第221話 その男の代わりに
「ハルナ、セシル、済まないが、協力してもらえるか?」
言うが早いかグレインはおもむろに立ち上がると、二人の手を取り、ゆっくりと男達の方へと歩み寄る。
「すみません、ちょっとお話があるのですが」
爽やかな笑顔で男達に話しかけるグレイン。
「あぁん? なんだ兄ちゃん、文句あんのか? 言っとくけどな、これはパーティ内のちょっとした諍いだ。口出しするってんならタダじゃおかねぇ……ぞ?」
男が怒鳴りつけるのを遮るように、グレインは連れてきた二人を前へと押し出す。
凄んでいた男はただ首を傾げるばかりであった。
「いえいえ、とんでもない事でございます! ただ、見たところ、皆様そこの使えないヒーラーに大変手を焼いているように感じましたので……。大変厚かましいお願いではあるのですが、短期で構いませんので、うちのパーティのヒーラーを、その男の代わりに雇ってはいただけないかと思い、ご相談に上がらせていただきました」
そう言ってグレインは頭を下げる。
「お、おう。話くらいは聞こうじゃねぇか」
「ぇ……えぇ……!?」
「……なるほど、そういう事ですねっ」
グレインに倣って頭を下げながら、見るからに困惑しているセシルと、不敵な笑みを浮かべるハルナ。
「この者達はどちらもヒーラーです。……現在私のパーティではヒーラーが少し余り気味でして、格安で構いませんので雇ってはいただけないでしょうか。この二人は優秀なヒーラーですので、そこのクズよりもお役に立てると思いますよ」
ハルナは笑顔で手を振り、セシルはぺこぺこと何度も頭を下げている。
「……ヘェ……。どっちもかわいいお嬢ちゃんじゃねぇか。なぁみんな、どうす──……決まりだな」
椅子に座った男達は皆、食い気味に親指を立ててニタニタと笑みを浮かべていた。
それとは対象的に、床に転がっていたヒーラーの男は絶望的な表情をしている。
「一応、最終決定される前に二人の紹介をさせていただけますか? ちょっと普通のヒーラーとは違うところもありますので……」
「オウ、いいぜ。まぁ決まったようなもんだがな! ……テメエは残念だったな。ここで解雇だ」
そう言って、男は椅子に座ったまま、ヒーラーの男を踏みつける。
グレインはそれを見て顔を顰めるが、すぐに笑顔に戻して、小さく咳払いをしてから説明を始める。
「まずはハルナ。彼女は癒しの剣で味方を治療する変わり種のヒーラーです。この刺激を一度味わうと病みつきになりますよ」
紹介されたハルナがぺこりと礼をしてから、魔法真剣を抜き、刀身を生み出す。
それを見て男達は『おぉぉ』と驚きの声を漏らす。
「試しにどうぞ」
そう言って、ハルナは一番近くに座っていた男の腕に魔法真剣を突き刺す。
いきなり刺された男は驚いて椅子を跳ね上げて立ち上がる。
「うおあっ! ……って、あれ? 痛くねぇ! むしろほんのりと温かいような……気持ちいいぞ」
「マジかよ……」
「すげぇな……ほんとにヒールの剣なのか……」
男達が口々に驚きの声を漏らしながら刀身を触り、さらに歓声を上げる。
盛り上がってきたところを見計らい、グレインが手を叩く。
「はい、今のがハルナでした。次はセシルです。彼女は、なんとヒールを飛ばせる特技を持っています! しかもこのヒールは超強力!」
そう言ってグレインはセシルの肩に手を置く。
「え……あ……た、ただいまご紹介にあずかりましたセシルでございます。で、ではわたくしのヒールをお見せいたしますわ」
おろおろしながらもセシルは食堂の壁に向けてヒールの光弾を放つ。
男達のどよめきの中、光弾は高速で飛翔し、そのまま壁に当たって音もなく霧散する。
「あ、今のは攻撃魔法ではありませんよ? それが証拠に、魔法が当たったときにも衝撃は発生せず、壁に傷一つつけていないでしょう? これは正真正銘、ヒールなのです。どうです!? 戦場でたとえヒーラーが離れた所にいても、駆け寄る前にヒールが到達する!」
「何だよ……二人とも規格外の凄腕じゃねぇか。しかも若い女だ」
「今まで潰してきたヒーラーにゃこんな奴らはいなかったぜ」
「俺達はずっとハズレのヒーラーばっか掴まされてたってことか? でもここへ来てようやく大当たりを引いたって訳だ!」
二人の能力を見た男達はごにょごにょと相談をしている。
「なぁ、お前どっちだ? 俺は年上の方」
「俺もハルナだ」
「あ、俺はちっこい方だな。セシルって言ったっけ」
「オイオイ、……お前それ犯罪じゃねぇかよ……。どう見てもまだガキだろ?」
「いいじゃねぇかよ! 俺様の趣味に口出すんじゃねぇよ」
「どっちかになんて決められねぇな……」
そのうち、一人の男がおずおずとグレインの前に出てくる。
「な、なぁ……二人とも雇ったら……一体幾らになるんだ?」
男は恐る恐るといった感じでグレインに尋ねた。
「今、私達のパーティは一時的に収入が激減していまして、彼女達を養っていけるだけの収入がないのです。それで今回のご相談に至った訳なのです。期間は我々のパーティの収入が元に戻るまでの概ね二週間ほど、生きていけるだけの最低限の金額を彼女達に直接お支払いいただければ大丈夫です」
「……なるほど……悪い話じゃねぇな。っていうかむしろ最高じゃねぇか! ぜひよろしく頼む! 勿論二人ともだ!」
グレインの申し出に驚く男たちは、そのまま二つ返事でハルナとセシルのパーティ加入を決めたのであった。
「ありがとうございます。ではそこで寝転んでるヒーラーはパーティから追い出すということで決まりですね? あぁ、身柄はうちで引き取りますよ。うちの都合で出たゴミなので、こちらで処分させていただきます。モンスターの囮にするなり、活き餌としての利用価値ぐらいはありそうですからね」
グレインは笑顔を一切崩さずに、ヒーラーの男の背中を踏みつける。
「お、おう。……じゃあそいつの処分はよろしく頼むぜ。……せいぜい騎士団に見つからねぇように気をつけな。まぁ、もしあんたが捕まっても、この娘達は俺達が責任もって面倒見るから安心してくれや」
「面倒見てもらう、の間違いじゃねぇのか?」
「あん? 夜の世話の話か?」
「こりゃ楽しみ過ぎるぜ」
「おいおい、初日からかよ!」
そんな事を言いながら、男たちは下品な笑い声を上げる。
「じゃあな、兄ちゃん! いい買い物をありがとうよ!」
「……えっ、と……わたくし達は本当にあのパーティに?」
笑顔でグレインに手を振るハルナの隣で、いまだ状況が飲み込めない様子のセシル。
「いきなりで済まないが、彼らの事を二人に任せたい。しっかり『役立って』ちゃんと『稼いで』来てくれる事を期待してる。……セシル、多分ハルナは分かってくれてると思うから、詳しいことは後で聞いてくれるか?」
「は、はい……分かりましたわ」
「お任せ下さい、グレインさま。では、しばしのお別れですっ」
ハルナはそう言い残して、セシルとともに食堂を出ていった。
「……さてと……。おい、生きてるか? お前の家はどこだ? 案内してもらうぞ」
グレインは床でぐったりとした様子のヒーラーに、そう呼び掛けたのであった。




