第015話 大声を出すな
一行は、『ウサギの生息地』近くの街道まで引き返していた。
「よし、このあたりから街道を外れて藪の中に入っていくから、二人とも草木を手足に引っ掛けて怪我しないように気を付けてくれ。あと、既にホーンラビット変異種の行動範囲に入っている筈だから、絶対に大声を出したり騒いだりしないように頼む」
そしてグレインが先頭に立ち、女性陣の邪魔になりそうな枝や葉などを剣で払いながら進む。
ふとグレインが後ろを振り返ると、自己治癒を発動し、あえて周囲の草木を自らの身体に引っ掛けてへし折りながら、後ろのセシルのために道を広げているハルナがいた。
「ハルナさん超イケメン……っていうか、それなら俺より前に行ってくれればよかったのに」
「相談する前にグレインさまが先頭を行ってしまわれたので」
「じゃあ、ここで隊列を変更しよう。ハルナが先頭、次が俺、最後尾にセシルとしよう。俺はハルナのスキルを強化するから、ハルナはどんどん道を広げてくれ」
「わかりましたっ!」
「あの……わたくしは何をすればよろしいんですの?」
「セシルの出番はもう少し先だ。ホーンラビットが現れてからだよ」
「承知いたしましたわ。……ところで皆さま、パーティ名についてはもうよろしいんですの?」
「「あ……忘れてた」」
セシルは額に手を当てて項垂れ、再びこのパーティを選んだことを後悔した。
「と、とりあえず依頼が終わるまではパーティ名は保留にしとこうか。じゃあハルナ、場所を替わってくれ」
そう言ってグレインはハルナに道を譲るため、一歩脇へ踏み出す。
「うわっと! いっっってぇ」
グレインは踏み出した際にバランスを崩して藪の中に背中から倒れ込む。
しかし運悪く、倒れた先には槍の穂先のように尖った枝があり、倒れ込んだ勢いでグレインの右ふくらはぎにその枝が突き刺さった。
「あぁっ! グレインさま! 今治しますので私の強化をお願いします!」
慌てたハルナにそう言われ、半ば反射的に治癒強化を発動するグレイン。
しかし、そんな彼を待っていたのは、傷口への容赦ないレイピアの刺突であった。
「おあぁぁぁぁぁ!! あぐああああ!」
グレインはハルナの治癒剣術の痛みに耐えきれず、のたうち回って叫ぶ。
「まずいですわ! リーダー、静かになさってくださいませ!」
「グレインさま! 声! しーずーかーにー!」
「うぐぅぅぅ……おあぁ! ううっ……はぁ、はぁ……も、もう大丈夫だ……」
「痛みが治まったようですわね。……幸運にも、今の叫び声に寄ってくるモンスターはいないようですわ」
その後、治療を終え、玉のような汗を拭うハルナの隣で、グレインは藪の中に正座させられていた。
「リーダー! さっきご自分で『大声を出したりしないように』って仰ってたじゃありませんか!」
「そうですよグレインさま、モンスターを刺激してしまいますっ! 治療の痛みぐらいは耐えてください!」
この二人の説教も大概大声だよ、とグレインは言いかけたが、エンドレス説教の未来が容易に想像できたので、すんでのところで我慢する。
あくまでここはモンスターの生息地なのだから、自分たちが狙われるとすれば、正座している自分が一番危険なのである。
そこでグレインは、
「あのー、お二人さん、……このお説教いつまで続きます……?」
素朴な疑問を投げかけてみた。
「リーダー! その態度、本当に反省していらっしゃいますの!?」
「そうですよ! みんなの命が危険にさらされたんですから!」
結局エンドレス説教だった。
エンドレスと言いつつ終わりは来るもので、藪の中で三十分ほど正座させられたあと、一行は改めてハルナを先頭に進む。
しばらく進んだところで、突如ハルナが叫び出す。
「グレインさま! いきなりひらけた場所に出ましたよ!!」
「「大声」」
「一面の草原……だがモンスターは見当たらないな。草丈も長くないし、何かいればすぐ分かるだろう。……よし」
そして、ハルナは草原に正座させられた。
「リーダーのみならず、ハルナさんまで大声を上げるとは思いもしませんでしたわ……。わたくし、このパーティに入ったのは間違いだったのかも知れませんわ」
「俺、ハルナときたら、次はセシルがこうやって反省する番かも知れないぞ?」
「私、皆さんのように簡単には大声は出しませんわ」
「そういう事言ってると本当に──」
「ハルナさん、立って!」
グレインの顔色が変わったのを見て、セシルが警戒する。
「何か近付いてくるぞ……右だ!」
三人が音のする方向に注意を向けると同時に、セシルの身体は宙を舞っていた。
グレインとハルナは、数瞬前にセシルが立っていた場所にいる生物を見ながらも、空中を吹き飛ばされていくセシルへと駆け出す。
高々と舞い上がった少女の身体は、そのまま草原の上に叩き付けられる。
「おい! セシル!! 大丈夫か!」
「ごぼっ、ごほ……」
グレインとハルナが草原に倒れているセシルのもとへ辿り着いた頃には、セシルは口から血を流し、苦しそうな音を立てて呼吸を繰り返していた。
「まずい、このままだと命の危険があるな……。ハルナ、済まないが全力で強化するからセシルの治療を頼む! ……それと、あの生き物は俺が絶対何とかして抑えるから、ハルナは治療に専念してくれ!」
「は、はいっ!」
そう言ってグレインはセシルを吹き飛ばした生物へと向き直る。
グレイン達が見ている生物、それは白い仔馬だった。
ただし普通の仔馬ではなく、額に小さな角が生え、その背には明らかに翼が生えていた。
どう見てもウサギなどではなく、その外見から所謂『聖獣』と呼ばれている生物の、幼体であった。
目の前の聖獣は再び突進する準備をしているのか、足で地面を頻りに擦っている。
「まさか聖獣とは……っていうか、こいつをウサギと見間違えるってどんだけ節穴だよ……。それにしても、角があるからユニコーンかな? 翼があるからペガサスか? ……よし決めた。お前は今日からペガサスってことにする! 角より翼の方がでかいからな!」
臨戦態勢の聖獣に勝手な解釈で種族分類を行いながら、グレインは背後をちらりと見やる。
そこではハルナがセシルの全身を、治癒魔力の乗ったレイピアでめった刺しにしているところであった。
「うわっ……見なきゃよかった。前に敵意むき出しの聖獣、後ろは惨殺スプラッタ……殺してはいないけど」
そう言いつつ、グレインは仔ペガサスと目を合わせながらゆっくりと左に向かって歩き出す。
仔ペガサスからグレインとハルナ達が一直線上に並んでいたため、まずは射線をずらしてハルナの安全を確保する必要があったのだ。
仔ペガサスはグレインの狙い通り、彼を目掛けて突進するべくその場で身体の向きを変えていく。
そして準備が整ったのか、仔ペガサスはグレインに向けて、ほぼ一足飛びのような突進を繰り出す。
相対するグレインは、突然背中から草原に寝転がる。
「おいペガサス!俺は戦わないぞ? 昔から、勝ち目のない戦いはしないと決めてるんだ。いくら子どもとはいえ、無職の人間が聖獣相手に勝てる訳がないだろ?」
グレインはもう武器も持たず、ただ草むらに大の字になっている。
しかしグレインに向かって飛び出した仔ペガサスは、その勢いで低空を飛行しており、地に足が付いていないため減速も方向転換もできない。
その状態で、体当たりするはずのターゲットが突如地べたに寝たらどうなるか。
仔ペガサスは寝転んだグレインの鼻先を通り過ぎ、その先にあった大木の幹へと激突し、その場に倒れ込む。
「ありゃ……こいつ目を回してるぞ」
勝ち目のない戦闘を放棄したグレインが勝ってしまった瞬間であった。




