第152話 周りの方にもご迷惑を
「それで……なんでこんな事をしたんだ?」
ヘルディム王国とローム公国の境、ローム側にある国境の砦にある薄暗い取調室の中で、トーラスが国境警備隊の取り調べを受けていた。
「いや、だから何度も言ってるじゃない! ヘルディムでクーデターが起きて、王族も皆殺し。そんな中、僕達は重要人物を護衛してこの国までやって来たんだよ。それなのにこの扱いはちょっと酷いんじゃないかな? それに、このクーデターはきっとヘルディムだけの問題に留まらないよ。……ひいてはこの国だけじゃなく、ヘルディム周辺の全ての国に影響を及ぼす話になると思うよ。だから僕達は、一刻も早く周辺国を回る必要が──」
「分かった分かった。それで? ……密入国の報酬は、一人あたり幾ら貰ったんだ?」
全身をロープで巻かれて蓑虫のようになった身体で、のた打つようにトーラスは事情を説明するが、取り調べ官は聞く耳を持たない。
「だから違うってば! 報酬なんて貰ってないよ!」
「ほう……しかし、無報酬で密入国なんて危険な犯罪を犯す訳がないだろう? ……もしかして……報酬は女か? 確かに上玉が揃っていたな……何人かガキもいたが」
「ガキじゃない! リリーもセシルも、魅力的な少女じゃないか! 幼女や少女には大人の女にはない魅力が…………そういえば皆は今どこに?」
「……砦の地下牢さ。そのうち中央から役人がやってきて、連れてかれるだろうよ。……お前も一緒にな」
取り調べ官のトーラスを見る目が若干冷ややかになって──むしろドン引きしていた。
「そっか……皆は無事なんだね。彼らは僕にとって大切な人達なんだ。……もし危害を加えたら……僕も承知しないからね」
トーラスは笑顔でそう言うが、目だけは一切笑っておらず、それを見た取り調べ官は一瞬で血の気が引くのを感じた。
「ま、まぁ、俺達の仕事は不法入国者を捕まえて事情を聞くだけだからな。特に危害を加えたりはしねぇよ」
「なら良いんだけど……」
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その頃、地下牢ではティアが必死に叫んでいた。
「お願いします! ハイランド様に会わせていただけないでしょうか! お願いします!」
「ティアの奴、またやってるぞ……。おーい! ティア! 何言ったってどうせ聞いてくれないんだ! ほどほどにしとけよ! ……聞こえたかな」
グレインはティアの反応を諜うべく耳を澄ます。
グレイン、ミゴール、ダラス、レン、近衛隊達男性陣は、女性達とは壁を隔てて隣の牢に収監されているため、グレインからはティアの様子が見えないのであった。
「はい……承知しました。……ぐすっ……皆様をこんな目に遭わせてしまって……申し訳ありません」
「そのハイランドって奴がティアの知り合いなのか?」
「一応そうですね。……知り合いというか……非常に苦手な方です。私とその方が一緒にいると……周りの方にもご迷惑を掛けてしまうので……。でも、今はそんな事を言ってる場合ではありません」
「迷惑……?」
「それは会えばわかることなのですが、今はまずこの状況をどうにかしないといけないので、もう苦手とか言っていられません……。お願いです! ハイランド様にお目通りを!」
「ええい! うるさいうるさい! 貴様等の名簿は中央に送ってある! 本当にハイランド様の顔見知りであれば、そういう連絡が来るはずだろう! ……しかし今まで何も連絡がない。と言う事は、ハイランド様と知り合いだって話も、ただのでまかせだってことがバレバレだよ。ハハハッ!」
牢番がティアを怒鳴りつけ、そして嘲笑う。
「そん……な…………」
牢番の言葉にショックを受けたのか、グレインは壁越しにティアのすすり泣く声を聞き、やるせない気分になる。
「まったく……。おい、ラミア! アウロラ! 聞こえてるか? 二人の魔法でこの牢屋壊せないか?」
「おいおい、そんな手荒な真似は止してくれよ。……この国と戦争でもするつもりかい?」
「……!?」
グレイン達は知らない男の声を聞き、驚きと同時に緊張感が走る。
「は? ……は、は、ハイランド様っっっ!!!」
先ほどティアを怒鳴りつけた牢番は、上ずった声で悲鳴のようにそう叫ぶのが精一杯だった。
ハイランドと思しき男は、地下牢を歩き始め、まずグレイン達の檻の前を通った。
その男は、銀色の髪を腰まで伸ばした青年であった。
また、身体は後ろ姿だけを見れば女性と見紛うほどに線が細く、顔立ちは非常に整っており、グレインも見惚れるほどであった。
「私がこの国の代表、ハイランド・ロサードだ。すまないが、先に確認したい事があるんだ。すぐに解放するから、少しだけ待っていてくれ」
ハイランドはグレイン達にそう言って、小走りで女性陣の檻へと向かう。
「あぁ……。ハイランド様……」
「あああぁっ! やはりティグリス様! 書類の名前に『四つ葉姫』と書いてあったので、もしやと思い、馬を飛ばして駆けつけました! あなたの王子、ハイランドです! 手違いとは言え、こんな狭苦しいところに押し込めてしまい、申し訳ありません!! おい! 檻の鍵を開けて全員ここから出して差し上げろ! モタモタしないで走れ! 三秒で開けるんだ!」
「ハイランド様……。お久しゅうございます。……十五年振りでしたでしょうか」
「……はい、あの日、あなたに出逢ってから十五年間、ずっとこの日を待ちわびていました……。……鍵を早くしろ! ノロノロしてる者は全員クビにするぞ!」
こうしてグレイン達は、無事に檻から出ることが出来たのであった。
しかし、ハイランドは怒りが収まらないようで、牢番に詰め寄っていた。
「おい貴様! よくもティグリス様をこんな狭い所に……。本来ならば即刻クビにするところだが、……とりあえず自宅で謹慎処分とする! 追って指示を出すから、それまで出勤停止だ! いいな?」
「は、はいいいっ!」
そうして、ティアを嘲笑っていた牢番は、ティアに何度も頭を下げ、しょんぼりとした様子で家路についていた。
「ハイランド様……彼は自らの職務を全うしただけですわ。ちゃんと謝っていただけましたし、私が口を挟む事ではないのかもしれませんが、処分するのはかわいそうに思います」
「あぁぁぁぁ! ティグリス様はなんとお優しいことか! ティグリス様に与えた苦痛をどうしたら癒やしてあげられるか……。この砦の兵士たちを全員クビにしても、お優しいティグリス様の気は晴れないだろうし……。いっその事、この砦ごと潰してしまいますか! ティグリス様の嫌な思い出は、この世から消し去ってしまいましょう! お前達、これからこの砦を打ち壊す緊急工事を──」
「ハイランド様! 騎士の方々をクビにする必要も、砦を壊す必要もありませんわ! 私はもういいのです!」
「しかしっ! それでは私の気が収まりません! ……かくなる上は、私を筆頭にこの国の重鎮から兵士に至るまで全員の斬首をもって──」
「やめてぇぇぇぇ! ……これ以上言うと……あなたの事を嫌いになりますよ」
一人で興奮するハイランドと、呆れるティア。
グレイン達は、その様子を見て思わず呟く。
「「「「あー……これは危険人物だわ」」」」




