第171話 転移魔法って万能
「よーし、この部屋の入り口はちゃんと封印しておいたよー。認識阻害の魔法も掛けたから、廊下から見てもドアの在り処が分からないはず」
アウロラがのんびりした声でリズに呼びかけると、ベッドに腰掛けた少女は微笑を浮かべる。
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それは生き残りのリーナスを文字通り消滅させた数分後の話。
事態が一段落して落ち着いた一同に、リズが小さな声で頼み事をしたのであった。
『このへやに、もうだれもはいってこないようにしてほしいの』
この言葉を聞いて真っ先に申し出たのがトーラスであった。
「生憎と闇魔法にはそういった封印を施すようなものはないんだけど、そこは知恵と知力でカバーするよ」
そう言ってトーラスは、部屋の入口付近の床に黒霧の渦を生み出す。
「トーラス……まさか……まさかとは思うが、これって転移魔法じゃないのか?」
「お、さすがグレインだね。その通り! これは甲板の上空に繋げてあるんだ。入り口を通る人は問答無用で甲板に放り出されるようにね」
これ以上ないほどのドヤ顔をするトーラス。
「なるほど……。トーラス、いくつか質問してもいいか?」
既にグレインは肩をわなわなと震わせながらもトーラスに問い質す。
「なんだい? 何でも聞いてくれよ」
「ドアを開けた時に、侵入者がこの渦に気付いて飛び越えたらどうするんだ?」
「あ……」
「「「「えっ……」」」」
あまりにも想定外だと言わんばかりの、呆気にとられたトーラスを見て、一同は驚き、落胆し、そして沈黙する。
「それに、甲板上空にこの転移渦と繋がった渦があるんだよな? たとえば甲板から風魔法とかで空を飛んで、そっちの渦に飛び込んだらどうなる?」
「あ……」
「「「「えっ……」」」」
「お前がいなくても、この転移渦は半永久的に機能し続けるのか?」
「あ……」
「「「「えっ……」」」」
自らの疑問を投げ掛けたグレインは、トーラスの反応で回答は充分と言わんばかりに、最後に一言だけ伝える。
「却下で」
「……ぐっ……!」
唇を噛み締めて悔しさを表すトーラスであったが、それは自分の考えが却下された事よりも、リズの、幼女の頼みを叶えてあげられない自分に憤りを感じている為であった。
「あぁ、それとな、突如甲板上空に出現したであろう転移渦についても、お前の口からハイランドに説明してもらうからな」
それだけ告げてグレインは、ここにいるメンバーの中で、多種多様な魔法を使えて最も万能そうに思えるアウロラにドアの封印を頼んだのであった。
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「……ありがとう」
少女ははにかみながら、ドアの傍に立つアウロラに頭を下げる。
それに対してアウロラは手をひらひらと振って笑顔を浮かべる。
「それと……さいごにもうひとつだけおねがいがあるの……」
「ん? 何だい? 僕はどんなお願いだって、出来る限りリズちゃんのお手伝いをするよ!」
いつの間にかナタリア達を押し退けて、ベッドに腰掛けるリズの隣にはトーラスが寄り添うように座っている。
そんなトーラスを見て、グレインはため息混じりに告げる。
「却下で」
「いやいやいや、僕まだ何も言ってないし!? それ以前にリズちゃんのお願いが何なのかすら聞いてないじゃない!」
「……かいだんのしたの……ほねを、ここにもってきてほしいの。……たぶん……パパだから……。ここでいっしょに……ねむりたい」
その願いを聞いて一同は彼女の境遇を思い、室内は静寂に包まれる。
「……分かった。みんな、しんみりしてないで、騎士団の邪魔が入る前にやっちゃおう」
静寂を破ったのはグレインの声だった。
一同はその声に突き動かされるように頷き合い、ベッドを動かして再び隠し階段を露出させる。
「運ぶのは……僕がやるよ。リズちゃん、パパは何処に安置したらいいかな?」
「ここ……。リズとママと……いっしょのベッドに」
トーラスは無言で頷き、ベッドの上と白骨の下にそれぞれ転移渦を発現させる。
白骨は転移渦に沈み込み、瞬く間にベッドの上の転移渦から現れる。
「転移魔法って万能だねー。単に移動するだけじゃなくて、さっきの戦闘でも最強の鎧であり、最強の武器であり、こういう事にも……あ」
そこまで言って、本人は秘密にしたかったかもしれないものを種明かししてしまったかと、ぺろりと舌を出すアウロラ。
感心する様子で見入っているアウロラのコメントに、ぴくりと肩を動かすトーラス。
「まさか……それに気付いていたんですか……」
「だって、今の転移魔法とさっきの戦闘中の黒い霧、魔力の流れが同じだったからねー」
「……斬られても死なない身体とか、突然相手の腹から突き出してきた剣……どっちも転移魔法だって言うのか?」
「……まぁね。剣の方はすぐ分かるよね? 相手の背に転移渦の出口を生み出して、入口を右手に。そして相手の剣を入口に突っ込んでやると……って訳」
「そうすると、斬られても死なない身体も、相手の剣を転移させてるのか?」
トーラスは笑顔で首肯する。
「斬りつけられたときに、剣が僕の身体を貫通しているように見える方向にね。まぁ、僕の身体を貫いた剣を粉々に砕くとか、そのまま相手の身体に斬撃を転移させて返すこともできたんだけど、あの時は相当頭に血が上っててね」
「……使い手の性格はともかく、闇魔術の万能感が凄いんだが」
「闇魔術というより、トーラスの能力のお陰じゃないかなー。普通の人は闇魔術を極めてもそんな事できないからね。そしてそれを言うならキミのヒーラー強化能力だって、使い方によっちゃ法外なものだと思うよー。……はぁー、全くキミ達は…………」
アウロラが、溜息交じりにグレインを窘める。
「ま、とりあえずこれでリズのお願いも叶ったってわけだな」
「うん……ありがとう。これで……ありがとう」
リズがそう言ってゆっくりと頭を下げると、白銀色の髪先から、まるで溶けていくかのようにリズの姿が透けていき、消失する。
「あぁ! ……少女が消えていく……。失われる至宝……失われる世界遺産……」
「……それじゃあ仕上げに、隠し階段の先にある入口も封印してとっとと下船するか」
リズの姿がなくなった沈黙の中で、グレインの声に全員が頷き、階段を下りていく。
直前のトーラスの発言について、その場にいた全員が聞こえない振りをしたのは言うまでもなかった。




