第188話 跡形もなく消してやる!
「おや……あの魔女が喋った……? と言う事は、口封じは失敗したと言う事ですね。まったく……使えない部下を持つと苦労しますね」
タタールはこれまでグレインに見せていた粗野な態度を一変させ、終始丁寧な口調で語る。
「お、おい、鮫……てめぇ……一体何者だ? 何を企んでいやがる?」
「マスター、それこそ人聞きが悪いですよ。私はタタールです。最初から何も変わっていません。……最初から……闇ギルドの幹部なんですから!」
そう言って、タタールは歯を見せて笑う。
次の瞬間、バルバロスの眼前に閃光が走る。
「……もしかしたらと思って……障壁を張っておいて正解だった」
そう言ったのはアウロラである。
見れば、バルバロスの目の前には小さな針が空中で静止している。
タタールはそれを見て舌打ちするが、さほど悔しそうな素振りはない。
一方、アウロラは肩を震わせながら口を開く。
「この針……もしかして……これがヴェロニカの命を奪った正体……じゃないの? 貴様のその口に仕込んである、極小サイズの吹き矢が! あの時の棘も貴様の……吹き矢だったとしたら……! ……こんなものが……あの……あの子を……」
アウロラは、そこで言葉に詰まり涙を流す。
「うーん、それは半分ほど正解ですね。あの時は今よりもずっと大きなサイズでした。口の中になんて仕込めない程にね。それもあって、前任のサブマスターに矢を射るところを見つかってしまった訳なんですが。飛来音の隠蔽と呪いの効果はそのままに、見ての通りこの一年でかなり小型化できましたよ! ここまで来れば、もう誰も吹き矢だとは気付かないでしょう」
タタールはバルバロスの目の前に浮かぶ針を指差し、嬉しそうに目を細める。
しかしグレインがその針を剣で斬り落とし、切っ先をタタールに向けたまま言い放つ。
「なぁ……お前、闇ギルドの幹部って言ったな? 本当か? ……アウロラが知らないみたいだし……小者が見栄を張ってるだけなんだろ」
「……幹部は幹部ですよ。 まぁ、敵対している相手に組織の内情をペラペラ喋ってやる必要もないと思いますがね?」
そう言って、タタールは口から小さなパイプを吐き捨てる。
「知らないよ……こんな奴……聞いたこともないし、幹部なんて事あるはずが!」
「おやおや? 幹部以上の構成員は、一握りの者しか知り得ないトップシークレットです。一介の脱走ギルマスなんかが知っている訳が無いでしょう! 私は首領から直々に、隣国へ脱走した亡命者達の処理を任されたのです! 詳細を聞いてみれば何と、数年前に逃したターゲットであった貴女が含まれているではありませんか。何という偶然! 僥倖の極み!」
「亡命者の……処理? 知らない! ウチがそんな命令するはずない!」
「……? それはそうでしょう、首領の命令なのですから。さてさて、まずはあなたからご協力いただきましょうかね?」
タタールは首を傾げるも、再び笑みを浮かべてアウロラの全身を舐めるように見回す。
「(なぁ……)」
グレインがハルナに囁く。
「(えぇ……あの二人の話、見事に噛み合ってないですよねっ)」
ハルナもグレインの目を見て頷く。
「(もしかしてあいつ、アウロラの正体を知らないのか?)」
「ふふふ……。おそらくは、アドニアスが乗っ取ったヘルディム王国と和解したっていう、新首領の方しか知らないみたいだね」
突然二人の後ろからトーラスが割って入る。
「うぉあっ! トーラス、脅かすなよ。」
「あはは、ごめんごめん。二人があんまりにも良い雰囲気だから邪魔したくなっちゃって」
「どこがいい雰囲気だよ……。って言うかお前全く緊張してないのな。さっさとあいつを制圧してくれよ」
しかしトーラスは笑顔で首を左右に振る。
「どう考えてもその必要は無いよね」
「何も知らされてないタタールさん、ちょっと不憫ですね……」
タタールとアウロラの戦況を見ていたハルナがそんなことを呟く。
「そうだね。しかも吹き矢みたいな暗器って、不意討ちじゃなければほとんど意味を為さないし……それよりも今回は相手が悪過ぎたね」
そう語るトーラスの目の前には、もはや氷像と言っていいほどに、つま先から首元までが氷漬けにされたタタールが居た。
タタールはアウロラに全く歯が立たず、一瞬で凍結されてしまったのである。
「くぅぅっ! ……あ……あなた、闇ギルドに入りませんか? その絶大な魔力、元ギルマスの亡命者として世界を放浪させておくには非常に惜しい人材です」
「黙れ黙れ黙れ! もう口を開くな! こんな……こんなゴミクズに……ヴェロニカは……! この世に貴様の痕跡など微塵も残さない! 跡形もなく消してやる!」
そう言って、アウロラが右手に自身の身体ほどもある巨大な氷の刃を生み出し、タタールの頭部に向けて突きを繰り出す。
しかし、その刃がタタールの頭部を貫くことはなかった。
突如上空から女が舞い降りて、アウロラの刃を素手で弾き返したのである。
その女は全身が紫がかった肌色で、背中からは黒い翼が、そして頭部には大きな角が二本生えていた。
「あの翼に角……魔族か!?」
「肌の色が……非常に不健康そうですぅ」
「やれやれ、しぶといなぁ。まだ奥の手を隠し持ってたんだね……」
驚くグレイン達であったが、それ以上に動揺しているのはバルバロスとアウロラであった。
「そ……、そんな事が……! ……鮫! てめぇぇぇ! てめぇのっ! ……仕業だなぁぁぁぁ!!」
「そん……な」
そして、アウロラの悲痛な声を聞き、グレインは再び驚愕する事になる。
「……どうして……ヴェロニカ……」
アウロラは目の前に立ちはだかる魔族の女に向けて、その一言を投げ掛けるのが精一杯だった。




