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第182話 魔女

 ビルの耳飾りから伸びた魔力の糸を頼りに、グレインとアウロラは一軒の民家に辿り着く。


 アウロラがドアをノックすると、中から一人の女性が出てくる。


「あらぁ〜、いらっしゃいませぇ。何が欲しいの? 幸せになれるグッズ、たくさん取り揃えているわよぉ? それとも健康になれるお守りかしらぁ? あ、誰かを呪い殺したかったりする?」


 女性はグレインより少し年上、三十代前半ぐらいの見た目で、緑色のローブを全身にすっぽりと羽織っており、片手には小さな水晶玉を持っていた。


「とりあえず、中でじっくりとお話させてもらってもいいかな?」


 アウロラは女の態度に動じることなく、にこやかにそう告げるが、女のセールストークは終わらない。


「ふふーん、わかったぁ! 貴女の後ろにいる彼ね! 恋人との仲がうまくいってないのね? 惚れ薬の相談だったかぁ〜。なるほどなるほど、それは込み入った話になるから、中で伺いましょ」


「いや俺達は、──……っ!」


 アウロラの背後で思わず口を開いたグレインであったが、グレインの声を聞いた瞬間、女の顔色が一変したのを見て、慌てて口を噤む。


「……分かったかな? ……そういう事。ウチも命のやり取りはなるべくしたくないの。だから、まずは中でお話しさせてもらえないかなー?」


 アウロラがやはりいつもと変わらない調子で女性に言う。


「……そういうことね。いいわ、入って頂戴」


 女は先ほどまでの饒舌な口振りとは正反対に、静かな声でそう言って二人を室内へと迎え入れる。


「……何だこりゃ……」


 家の中に入ったところで、グレインはその異様な光景に圧倒される。

 壁中を埋め尽くす首飾りや耳飾り、水晶玉や得体の知れない壺、机には呪符や書物が山積みになっていた。


「おぉー。……魔女には会ったことあるけど、自宅にお邪魔したのは初めてだよー」


 アウロラも物珍しそうに室内を見回している。


「魔女だって!?」


 アウロラの言葉に驚くグレインだったが、女は静かに壁際のテーブルセットを手で指し示す。


「ここに座ってて。今、お茶を淹れるわ」


 そう言って女はキッチンに向かう。


「……幸せになれるグッズって言ったかな? 怪しい商品まで売って、ずいぶんとここでの生活に馴染んでるみたいだねー」


 言われるがまま椅子に腰掛けたアウロラが、お茶の準備をする女の背中に呼びかける。


「なぁ、彼女が魔女ってのは……」


 アウロラの隣に座るグレインが恐る恐る問い掛ける。


「そう、彼女は魔女じゃないかなー。この家を見たら納得でしょ?」


「魔女って……そもそもよく知らないんだが、何者なんだ? 魔族の女、とか?」


「ううん、違うよ。そしたらサブリナも魔女になっちゃうじゃないのー。魔女っていうのは、ウチらと同じ人間族だよ。ただ、ちょっと──」


「ちょっと、人の道を踏み外した存在、と言ったところねぇ」


 アウロラの言葉に重ねるように、女がティーカップを運んでくる。


「あまりいいお茶ではないけれど、どうぞ」


 そう言って女は二人の前にそれぞれティーカップとクッキーを配膳してから、二人と向かい合う位置に座り、自らのカップに口をつける。


「ほら、お茶に毒なんて入れてないわよぉ? ……それにしても、ここを突き止めるの、案外早かったわね」


 グレインは、ティーカップの中身を軽く啜り、それからお茶菓子のクッキーに手を伸ばす。

 しかし、アウロラにその手を軽く叩き落とされる。


「こらこら、お菓子の前にまずお話をなさいなー」


「ちっ、分かったよ。じゃあまず、自己紹介からしようか。僕の名前はトーラス。隣がパートナーのアウロラだよ」


 魔女はにこやかな表情を浮かべ、グレインの眼前に手を伸ばす。


「ん? なんだ?」


 次の瞬間、女はグレインの額にデコピンを炸裂させる。

 とてもデコピンとは思えない衝撃がグレインを襲い、一瞬で認識阻害魔法が解ける。


「っっっっってぇぇぇぇ! なんだ今の! 死ぬかと思ったぞ! 仮にも俺達は客人だろうよ!?」


 額を押さえて涙目のグレインが憤慨する。


「ごめんなさいねぇ。でも、こうでもしないと、あなたの認識阻害が解けなかったのよぉ」


 魔女はそう言ってグレインに笑顔を向けるが、グレインは背筋に寒気を覚える。


「下手すりゃ今ので殺されてたよな……。そして認識阻害も見破られてたのか」


「あの騎士さんにプレゼントした魔道具、盗聴のイヤリングなのだけれど、彼が最初に『師匠』って呼んでた人の声は、あなたの声じゃなかったわぁ」


「そう、認識阻害魔法って、直接姿を見ている人の意識に働きかけて誤魔化すものだから、姿を見ていない人は誤魔化せないんだよー」


 アウロラが魔女の言葉を肯定する。


「なるほどな。それであんたは俺の声を知っていたから、さっきドアのところで俺が喋った時に……」


「えぇ。やられた、盗聴が見破られた、と思ったわぁ。それで……改めて、認識阻害を掛けていたあなたはどちら様?」


「グレインだ」


「では、グレインさんにアウロラさんね。私はミュルサリーナ。このローム公国で何でも屋をやっている……魔女よ。以後お見知りおきを」


「ふふふっ、『以後』ね……。今ここで死ぬかも知れないのにー?」



「アウロラさん笑顔でそういう事言うの怖いからやめて」


「さっき『命のやり取りはしたくない』って言ってたのに!?」


 満面の笑みを浮かべるアウロラに、必死で抗議するグレインとミュルサリーナなのであった。



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