁ、勿論だ」


 グレインの顔を見てから、ナタリアは恐る恐る話し始める。


「あの……ね……。あたし達、お金無いじゃない。そんな状況で……その……ね……。借金……しちゃったの」


 ナタリアは既に顔面蒼白といった様子である。


「なんだ、そんな事か。俺だってお前に百万近い治療院の代金を借りてるし──」


 真っ青な顔をゆっくりと左右に振るナタリアを見て、グレインは言葉を切る。

 そして彼女が言わんとしていることに先んじて問いを投げ掛ける。


「……いくらなんだ? 借金ってのは」


「……五千万ルピア……」


「「ブフーーーッッ!!」」


 食後の紅茶を盛大に吹き出したグレインとリリーなのであった。


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