第179話 嘘をついてみて
『内通者に関わる会話で嘘を禁じる。もし破った場合は魔力の半分をサブリナに提供し、目印として鼻血を吹き出す』
結ぶことにデメリットしかないサブリナの契約であったが、当事者達の承認を得ることなく、一方的に契約は成立する。
「ふぅ……案外あっさりと契約を結べたのう。心の底から本気でこの契約に反対しようという者が居なかったようじゃな。ただし……妾の魔力の大半が持っていかれてしもうた……。ダーリン、妾の魔力補充も兼ねて、一度だけ嘘をついてみてくれんかの?」
「あぁ、いいぞ。『俺が内通者で、闇ギルドに情報を流してたんだ』……ブフッ」
言うが早いか、鼻から大量の血を流し、地に膝をつくグレイン。
「あぁぁぁ、ダーリン、大丈夫かの!?」
慌てて駆け寄り、グレインを抱き起こすサブリナ。
「あぁ……大丈夫だ……。魔力と血を同時に抜かれる感覚が……ふわっと宙に浮くように頭が真っ逆さま」
「ダーリンのおかげで、妾は少し身体が軽くなったような気がするのじゃ」
「……グレイン、あんた死にかけてるんじゃないの? ……それにしても想像していた以上に、恐ろしい量の鼻血ね……」
ナタリアも心配そうに血まみれのグレインを覗き込んでいる。
「こんな状態でなんだけど……一つ実験してもいいかしら」
「あ、あぁ、いいぞ。嘘をつけばいいか?」
「そうね……。『あんたは闇ギルドに入りたい?』」
「『あぁ、入りた──』ブフッ」
「随分食い気味で反応したわね……。なるほど、『内通者』だけじゃなく『闇ギルド』に関する話題も対象に含まれる、と」
ナタリアは腕組みをして頷きながら、次の質問を繰り出す。
「『あんたは国王?』」
「ま、まだ質問すんのかよ……。『あぁ、俺は国王だ』」
「……何も異常はないわね。じゃあ、『あんたは内通者じゃなくて国王?』」
「『あぁ、俺は国王だ』……ブッ」
再び鼻から血を吹き出すグレイン。
「ねぇちょっとサブリナ! この契約の判定基準どうなってんのよ! 会話に無関係でも、それっぽいキーワード入ってただけで反応してるじゃないのよ!」
「うーん……判定基準は妾にも分からんのじゃ……」
そう言ったサブリナは困り顔で、自分の胸の中で鼻血を吹き出しているグレインの頬を撫でている。
するとそこへ、今まで沈黙していたハルナが質問を投げかける。
「『お姉ちゃんは、グレインさまのことが好きですか内通者?』」
「ねぇ、ちょっと待ってよ! もう言語として破綻してるじゃないの!……『別にこいつの事なんて好きじゃないわ』……ぁぶ」
鼻から大量に流血するナタリア。
「ごほっ、げほっ! いやぁぁぁぁ……。ふ、服が血だらけ……。……ハルナぁ……覚えてなさいよ……!」
「た、たたた、ただの実験だったんですぅ……。そ、そもそもお姉ちゃんがグレインさまの事を好きだって素直に答えれば……いえ、ごめんなさいお姉ちゃん」
鼻血に咽るナタリアから睨まれているハルナは、震えながらそう謝るのが精一杯であった。
「ごほっ……。ねぇ……グレイン……」
「ガハッ……どうした? ナタリア……」
ナタリアとグレインは喉に下がる自らの血に咳込みながらも、何とか会話を試みる。
「げほっ……嘘ついてこんな酷い目に遭うなら……あたし達全員、実質的に嘘がつけない状態よね? こんなことができるんだったら……」
「あぁ、……俺も同じ事を思ったよ」
「それは妾も思ったのう……。これが出来るなら、最初からトーラスを殺す必要なんて無かったのじゃ」
「だよな……」
「そうよね……」
サブリナの言葉に、血まみれの二人は頷くだけであった。
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「みんな、気を取り直して、トーラスの死を無駄にしない為にも、今の作戦は続行するぞ!」
血と魔力を搾り取られてふらふらになったグレインは、廃屋にあったボロボロの椅子に腰掛けた状態でそう宣言する。
「いい事言ってるように聞こえるけど、あの変態が死んだのはそもそもあんたの考えが足りないからじゃないのよ」
「サブリナの契約があんな万能だなんて思いもしなかったからな……。みんな、それじゃあ次の作戦を説明する前に一つだけ質問をするから、一人ずつ答えてくれ。『自分が内通者か、あるいは内通者を知っている、もしくは内通者に心当たりはあるか? それに闇ギルドとつながりがあるか?』」
「……グレインさま、質問ですっ!」
ハルナが元気に手を上げる。
「はいハルナ、質問に質問で返すのはあまり良くないと思うけど、どうぞ」
グレインがハルナを指差して発言を許可する。
「質問が一つじゃなくて四つぐらいになってますっ」
「ハルナ、あいつは数も数えられない馬鹿なのよ。ほっときなさい」
「おい、聞こえてるぞナタリア」
グレインがナタリアを睨む。
「あら悪かったわね。聞こえるように言ってるんだけど?」
そしてお返しとばかりにナタリアもグレインを睨み返す。
「グレインさまもお姉ちゃんも、夫婦喧嘩してないで話を進めましょうっ!」
「「ふ、夫婦……喧嘩……」」
ハルナの仲裁により、グレインとナタリアは顔を真っ赤にして喧嘩は未然に収まる。
「ず、ずるいのじゃ! 妾も! 妾も入るのじゃ! 妾も数が数えられない馬鹿になるのじゃ!」
「話がややこしくなるのでサブリナさんは参戦しないで下さいっ! それで、一人ずつグレインさまの出した質問に答えていけばいいですね?」
そうして、しょんぼりとするサブリナをおいて、他のメンバー、ハルナ、ナタリア、アウロラ、リリーはグレインの質問に答えていく。
その結果、全員内通者に心当たりはないという結論に達したのであった。
「よし、どうやらこの中には裏切り者はいないみたいだな……ってどうした? サブリナ」
廃屋の床に座る一同の前で立ち上がっていたグレインの袖を、サブリナが引いていた。
「わ、妾は……妾はまだ内通者についての質問に答えておらんし、妾は契約者なので嘘をついた時の罰則も適用されないのじゃ!」
「ん? あぁ、そりゃそうだろ。皆はサブリナと嘘をつけない契約してるんだからな」
頷くサブリナ。
「でも、一応妾にも質問はしなくていいのかの? もしかしたら妾が内通者かも知れんぞ?」
その様子を見ていたナタリアがにやにやと笑みを浮かべながら言う。
「ははーん、分かったわ。一人だけ蚊帳の外に置かれたみたいで嫌なのね? さびしんぼうのサブリナちゃん」
「わわわわっ妾は! 断じて! そのような事など……あるはずがないかも知れなくもない事もないような気が……」
胸の前で両手をもじもじしながら、口をもごもごさせるサブリナ。
そんなサブリナに、グレインはやや大袈裟に語りかける。
「サブリナ、お前は特別なんだ! 俺はお前に絶対の信頼を置いているからこそ、みんなと契約するっていう大役を任せたし、断じて内通者であるはずはない。……だろ?」
「えっ……えへへへへ……。そんなにダーリンは妾の事を……妾が特別という事なら、それはそれでいいのじゃ」
顔を真っ赤にして、サブリナは蕩けたような笑顔になる。
「サブリナ……意外とちょろいわね……。ってそんなことはいいわ。グレイン、あたし達全員、内通者と無縁だったんだし、そろそろ作戦を教えなさいよ。あんたは一体何を企んでるのよ?」
しびれを切らしたナタリアがグレインをせっつく。
「分かった。……アウロラ、認識阻害の魔法で、俺をトーラスに偽装してくれないか?」
「「「「……はぁ!?」」」」




