第022話 災難治癒師(カラミティ・ヒーラーズ)
「では、こちらが報酬になります」
眼鏡の受付嬢、ミレーヌは皮袋に入った金貨の山をカウンターに置く。
相当な重さがあるのか、皮袋を置いた後、ミレーヌは手をぱたぱたさせていた。
早速カウンターの上で袋を開けて中身を確認する二人。
セシルは現在別室でナタリアと手続き中である。
「ん? なんか多くないか? 依頼書には二十八万ルピアって書いてあったはずなんだけど」
「そうですね……。かなり多いように見えます」
「依頼の達成報酬二十八万ルピアに加え、ゲレーロ盗賊団の懸賞金が加算されています。懸賞金は構成員一人当たり六万ルピア、頭目のゲレーロが五十万ルピアになります。構成員は十二名捕縛で七十二万ルピアですから、合計百五十万ルピアの支給になります」
ミレーヌは爽やかな笑顔で答えるが、グレイン達は目玉が飛び出そうなほど目を見開いていた。
「ひゃ、百五十万!?」
「い、いきなりそんな大金、怖いですっ! 落としたり強盗にあったり掏られたり盗まれたり置き忘れたり使い切ったりしそうですぅぅぅ……」
無一文の状態から、いきなり予想外の大金を手渡された二人は動揺を隠せない。グレインは絶句し、ハルナは震えながらぶつぶつと何事かを呟いている。
「は、ハルナ、まずは落ち着こうな……。使い切るのは自分の責任だろ……。まぁ、俺だってこんな大金持ち歩きたくないけどな」
「でしたらギルドにパーティの口座を作って、そこに預金されたらいかがですか?」
少しずり落ちた眼鏡の位置を直しながら、ミレーヌが提案する。
「賛成ですっ! 私、五千ルピアまでしか持ち歩いたことがありませんし百五十万ルピアなんてとても……」
「じゃあ、決まりだな。……ということで、口座の開設手続きをお願いします」
ハルナと相談していたグレインは、ミレーヌに向き直ってそう告げる。
すると彼女は眼鏡の奥でにこやかな笑みを湛えて言う。
「まず、パーティ名をお願いします」
「「あ……」」
「ちなみに先ほどの報酬受け取り手続きにも、パーティ名と代表者のサインが必要なのですが」
「わ、分かりました。ちょっとだけ相談させて下さい」
「(ハルナ、どうしようか)」
「(えっ……結局パーティ名考えてないんですかっ!?)」
「(『寂れたギルド』とか『色気のない受付嬢』とか、変なのばっかり頭にこびりついて離れないんだ)」
「(そういう事言ってると、グレインさまもセシルさんみたいに別室に連れていかれますよ)」
「(なんかさ……俺達を表すような名前がいいよな)」
「(私達って他人からはどう見えてるんでしょうね?)」
「(それは……当事者には難しい質問だな)……あ」
小声で相談している最中、突如グレインは何かを思い付いたように声を漏らした。
「グレインさま? どうしました?」
ハルナもつられて普通に喋り出す。
「そういえばゲレーロが、『貴様等に会ったのが人生最大の災難だった』って言ってたな、って思ってさ」
「あ、その言葉、私も印象に残ってますっ! 人に会って災難なんてひどいなぁ、って思いました」
「悪党にとっちゃ災難なんだろうよ……。それで、災難治癒師なんてどうだろう?」
「……っ! なんか……なんかよく分からない感じがいいですね!」
「いいのかそれで……」
こうして、グレインとその一味は、グレインをパーティリーダーとして、災難治癒師という名前でギルドに登録されたのであった。
そしてグレインは書類に次々とサインをしていく。
「これでよし、と。眼鏡の受付嬢さん、書類全部にサインしましたよ」
「私の名前はミレーヌと申します、グレインさん」
「あっ……すみません。どうも人の顔と名前を覚えるのが苦手なもので」
「ふふっ、グレインさんはナタリアさんにしか興味がないんですもんね」
「いや何を言ってるのか分からない」
「あらぁ? ナタリアさんにギルドのカウンターで公開プロポーズをしたんですよね? 今、職員の中ではその話題で持ちきりですよ? ふふふ……っ!」
笑いながらグレインをからかっていたミレーヌが、突如表情を変えてそそくさを書類を持ってカウンターの奥に消えていくが、サインが間違っていないか書類に目を落としていたグレインは気が付かない。
「明らかに脅されてます何かの間違いです婚約も求婚もしてませんあんなのと結婚したら身体がいくつあっても足りませ…………や、やぁナタリア。い、いいいいいつからそこに?」
「身体、足りないんだったら、真っ二つにして増やしてあげようか?」
「ギルド怖いギルド怖いギルド怖い……」
ギルドカウンターには、笑顔のナタリアと、真っ青な顔でブツブツと呟きを繰り返すセシル、そしてこちらも青い顔で首を左右にプルプルと振るグレインの姿があった。
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「それじゃあ、依頼達成とパーティ名決定とセシルの加入と、そもそもパーティ結成を祝って、かんぱーい!」
災難治癒師の面々は、ギルドに併設された酒場で夕食を兼ねた宴会を開いていた。
「いやー、久しぶりに肉らしい肉を食べた気がするよ。店員さーん、この肉おかわり!」
「わたくしはお野菜とチーズをおかわりしたいですわ」
「はいはい、……ご注文は『焼くだけブロック肉』と『ジャングルチーズ』ね。たらふく食ってギルドにたくさんお金落としてちょうだい」
注文を取りに来た店員は、ギルドの制服の上にエプロンを着たナタリアであった。
「げっ、ナタリア……。なんで酒場で働いてんだよ」
「何よその態度。この酒場だってギルドの関連施設なんだから、人手が足りなきゃ職員もヘルプに入るわよ」
ナタリアはグレインを軽く睨みつけながら注文を書いている。
「こんなに客が少ないのに人手が足りないのか?」
グレインは辺りを見回すが、酒場の客はグレイン達三名だけであった。
「今日は団体客の予約もないから、料理人が調理、接客、掃除まで全部一人で回す予定だったの。それなのに、あんた達がポンポン飲み物とか料理を注文するから、接客まで手が回らないのよ」
「「「ちょっとその職場過酷過ぎませんか」」」
「とりあえずあたしはもうすぐ勤務時間終了するから問題ないわ」
「「「問題ないのはあなただけです」」」
「セシル、ハルナ、あたしは先に帰ってるからね。お酒はほどほどにしなさいよ? あと、夜道は……そうだ、グレイン! あんたが二人をちゃんと責任もってウチまで送り届けなさいよね?」
「あー……そうだな。一人じゃないとはいえ、夜道に女の子だけで帰すのはまずいな」
「あんたがその娘達に何かしたら、その身体が首と上半身、下半身の三つに分かれると思ってなさいよ。じゃ、頼んだわ。あたしこのまま帰るから」
ナタリアはとても食事中に話すような内容ではない事を言い残し、注文書を持って厨房の奥へと消えていった。
その後も宴会は続き、グレイン達は食事を粗方済ませ、のんびりと酒を飲んでいる。
……筈だったのだが。
「そういえば、今日色々とお祝いありまひたけど、お姉ちゃんとの婚約祝いも忘れちゃだめれすね!」
真っ赤な顔で目をぐるぐる回したハルナがグレインに絡んでいた。
「おいハルナ、ちょっと飲みすぎじゃないか? それに、あんなの正式なプロポーズじゃないだろ? こっちは殺されかけてたんだぞ」
「じゃあどういうプロポーズがいいんれすか? まずは場所から!」
「場所は……きょ、教会とか?」
「いやそれもう挙式れすよね? もうさっさと結婚しちまえーっ! ……まぁいいれす。つーぎ、プロポーズの決め台詞!」
「ま、毎朝ごはんを作ってくれ……ないか?」
「最悪! 零点! なんれすかそれ! お姉ちゃんはご飯作ってりゃそれでいいんれすか!? そんなの家政婦でも使用人でも雇ったらいいじゃないれすかっ! いいれすか、夫婦というのは、二人で力を合わせてどんな困難も乗り越えていく、人生の伴侶、パートナーなんです! つまり──」
「ハルナさん酔ってる」
グレインはハルナから、教会の神父が説くような夫婦の心掛けをひたすら聞かされる。
「なぁセシル、助けてくれ……ない……な……」
グレインは助けを求めようとセシルの方を見るも、宴会が始まった当初からずっとワインをぐびぐびと飲み続けていた彼女は目が据わっており、明らかに素面ではなかった。
「グレイン、わたくしもハルナに同意ですわ! あんないい女をいつまで一人にしているつもりですの!? さっさと結婚なさいな! いえ、なんなら今からナタリアさんの家に押し入って既成事実を……むぐ!?」
グレインは目の前にあったチーズの塊を掴んでセシルの口に押し込んだ。
セシルはとろんとした目で口をむぐむぐと動かし、チーズを飲み込んでいく。
チーズを食べ終えた後、セシルは疲れたのか、そのままテーブルに突っ伏すように眠った。
その間もずっと説教を続けていたハルナも、いつのまにか眠ってしまったようだ。
「なんで皆して俺とナタリアをくっつけたがるんだよ……。こいつらにはもう酒を与えないようにしよう」
お酒飲みすぎてまたもや寝落ちしました……。
とはいえ、少しずつストックも少なくなってきたので、更新頻度を減らすかもです。
当初は一日おき更新ぐらいで考えていたので……。
でも、完結までは走り続けたいと思いますので、よろしくお願い致します!
好き勝手に書かせていただいておりますが、ちゃんと読んで下さる方がいらっしゃる事が嬉しくてたまりません。
いつもPV見て元気をいただいています。
ありがとうございます!




