第158話 魔界
ナタリア達は、バナンザ冒険者ギルドのサブマスター、タタールに案内され、応接室に座っていた。
「ここがバナンザの冒険者ギルドなのね……」
「これは……なんと言うか……」
「サランと比べると非常に裕福に見えるのう。逆に、サランギルドがちと質素過ぎるのかも知れんがの」
周囲をきょろきょろと見回して、サランギルドとの格差を感じながらも言い淀むナタリアとグレインを無視するかのように、サブリナがばっさりと言い放つ。
「だ、だってしょうがないじゃないのよ! サランは新人冒険者の集まる街なのよ? そんな大した依頼が来るわけでもないし……貧乏なのよ!」
ナタリアが興奮してソファから立ち上がりそうになったところで、応接室のドアが開く。
「おう! 随分元気な奴らだな!」
応接室のドアには、ボロボロの衣服で、ボサボサの赤髪を掻きむしりながら大笑いする、中年の大柄な男が立っていた。
「「「元気なのはあんただよ……」」」
赤髪の男はグレイン達の目の前のソファにどっかりと腰掛ける。
「俺がここのギルマス、バルバロスだ! 巷じゃ『殺人銛のバルバロス』って呼ばれてる元Aランク冒険者だ。 ……へぇ……ギルドの映像で見るよりも美人じゃねぇか。うちのカカアと交換したいぐらいだぜ!」
「あ、あら……お上手ね……。そ、それよりもわざわざお招きいただいて……何か御用があったのですか?」
ナタリアは思わず綻びそうになる口元を必死で押し殺しながら、バルバロスに問う。
「ん? ……あぁ、特にねぇよ。ただ、ギルドの通信映像を見る限りなかなかいい女だったんで、直接この目で見てぇなって『鮫』に言ってたんだ」
「……鮫?」
グレインは首を傾げる。
「ん? ……あぁ、こいつだよ。サブマスターのタタールだ。こいつはな、『鮫殺しのタタール』って呼ばれてるからな。それで鮫だ」
「(何だか、さっきから物騒な二つ名が多いのう……)」
サブリナは小声で二人に呟く。
「(この空気に飲まれたら負けだ。俺達もいくぞ)」
グレインが呟き返し、バルバロスを見る。
「本日はお招きいただきありがとうございます。こちらも自己紹介をさせていただきます。まず彼女は『魔族の絶対王者、破滅契約のサブリナ』」
グレインのめちゃくちゃな二つ名に戸惑いながらも座礼をするサブリナ。
「そして私は『全ての治癒師を統べる王、ヒーラーキング・グレイン』と申します。最後に彼女が──」
「『放浪の美女、可憐なナタリア』です!」
グレインの言葉を切って、ナタリアが叫ぶが、次の瞬間、応接室は静寂に包まれる。
「……えっ……。あ、あれ……。あたし、の……せい?」
堪え切れず、グレインが吹き出す。
「ぷっ、あはははは! 自分で『美女』『可憐』だっへは──……いひゃいほ、ナハリア」
グレインが言い終わらないうちに、顔を真っ赤にして彼の頬を思いっきり抓るナタリア。
その痛みからグレインは涙目になっているが、何故か加害者のナタリアも半べそ状態である。
「ガハハハハハッ!! 本当に愉快な奴等だ! ……それよりも、そっちの。『魔族の王者』ってのは本当か? 魔族なんてもう絶滅した種族じゃねえのか? 『魔界』について、何か知ってるか?」
突然バルバロスが真剣な表情でサブリナを質問攻めにする。
ふざけていたナタリア達も、只ならぬバルバロスの様子に、再び正面を向いて座り直す。
「た、確かに妾は……」
サブリナがそう言いかけたところで、グレインが彼女の口を塞ぐ。
「……バルバロス、一体何が知りたいんだ? こっちも色々と訳ありなんでな。先に情報をペラペラと喋る訳にはいかないんだ」
「あぁ……。この街はな、港が近いだろ。当然漁業も盛んでな。毎日沢山の漁師が海に出るんだが……最近、海で行方不明になる漁師がちらほら出てきてな。その頃から妙な噂を聞くようになったんだよ。いなくなった奴等は幽霊船で『魔界』に連れて行かれたんだ、ってなぁ」
「なんか良くある根も葉もない噂話って感じね……。『魔界』なんて絵本に出てくる作り話じゃない。魔界から悪魔がいっぱいやって来て、人間を攫っていくってお話でしょ?」
ナタリアは溜息をつきながら言う。
「ふむ……『魔界』の悪魔か……。そういう意味では、妾は関係者のようで、関係者ではないのじゃ」
サブリナが項垂れる。
「ん? 魔界から来る悪魔って魔族の事なのか? でもさ、それなら悪魔はみんなサブリナに服従するんじゃないのか?」
「それがそうでもないのじゃ。妾はあくまで、人族達の世界で暮らしていた魔族の王なのじゃ」
「「「「ん?」」」」
サブリナ以外の全員が一斉に首を傾げる。
「な、なぁ……その言い方だと、魔族はこの世界じゃない世界にも暮らしてるっていう風に聞こえるんだが……」
グレインが恐る恐るサブリナに訊く。
「そりゃそうじゃ。魔族の本来の住処は此処とは別の世界……所謂『魔界』じゃからの」
「「「「えぇぇぇっ!」」」」
「魔界ってほんとにあったのか……」
「あたしも……空想の中の存在だと思ってたわ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 情報量が多すぎる! まず、サブリナさんと言ったか……あんたは本当に絶滅したはずの魔族で、しかも王……つまり魔王って事なのか?」
そう聞きながら、バルバロスは混乱した様子で額に手を当てる。
「うむ。それは間違いないのう」
「……で、『魔界』ってのは実在して、魔族がこの街から大切な漁師達を攫っている……?」
「それは妾にも解らぬ。魔族の仕業なのかどうかも、魔界が関係しているのかも、……解らぬのじゃ。申し訳ない」
そう言ってサブリナは頭を下げる。
「……そういう事か。とりあえず……鮫! あれを」
言うが早いか、タタールは応接室を飛び出していき、バルバロスはその場に立ち上がる。
何事かと思い、一緒に立ち上がろうとしたグレイン達を、手で制するバルバロス。
そこへタタールがペンと色紙を持って戻ってくる。
「サイン、してください! 一枚は『バナンザギルドさんへ』で、もう一枚は『バルバロスさんへ』って書いてください!」
サブリナに対して必死に頭を下げるバルバロスなのであった。




