第220話 お金がない!
「は……はひぇ〜……。つ、疲れた……わ」
ハイランド邸で腕輪を返したあと、宿屋に戻り食堂で相談していたグレイン達の前に、一足遅れてヘロヘロになったナタリアが現れる。
倒れそうになるナタリアを、後ろからついてきたティアがすかさず支える。
ティアの後ろにはエリオとミーシャもいた。
「もう……ナタリアさんがあんな見え見えの嘘つくからですよ? 乗っかった私も少し怒られちゃったじゃないですか……。それに時空魔法についても信じてもらえなかったですし」
ティアが口を尖らせる。
「ちょっと待って!? あんな依怙贔屓、有り得ないわよ! あたしは『二人の不法入国を幇助しようとした』ってこっぴどく叱られたのに、あんたは『ナタリアの苦しい嘘に話を合わせてあげた優しい王女』って何よ! 扱い違いすぎない!?」
ナタリアはティアに噛み付かんばかりの勢いで迫る。
「まぁそう言うな。一国の王女を断罪したとなれば国際問題にもなりかねないからな。とはいえ、目の前に不法入国者がいたとなれば、そのまま黙って見過ごす事もできないだろ。お前が叱られるだけで済ませてくれたハイランドには感謝しないとな。なぁ、お前たちもそう思うだろ?」
グレインがエリオとミーシャに笑顔で呼び掛ける。
「そうよ! 私たち、ものすごく感謝してるわ」
「そうだな! おば……ナタリアさんのおかげで、俺たちはちゃんと入国が認められたんだし!」
エリオの言葉でナタリアの肩がぴくりと揺れる。
「オイ……今なんつった? 何か言いかけたよなァ? おば……なんだ? 言ってみろゴルァァァァァ!」
ナタリアがエリオの肩を掴み、前後に激しく揺さぶる。
「あ、あばらばらばばばばっっっ……た、たすけ……!」
「よし、ナタリアも元気になったみたいだし、話し合いを再開しよう」
「あががが……」
エリオはしばらく揺さぶり続けられるのであった。
「しかし……由々しき事態ですわね」
セシルが顎に手を当てて考え込む。
「た、確かに……どうしましょうっ!」
ハルナはおろおろと右往左往する。
「あんた達、それで結局なんの話してたのよ?」
ようやくエリオを解放したナタリアが、セシル達の様子に首を傾げる。
すると一同は声を揃えて答えた。
「「「「お金がない!」」」」
「ナタリアは別室で説教されてたから聞いてないかもしれないが、今までは保護観察中だったから、この宿屋の宿泊費も国で負担してくれてたんだ。しかし、今日から俺たちはただの国民になった。つまり、宿泊費を払わなきゃいけなくなったんだ」
「あー、ま、そりゃそうよね。むしろ今まで無償で泊めてもらってた方がおかしいぐらいよ」
「グレインさまっ! やはりここは、冒険者ギルドから融資を受けましょうっ! そして延々と依頼を……いえ、むしろ暴利の金貸しを見つけて、そこに借り換えて夜逃げを……」
ハルナの目が爛々としている。
「お前以前も同じこと言ってたよな……。ただでさえお尋ね者みたいになってんのに、そんな事したら本物の犯罪者になるぞ?」
「冒険者ギルドに国家は不干渉だから、ヘルディム王国がいくら国家反逆者だって騒いでも、最悪ギルドに泣きついたらあたし達の事を保護してくれるかも知れないわ。……身の潔白が証明できればだけどね。でもお金に関しては別よ。金欠だからって助けてくれるギルドはそうそうないわ。何か手っ取り早く稼ぐ方法を……」
「あ、私が呪いの道具を作るから、みんなで売り歩くのはどうかしらぁ? 憎い相手に悪夢を見せる護符とか、食あたりを起こす薬とか、酒に酔いやすくなる薬とか、色々レパートリーはあるわよぉ?」
ミュルサリーナが提案する。
「そういうのは自分で黒魔術ショップでも開いて売ってくれ」
「嫌ねぇ……そんな商品、堂々と売れる訳ないじゃなぁい。だから普通の民家を装って商売してたのよぉ。もし売ってるのが見つかったら騎士団に連れて行かれちゃうわよぉ」
舌を出して笑うミュルサリーナ。
「「「「そんなもん俺達に売らせんな!」」」」
そんな会話をしていた時、食堂に四人組の冒険者パーティが入ってくる。
「とりあえず酒だ! 『三人分』な」
四人組は恰幅のいい男達三人と、痩せ型の男一人であったが、彼らは痩せ型の男を立たせたまま席につく。
グレイン達は彼らの様子を食い入るように見つめていた。
というのも、立たされている気の弱そうな男は、明らかに顔色が悪いのだ。
「……あぁ、わりぃわりぃ。お前も座ったらどうだ?」
座っている男の一人が、立っている男にそう声を掛ける。
「は、はい。では失礼して……」
細身の男が座ろうとしたところで、隣の椅子に座っていた男が彼の椅子を蹴り飛ばす。
「オイオイ! なに俺達と同じように座ろうとしてんだよ! テメエは床に決まってんだろうが!」
「は、はい……」
男はよろよろと床に座ろうとする。
「あ、待てよ。今お前の椅子を蹴っ飛ばしたせいで足が痛むわ。回復してくれ」
「え……でも、見たところ特に怪我はしてなさそうですよ。それに今日はもう魔力が……」
「いいからやれよ! テメエの代わりなんざいくらでもいるんだ! 俺達が必要だと思った時にいつでも回復するのがテメエの役目だろ!」
「は、はい……ヒール……うっぷ」
痩せ型の男は、椅子を蹴飛ばした足に手を添えて回復魔法を発動する。
「……ひどいことするものねぇ。彼、完全に魔力切れだわぁ」
ミュルサリーナが蔑むような目で男達を見ている。
「オイオイ、ヒールが遅れたせいで足の痛みが収まらねぇよ! こりゃもう一回ヒールだな。あとな……損害賠償が必要だ。とはいえ、テメエも金ねぇだろ。だからテメエの報酬全額分にまけておいてやるよ」
「そ、そんな……! 今回の探索の報酬がないと、娘の薬が……!」
「病気だかなんだか知らねぇが、そんなのテメエのヒールで治しゃいいじゃねぇかよ、なぁヒーラー様!」
そう言って男は床に座っているヒーラーの腹を蹴る。
「……我慢できねぇ!」
椅子から立ち上がるエリオをグレインが制する。
「待てよ、エリオ。……冒険者パーティ同士の干渉は、基本的には禁止されているんだよ。パーティに加入した時点で、あとは自己責任なんだ。どんなに酷いパーティでも、選んだのは自分なんだから責任を持てってな。……だから、パーティに加入するときはちゃんと相手の事を見極めないといけないんだ」
「で、でもこんなの酷すぎるだろ!」
「……俺は助けないとは言ってないぞ」
そう言って悪どい笑みを浮かべるグレインなのであった。




