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第193話 契約の糸

「全くもって分からぬ。分からぬが……」


 サブリナはヴェロニカの体中をいろいろな角度から具に観察する。


「正真正銘、魔族のようじゃ。……ちと肌色は悪いようじゃがの」


 そう言ってサブリナはヴェロニカの腕に自分の腕を沿わせる。

 サブリナの腕も不健康とも思えるほどの白い肌ではあったが、ヴェロニカのように紫がかった色ではない。

 外見チェックの後はサブリナの質問攻めが続く。

 その質問内容は食生活や趣味、特技までありとあらゆる事に及んだ。

 最初は戸惑っていたヴェロニカも、次第に口数が増えていく。


「最近面白いと思った書物はあるかの?」


「……本は……ほとんど読ませてもらえなかった」


「ふむ、なるほどなるほど……」


「サブリナ、ヴェロニカも大変だろうからそろそろ終わりにするぞ」


 あまりにサブリナが前のめりすぎているため、グレインがブレーキを掛ける。


「むぅ……それじゃ、一番聞きたかったことを質問させてもらおうかの。……人間だった頃の記憶はそのまま覚えておるのか?」


 サブリナの質問に、ヴェロニカは俯きながら答える。


「少し……だけ。バルさんの事とか……断片的に……」


「なるほどな。お主のような者は見たことがない故、興味があって色々と聞きすぎてしもうた。すまなかったの」


「いえ……」


 その時、ギルド応接室のドアが開く。


「それは禁呪……。つまり、古代魔族の魔法だ……よ」


 声のする方を見れば、入り口にもたれる形でアウロラが立っていた。

 彼女は顔面蒼白で見るからに具合が悪く、激しく肩を上下に動かしている。


「アウロラ! お前どうしてここにいるんだ? 治療院にいるはずじゃ?」


「別の禁呪を調べていた時に見た事があるの……。うぅ……っ!」


 アウロラはグレインの質問には答えずに話を続けるが、腹部に手を当てて苦しそうに身をよじる。

 グレインの隣に立っていたトーラスが、咄嗟に転移魔法で移動して彼女を支える。

 アウロラが手を当てていた部分には、衣服までじっとりと血が滲んでいた。


「その禁呪は……他種族を魔族化する呪い……。でも、それは種族の壁を超えるために、身体中の細胞や器官を全部作り変えて無理矢理魔族に合わせるの……だから、元に戻す方法は……なかった……」


「ヴェロニカは……もう元には戻らねぇってのか!」


 バルバロスが悲痛な表情で声を絞り出す。


「グレイン、僕はアウロラさんを治療院まで転送するよ。このままじゃ危な──」


 トーラスがそう言って顔を上げると、そこにはヴェロニカが立っていた。


「お……ねえ……さま……」


 一言だけ言って、ヴェロニカは、涙を流す。


「ヴェロニカ……。気に……しないで。あなたの……せいじゃないから……。全部……命令されてやってた事じゃないのー……」


 アウロラの言葉を聞き、サブリナが何かに気がついたようにヴェロニカの顔を見る。


「そうか……。そなたに不完全な契約の糸が見えるのはそのせいじゃったか。……契約は切れておるが、正規の手順で破棄されず、中途半端に残っている状態の糸が見える。こんな事、滅多に起こる筈はないのじゃが……」


 そう言って首を捻るサブリナ。


「なぁ、例えばどういう時に起こることがあるんだ?」


「かなり条件が厳しいのじゃが、まず、ヴェロニカか契約相手のいずれかが、契約効果の及ばない独立した魔法空間や別次元なんぞに閉じ込められている状態が必要じゃ。その状態で契約相手が死ねば、ヴェロニカに契約解除が伝播せず、このような状態に陥るかも知れぬが……そういう特殊な状況でもなければ起こらないはずじゃ」


「「あぁ……心当たりがある」」


 グレインとトーラスは声を揃えて頷く。


「確かトーラスの闇空間にヴェロニカを収納した状態で、契約相手のタタールを殺したぞ」


「なんと……。逆に言うと、トーラスの闇空間を使えば、この状態をいつでも作り出せるという事じゃな。これは何かに利用できそうな気がしてくるのう……。わくわくするのじゃ……」


 サブリナはそう言うと、笑みを浮かべて何やら思案し始める。


「それって普通の契約破棄とは違うのか?」


「違う。これだとヴェロニカには契約の効果が残ったままの状態じゃ。さっきのアウロラの話からすると、タタールとやらの命令を聞くだけの一方的な従属契約のようじゃが、命令をする相手が居ないのであれば契約を結んでる意味も無かろうて。契約相手が存命であれば難しいが、相手が死んでおるのなら、契約の糸が見える妾なら解除できるぞ」


「ってことなんだが、どうする? ヴェロニカ。そのままの状態でもいいなら──」


 ヴェロニカはグレインの方を振り返り、即座に首を左右に振る。


「どうなるか分からない……けど……このままは……嫌」


「分かった。……では糸を切るぞ」


 そう言ってサブリナは、ヴェロニカの胸に手を置き、そこに魔力を集める。

 やがてサブリナが手を離すと、ヴェロニカが涙を流して床に膝をつく。


「あ……あ……ああぁぁぁぁっ! お姉様! お姉様ァァァァ!」


 ヴェロニカはアウロラに向き直り、その足元にすがりつくようにして泣き叫ぶ。


「自分は、……自分は……お姉様になんて事を! この命、いくらでもお姉様に捧げるっス!」


 そう言ってヴェロニカはアウロラの腹部に手を当て、治癒魔術を使う。


「無事に契約は解除したぞ。これでヴェロニカを縛り付ける契約の糸は一本も残っておらぬ。……そしてどうやら、人間族だった頃の記憶に契約で蓋をされていたようじゃな」


「ヴェロニカ、その喋り方……ウチのことも……記憶が戻ったんだね」


 アウロラはそう言って、ヴェロニカの頭を撫でる。


「お姉様、お姉様、お姉様! 死なないで……死なないで下さい……」


「ん……大丈夫。だいぶ楽になってきた……かも。この傷は、普通の傷と違うのかな? 呪いの類い?」


「……どうもそうみたいっス。自分が呪いで生み出されたので、この身体は呪いの塊なんだとか。だから、この身体で負わせた傷には普通の治癒魔法が効きにくいっス」


「やっぱりかー。治療院のヒールがほとんど効かなかったから、リリーちゃんの蘇生治癒も断ってよかったよ。生き返れない可能性もあるからねー」


 ヴェロニカの治療でアウロラはかなり楽になってきたようで、時折笑顔を浮かべている。

 ちょうどそこへ、二人の人影が駆け込んでくる。

 ナタリアとリリーであった。


「グレイン、大変よ! アーちゃんが診療所を抜け出して行方不明…………だったけど今見つけたわ」


 ナタリアは額に青筋を浮かべ、指を鳴らしながらアウロラに近付く。


「アーちゃん……何処へ行ったかと心配したわよ? 今……ちゃーんと……連れ戻してあげるからねぇ……。絶対に逃げないように……お仕置きも必要よね……」


「ナーちゃん……い、痛く……しないでね……」


 その後アウロラは、おまけのヴェロニカを伴ったまま、治療院まで文字通り引きずり回されたのであるが、その様子を見ていたグレイン達は、ナタリアが多少の怪我人にも容赦の無いことを知って背筋を凍らせたのであった。



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