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第195話 殺すつもりはなかったんです

「それにしても、誰を狙っていたのかしらねぇ? お姫様はまだバレてないんでしょう? そうすると、あとは私しかいないかしらぁ」


 障壁魔法を維持しながら、床に散らばったガラスの破片を掃除するミュルサリーナ。


「どうしてそこでわたくしを候補から外すんですの?」


「あらぁ、あなた、誰かから殺されるほどの恨みを買ってるのかしらぁ?」


 ミュルサリーナは口角を吊り上げながらセシルを見る。


「いえ、心当たりはありませんわ……。と思いましたが、もしかしてあなたが! ……自作自演で……」


「だとしたら、掃除の時まで障壁を張ってないわよぉ。この魔法、微妙に面倒なんだしぃ。……それに、私は別にあなたの事を恨んでなんかいないわよぉ? 自意識過剰にもほどがあるんじゃないかしら?」


 そう言って、ミュルサリーナは窓から顔を出す。


「あ、あの……魔女……。危ない……ですわよ」


「私は魔女って名前じゃないわよぉ? ミュルサリーナという通名があるのよぉ」


「ミュル……サリーナ……さん……危ないですわよ」


「別にさん付けじゃなくて良いわよぉ。同じパーティの仲間なんでしょう?」


 しかしミュルサリーナはセシルには振り向かず、ただひたすらに窓の外を見つめ続けている。


「そっ、それについてはまだ認めた訳では……ありませんわ」


「そう? せっかく助けてあげたのに残念ねぇ。……あなた、魔法障壁を張れないのよね?」


「私はヒーラーですの。従って、使えるのは治癒魔法だけですわ」


「治癒魔法……と言っても随分凶悪な魔法みたいだけどねぇ」


 ミュルサリーナは自らの腕の傷を繁繁と眺めて、そう独り言を漏らすが、再び窓の外に視線を向ける。


「……どこに行ったのかしらぁ。矢が届く程度の距離なら、私の眼から逃れられる筈がないのだけどぉ」


「魔女って、五感が鋭いんですの? エルフを超える五感を持つ人間族なんて聞いたことがありませんわ」


「ふふふ……それは魔女の秘密ってやつよぉ。……あらぁ?」


 その時、ミュルサリーナが足元の矢に視線を落とす。

 その矢には手紙が結び付けられていた。


「変わったラブレターの渡し方ねぇ」


 そう言いながらミュルサリーナは手紙を解く。


「ふむ……なるほどねぇ……」


 そう言ってミュルサリーナは手紙に一通り目を通した後、セシルにそれを渡す。

 セシルとティアは一緒にその手紙を覗き込む。


「え……」

「なんですかこれ……」


 そこには二人の理解できない文字がつらつらと書かれていたのであった。


「何を書いているのか、全く読めませんわ……。でも何処かで見たことがあるような……」

「どこの地方の文字なのでしょうか……」


 そこでセシルは最初に手紙を読んだミュルサリーナの方へ振り向く。


「ミュルサリーナ! 恥を忍んでお願いですわ。この手紙の内容を教えて下さらないかしら」


 ミュルサリーナは笑顔で答える。


「その文字は……私にも読めなかったわよぉ」


「え……? でもさっき読んでいたのではありませんの?」


「それだと格好がつかないじゃなぁい。……手紙が読めても読めなくても、同じ事をするわよぉ」


 それを聞き、再びミュルサリーナに掴みかからんと激昂するセシルを、ティアが必死に抑え込む。


「折角頭を下げたのに! ぅがるるるる……! おのれ魔女……ぐるるるる!」


「セシルちゃん、落ち着いて! 人間辞めそうになってるよ」


「キィーーーッ! わたくしエルフ! 元々人間族ではありませんわ! ムキーーーーッ!」


「言い直すね! 人型生物を半分以上踏み外してるよ!」


 なおも鼻息荒いセシルとそれを必死で止めようとするティアを横目に、ミュルサリーナは言った。


「この手紙、一体誰に宛てたものなのかしらねぇ」


「確かにそうですね……。何かを伝えたいのであれば、少なくとも相手が知っている文字で書かないと意味がないですもんね」


 セシルを制止するために背後から首筋に腕を回し、力一杯に締め上げたままでティアが同意する。


「あらぁ、みんな帰ってきたみたいよぉ」


 宿の階段を上がってくる足音が響き、グレインやナタリア達、それに宿の主人が部屋に入ってくる。


「おかえりなさーい」


 そう言って振り向くティア。


「宿のご主人から、ガラスの割れる音がしたって聞いたわよ! あんた達、やっぱり喧嘩してたん……ちょ、ちょっと!」


「ん? どうしたんですか?」


「ティア、お前がどうしたんだよ」


 ティアが手元を見ると、首を締められていたセシルが口から泡を吹いている。


「きゃぁーっ! あわわわ……」


 ティアが慌てて手を離し、床にぼとりと落とされたセシルは、そのまま治療院に運ばれる事となったのであった。



********************


「すみません、殺すつもりはなかったんです……」


 俯き加減にティアがそう漏らす。


「私はティアちゃんが、あの子の首をきゅーっと締め上げるところを見ていたわぁ。……それはそれは、鶏をシメるようにきゅっとねぇ」


 ミュルサリーナは少々喜ばしげにも思えるほど饒舌に、当時の状況を語る。


「犯行動機は」


 グレインは無表情で、短く質問をする。


「特に……ありません。衝動的に……というものでしょうか。正当防衛を認めてもらおうとは思っていませんが、わざとでは無い事だけはお伝えしておきたいです」


「暴れたセシルちゃんを抑え込もうとして……って感じだったわねぇ。でも……あのとき、あの場で一番暴れていたのは……そう、彼女だったかも知れないわぁ」


 ミュルサリーナはそう言ってティアを指差す。


「そうか。……ティア、ちゃんと自分の罪を償うんだぞ」


「はい……私が殺めた生命、決して無駄には──」



「ちょっと皆さん!! まるでわたくしが死んだかのように話を進めないで下さいまし!」


 ベッドから上体を起こしたセシルが、ベッド脇で小芝居を繰り広げていた三人を怒鳴りつける。


「「「てへへ……」」」


「笑っても誤魔化されませんわ!」


「……ちょっとそこの四人、うるさいっス。ここは治療院っスよ。……自分とお姉様との甘美なひとときを邪魔するなっス」


 セシルの隣のベッドではアウロラが横になっており、隣に座って彼女の手を握りながら静かに話をしているのはもちろんヴェロニカだった。


「さっきから何ですの、あれ。……ずいぶん偉そうですわね」


 注意されたセシルは口を尖らせる。


「気にしなくてもいいんじゃなぁい? ただの似非魔族の戯れ言よぉ」


「治療院で騒いでるあんた達の常識がおかしいのよ。静かにしてなさい」


 そう言って微笑みかけるミュルサリーナに少しだけ表情を緩めるセシルであったが、ナタリアに一喝されて再び頬を膨らませる。


「そう言えば、お前が気を失っている間に部屋と衣服の洗浄とか着替えとか、色々世話をしてくれたのは全部ミュルサリーナだからな。それだけは伝えておくぞ」


「部屋と衣服の……洗浄……? 着替え……?」


 セシルははっとして自分の服装を見ると、確かに患者用の衣服に着替えさせられていたことに気付く。


「しかし人間、窒息するとあんな事になるん……むぐもががが」


「そんなの、本人の前で言うことじゃないわぁ」


 ミュルサリーナが笑顔で何かの魔法を発動したようで、グレインの口が開かなくなる。

 ミュルサリーナは懐から矢に結んであった手紙を取り出して広げる。


「グレイン、これがさっき言ってた手紙よぉ。ちなみに私達には一切読めなかったわぁ」


 しかし、グレインはその手紙を見るなり、ミュルサリーナからひったくるようにしてアウロラのベッドへと向かい、布団の上に手紙を広げる。


「……これは……古代魔族文字……だね」


 まだ本調子ではないのか、アウロラがぼーっとした様子でそう呟く。


「もがが、むまごごめもも」


「あらごめんなさぁい。うっかり呪いを解くのを忘れていたわぁ」


 ミュルサリーナが笑いながら指を鳴らすと、グレインの口が開く。


「アウロラ、ここになんて書いてあるのか内容を教えてくれ」


「えーっとね……『王家の娘の死を以て 開祖の儀を止める たとえ我らが消えたとて すべては始祖様の為に』だってさー」


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