第177話 死体運び
──トーラスが殺された直後。
グレイン達はトーラスの身体を取り囲んだ状態で、ナタリアが呆れていた。
「は!? 何よあんた! 今苦しんでたの全部芝居だったって言うの!? ……た、確かに? あんたの芝居が下手だから、やけに苦しみ方がわざとらしいとは思ったわ」
「お姉ちゃん……さっき真っ青な顔して、この世の終わりみたいな感じで涙まで流──な、何でもないですぅ」
ナタリアに睨まれ、慌てて口を噤むハルナ。
「とりあえず、こいつの死体を一時的に隠しておきたいな。こんな道の真ん中だと、そのうち誰か通り掛かって騒ぎになるだろ」
「じゃあ人目につかない所に運びましょうっ」
「……ですね」
そうしてトーラスの身体をグレインに背負わせるべく持ち上げるハルナとリリー。
「この現場を誰かに見られたら、どう考えてもあたし達犯罪者になっちゃうわよね……。あ、そうだわ、あたしはたまたま、この殺人現場に通り掛かった目撃者って事に……」
「ナーちゃん、ウチがちゃんと『彼女も共犯者、むしろ主犯です』って証言してあげるからねー」
そう言って悪戯な顔で微笑むアウロラ。
「余計な事しなくていいわよ! それに主犯じゃないし! 捏造するんじゃないわよ!」
「みんな、とりあえず行くぞー。先頭はハルナに頼む。こいつを隠せそうな場所がないか探しながら歩いて、もし見つかれば教えてくれ。その後に俺が歩く。他の皆は、俺の仲間だと思われないようについてきてくれ。集団で行動していると余計に怪しまれるからな」
「分かりましたっ!」
言うが早いか、ハルナはすたすた軽快に歩いていく。
しばらくして、トーラスを背負ったグレインが出発しようとした時に、ナタリアが思わず声を上げる。
「ええっ……!? あんた、そんな堂々と……死……体を担いで道の真ん中を歩いていくつもりなの?」
あまりに声が大きいと自分でも感じたのか、途中で声のトーンを落とし、周囲を気にして『死体』というキーワードを口にするのが憚られた様子のナタリア。
それに対してグレインは、何も考えていないかのようにあっけらかんと答える。
「こういうのは堂々としていた方が分からないものなんだぞ? 逆に、街道脇の茂みをこいつ担いでコソコソ歩いてみろ、一発で死体運びだってバレるに決まってるさ」
「むむむ……一理あるような、無いような……」
グレインに言いくるめられてややむくれた様子のナタリアをさておき、グレインはそのままトーラスの身体を担いで街道の中央をずんずんと一人で歩き始める。
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「ほら、お前飲み過ぎだって……。仮装パーティで血糊をべったりつけて」
「徹夜で看板の赤塗料塗って、こぼした挙げ句に居眠りしやがって」
「いやー、それにしてもリアルな人形だよなぁ! これならあいつもびっくりするに違いない」
「どこの世界にオムレツ食べながらケチャップまみれで寝るやつがいるんだよ!」
そんな独り言を話すグレインから、やや離れた後方で、ナタリアが誰となしに疑問を投げ掛ける。
「……何であいつ、ぶつぶつ大声で独り言喋ってるのかしら」
「くくくっ、ぷふっ……た、たぶん、彼なりに必死に誤魔化そうとしてるんだよー。背負ってるモノを……ねー」
ナタリアの隣で、今にも吹き出しそうなアウロラがその疑問に答える。
「何が『堂々としてればバレない』よ。あいつが一番人目を気にしてるんじゃないの」
「でも……あれじゃ……誤魔化せない……」
リリーが心配そうに口にした言葉を、アウロラが補う。
「うん、そうだね。遠目には分からなくても、近寄ったら血の匂いで死体運びって事バレバレだよねー」
「身も蓋もないわね……ってちょっと待って? アーちゃん、さっき船でリズの部屋のドアに認識阻害魔法掛けてたわよね? その魔法をあの死体に掛けたらいいんじゃないの!?」
「おおっ、さすがナーちゃん、鋭いねぇ! ……実はさっきから掛けてるの。ウチらも認識できなくなったら困るから、弱めに抑えてるけどねー」
「じゃあ……あいつの独り言は完全に無意味ってこと?」
アウロラは笑顔で頷く。
「次はどんな言い訳するかなーって、のんびりと楽しもうじゃないのー」
ナタリア達がちょうどそんな話をしていた時に、グレインの前方から人影が駆け寄ってくる。
「グレインさまグレインさま! この先もう少し行った所の街道脇に、いかにも死体を隠せそうな崩れかけの廃屋がありますよっ!」
ハルナが大声でグレインに呼び掛けていた。
「あれは……認識阻害に関係なくアウトだねー」
「薄々思ってたけど、あの娘、控えめに言って頭が残念よね……」
苦笑する後続隊の面々であった。




