第162話 これが海!
「ただ、腕輪で居場所が分かるとして、誰がどうやって探すんだ?」
「それなら私、教えてもらったので出来ますよ。現にグレインさんの居場所も突き止めてここへ来た訳ですし」
グレインの疑問に、ティアが笑顔で即答する。
「……自分の預かり知らないところで居場所を特定されてたのか……。あまりいい気はしないな」
「そう……ですよね。でも、ハイランド様といったら、いつもこれを使って……」
そう言ってティアは溜息をつく。
「なぁ、その腕輪を部屋に置いて外出すればいいんじゃないのか?」
「そうしたいのはやまやまなのですが……。一応私達は保護観察中の身ですので……。今はただおとなしく従うしかないかと」
ティアは、俯いてそう言うと、小さく頷いて顔を上げる。
「とりあえず今は、サブリナさんの行方を調べましょう!」
そうしてティアが何事か呪文を呟くと、目の前に小石ほどの光球が浮かび、東の方向に光線を放つ。
「あら……? この方角は……」
「ハァ、ハァ……やっと追い……ついた……。み、み、……」
首を傾げるティアの背後から、甲冑を着込んだまま走ってきたビルがようやく合流する。
「どうしたんだ? 水が欲しいのか?」
グレインが、見るからに息も絶え絶えなビルに声を掛ける。
「み、み、港を……指していますゴホォ!」
最後にそれだけを言い残して倒れ込むビル。
「確かにビルの言う通り、ここから港の方角にサブリナさんがいるようです。……もっとも、本当に港にいるのかは解りませんが……。こまめに腕輪の位置を確認しながら行きましょう」
「そうか。よし、じゃあ行くぞ!」
グレイン達は早足で港を目指して歩き始める。
「ちょ、ちょっ……待って……くださ……」
ただ一人、地面に蹲るビルだけが残されていたのであった。
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「あら……やはりここでも港の方を指しているようですね」
ティアが五度目の魔法を使い、サブリナの位置を再確認する。
既に港が近いのか、あたりには潮の香りが漂っている。
そしてとうとう一行は港の船着き場に辿り着く。
「わあっ……! これが海! そして港ですのね! 船がいっぱいですわ……。それに……何とも言えないこの香り……」
港に着いて、そう叫びながら真っ先に駆け出したのはセシルであった。
「うふふっ。セシルちゃん、楽しそうですねっ!」
ハルナもセシルにつられて走りながら、笑顔でグレインに振り返る。
「海の何がそんなに珍しいのかねぇ」
グレインは溜息混じりにそう言うが、ナタリアは静かに腕組みをしてセシルとハルナを見ている。
「……セシルはエルフ族でしょ? エルフ族って基本的に生活の主体は山なのよ。だから海が珍しいんじゃないかしら。……ハルナが何であんなにはしゃいでるのかは知らないけど」
元気な二人を見ながらそんな話をするグレインとナタリアの隣で、ティアが鼻息を荒くする。
「決めました! 私が国王になったあかつきには、国の中に海を導入する事を……」
「「意味分からないからやめて」」
「そもそも海なんて作れるのか?」
「超威力の破壊魔法で地面に大穴を開ければいいんじゃないですかね? それを海辺から少しずつ移動しながら繰り返せば……」
「ティアってさ、相変わらず発想が過激だよな」
「これも両親を殺されて国を奪われた生い立ちからくるものですので……」
「「絶対嘘だ」」
「ひ、ヒドイですよぉー!」
グレインとナタリアにからかわれて、ティアが頬を膨らませる。
「あぁぁっ! そこにいるのはティグ……ティアじゃないか!」
「げげっ」
ティアが王族にはあるまじき様子で顔を顰めるが、グレインは何食わぬ顔で挨拶をする。
「お、ハイランドか。こんな所まで来てどうした? ──いてっ」
「あんたには礼儀ってものがないの?」
ナタリアがそう言いながら、グレインの後頭部に手のひらを叩きつけていた。
「いや、構わないさ。君達はヘルディム王国からのお客様だからね。私は幽霊船の調査に赴いた騎士団に帯同しているんだよ。得体の知れないものとか、珍しいものが見られるかと思ってね。面白そうじゃないか」
「なるほど……ティアと動機が全く同じなんだな」
「な、なんだって! それはすごい偶然だ! やはり私達は結ばれる運命に……」
「……グレインさん……恨みますよ……」
嬉々としてティアに迫るハイランドの側で、ティアがグレインをジト目で見ているが、グレインはそっぽを向いてナタリアと歩き始める。
「グレインさーん! こっちですわ!」
ちょうどその時、セシルがグレインを呼んだ。
「どうした? って、ハルナ! 一体何があった!?」
グレイン達が駆けつけると、ハルナがセシルの足元にしがみついて蹲っていた。
「凄いわね……この幽霊船」
セシルの後ろには、ナタリアが上を見上げてひっくり返りそうになるほどの巨大な船が停泊していた。
船体はところどころ朽ち、汚れ、帆もほとんど機能を果たしていないほどにぼろぼろであった。
「ハルナさんは、この船を見てからずっとこの調子なのですわ。一体どうされたのでしょうか……」
「……そういえば……ハルナは幽霊が怖いんだったな。ほら、いまハルナの背中に乗ってるようなやつだよ」
グレインが悪戯っぽくそう言うが、ハルナにはその空気感は伝わっていなかった。
「ひぃぃぃ! あああああああぁぁぁぁぁ! とって、とってぇぇぇぇぇ!!」
まるで命懸けのような叫びを繰り返すハルナに、とうとう幽霊船の調査をしていた騎士団員達も駆け付けてくる。
「……今のは完全にあんたが悪いわよ。ちゃんと謝んなさい」
ナタリアに背中を叩かれて、騎士団とハルナに頭を下げるグレインなのであった。




