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第223話 お前の娘は殺す

 フレイルの家はバナンザの郊外にあり、宿屋からそれほど遠くはなかったものの、着いた時にはすでにとっぷりと日が沈んでいた。


「今更だが、夜分遅くに申し訳ないな……こんなに大勢で押しかけて」


 フレイルに案内してもらった家の玄関口で、グレインは後ろのメンバーを振り返る。

 ティアとエリオ、ミーシャはハイランドに宿を用意してもらったということでそちらに向かったが、それ以外のトーラス兄妹、サブリナ、ナタリア、ミュルサリーナがフレイルの家まで着いてきたのであった。


「ナタリア、お前まで来る必要あったのか?」


「しょうがないじゃない! ……なんか、行きがかり上放っておけなかったのよ」


「とりあえず皆さん上がってください。今お茶でも淹れますから」


 フレイルはそう言って家の奥の方へと歩いていく。


「奥様はご在宅なのかしらぁ? ねぇグレイン、先に奥様にも謝っておくべきじゃなぁい?」


 家に上がり込もうとしたグレインを咎めるように、ミュルサリーナが声を掛ける。


「すみません、妻は……いないんです」


 家の奥から食器の音とともにフレイルの声が響く。


「妻は娘を産んだ後すぐに命を落としまして。それから七年、私一人で娘を育ててきました」


 グレイン達が家に上がると、薄暗い食堂に人数分の不揃いなカップを並べ、ポットを火にかけようとするフレイルの姿があった。


「とりあえず、茶よりも先に娘さんの様子を見せてくれないか?」


 フレイルは意を決したように頷き、グレイン達を廊下に案内すると、一枚のドアを開ける。

 その瞬間、異様な臭気が廊下へと流れ出し、グレイン達は思わず衣服の袖口で口許を覆う。

 しかしフレイルは何も変わらない様子で部屋に踏み込み、ベッドの脇に立つ。


「娘のマリンです。……意識が虚ろな状態で、いま目覚めているのかどうかも分からない」


 グレイン達は口許を覆ったまま、何とかベッドサイドまで辿り着き、そこで横たわる少女を見る。

 その少女は、端的に言うと、死にかけていた。

 頬骨がくっきりと浮き出るほど痩せこけた頬、窪んだ眼窩に落ち込んだ虚ろな目、口も半開きで歯もところどころ抜け落ちている。

 土気色をした手は、指先が壊死して腐敗していた。


「うっ……うえぇぇぇっ」


 ナタリアが泣きながら部屋を飛び出していき、サブリナが心配そうに彼女の後を追う。


「これは……思ったより状態が酷いな。医者には診せてるのか?」


「えぇ、勿論。短期のパーティ加入で収入があれば、そのほとんどを診察と薬代にあてているぐらいです」


「医者に診せてこれかよ……ヤブ医者じゃないのか?」


 訝しむような目でフレイルを見ると、彼は目を瞑り、首を左右に振る。


「医者からは生きていることが奇跡、と言われています。治療法も分からない病気だということなので、あとは、やす……安らかに……し、死ぬだけだと……」


 そこまで言うと、フレイルは大声で泣き始める。

 グレインは彼の両肩に手を添え、静かに告げる。


「娘を救いたければ、俺達がこれからやることに目を瞑り、決して手を出さないでくれ。今日会ったばかりの奴等を信じろってのも無茶な話だと思うが、この状態では遠からず彼女は亡くなるぞ」


「素人私が見ても、生きているのが不思議なぐらいよぉ」


 ミュルサリーナがグレインに続く。

 しかしフレイルは首を左右に振る。


「なぁ……。あんた達は……一体何者なんだ? そして……どうして見ず知らずの俺を助けようとする?」


「たぶん、食堂であのクズどもに抗っているあなたを見ていられなかっただけじゃないかしらぁ? この人はねぇ……優し過ぎるのよぉ。ちょっと危ういぐらいにねぇ」


 そう言って、ふふ、と笑うミュルサリーナ。

 息を吸うのも躊躇うほどの臭気の中で、普段通りにしている彼女を見て、グレイン達はひどく違和感を憶えた。

 しかし今優先すべきは目の前で死にかけている少女である。

 グレインはフレイルの肩に乗せた手に力を込め、強い口調で言う。


「いいか、ここで起こったことは他言無用だ。俺達は医者の仕事を奪いたいわけじゃないからな。それと、……お前の娘は殺す。一旦殺して、完全な形で蘇生させるんだ。ここまでひどい状態であれば、普通の治癒よりも一度殺した方が安全だ」


「娘を……マリンを……殺す……?」


「あぁ。だがすぐに蘇生する」


「嘘だ! 蘇生魔法なんて世界最高の神官にしか扱えないと言われていて、その存在すら怪しいものじゃないか! マリンを殺す目的は何だ!」


 グレインの両手を振り払い、怒声を上げるフレイル。


「蘇生して治療するためだ! だから……ここで起こったことは、他言無用なんだよ! どうしても俺達が信じられないなら、この話はここで終わりだ!」


 つい激昂してそう言い放つグレインであったが、彼の背後、部屋の外からの一声で冷静さを取り戻す。


「ちょっとグレイン、落ち着きなさいよ。ねぇフレイル、あんた、冒険者だったのなら、あたしに見覚えがあったりしないかしら?」


 それは部屋の入り口でサブリナに身体を支えられながら立つナタリアの声であった。

 そして、彼女を見て明らかに驚いた様子のフレイル。


「まさか……ひょっとして……。確かによく似た人だとは思っていましたが……他人の空似ではなく、サランギルドの……」


「そうよ! あたしこそ放浪の美女、可憐なナタリアよ! マリンちゃんの蘇生はあたしが保証するわ! そして、無事に治療が終わったら、治療費はいらないからあたしに協力すると約束してちょうだい」


「わ、分かりました! では……娘を……マリンをよろしくお願いします」


 フレイルはグレインに、そしてナタリアに頭を下げる。


「ギルド職員の信用力半端ないな……。しかし、放浪の美女って……ぷふっ」


「う、うるさいわよ! バナンザギルドであんたが言い出したんでしょうが」


「いや、確かに無茶振りはしたけど、考えたのはお前だろ」


「はっ……! そ、そうだった!」


 そうして再び吹き出す一同。


「あ、あの……マリンは……」


 こんなに切迫した状況でも笑い合うグレイン達に、少々呆気にとられるフレイル。

 すかさず彼の元へと魔女が滑るように歩み寄る。


「大丈夫、ちゃんと治すわよぉ。でも、フレイルさんは一旦部屋を出ていた方がいいわぁ。……だって、自分の娘が死ぬところなんて見たくないでしょう?」


「いえ、娘の身に起こる事は、ちゃんと見届けます」


「それもそうねぇ、自分の娘が死ぬところなんてそうそう見られない貴重な体験よねぇ。是非見るといいわぁ──いたっ!」


「お前は言うことをコロコロ変えすぎだよ!」


 ミュルサリーナの頭にグレインの拳骨が炸裂したのであった。


「レディに手を上げるなんて……。覚えてなさい。いつの日か呪い殺してやるわぁ」


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