第142話 初心者向けの街
「いやぁ、俺はな、昨日ナタリアさんに『少し遠出するから数日休暇を欲しい、その間暫定マスターとしてギルドの業務を頼む』と、そう言われただけなんだよ。まぁ、ナタリアさんはこれまで約束を違えたことはないから、その言葉通り数日すれば戻って来るんじゃないか? もしあんた達がナタリアさんを逮捕したいということであれば、それまでの間はこの街で待機して、ナタリアさんが何も知らずにギルドに出勤してきたところを……ってのが一番騒ぎにならなくて済むと思うぞ」
サランギルドの応接室で、今は暫定マスターとなったセイモアがそう話す。
ナタリア達がサランの街を離れた翌日の昼下がりの事であった。
「そんなことを言われても、我々はアドニアス様の命令で、すぐに反逆者達を捕らえて王都に戻らねばならんのだ! ……さては貴様、容疑者の行方を知っていて匿っているのではないか!? 正直に言わねば、こちらもそれに見合った対応をさせてもらう事になるぞ?」
セイモアと机を挟んで対峙している三人の男達のうち、中央の男がセイモアに強い口調でそう告げる。
彼らは王宮騎士団の部隊長と副隊長であり、王宮騎士団の代表者として、サランギルド暫定マスターのセイモアと会談をしているのであった。
「いやいや、俺があんた達に嘘ついて何か良いことがあると思うか? ナタリアさんが捕まってくれりゃ、俺はこのまま『暫定』じゃなく本物のギルマスになれるんだぜ? だから、実際にあったことをそのまま話しているだけさ。たとえ拷問に掛けられたとしても、これ以上の情報は出てこないと思うぜ。それに……」
セイモアは三人の男達の目を一人ずつ真っ直ぐ見ながら続ける。
「あんた達、誰一人として俺に敵うとは思えないが」
セイモアの獣のような目を見た騎士団の男たちは、思わず閉口してしまう。
Aランク冒険者の威圧はそれほどまでに凄まじいものであった。
「隊長……私の看破能力でも、この方が嘘をついているようには見えません」
右の男が、中央の隊長と言われる男にそう囁く。
「一旦ここはセイモアさんの言われる通り、王都に時間がかかる旨を連絡して、サランで待機すべきではないでしょうか?」
今度は左の男が隊長に囁く。
隊長は腕組みをして考えを巡らせていたが、セイモアを見ながら静かに呟く。
「今回派遣された騎士団は総勢五十名を超える人数だ。この街に、彼らが宿泊できそうな宿はあるか? ここを拠点として、周囲を捜索することとしたい」
セイモアはニヤリと笑みを浮かべ、両手を広げて声高に答える。
「五十人ぐらいなら全く問題ないぞ! なんたってここは『初心者向けの街』なんだ。一攫千金を夢見る奴、自分の力を試したい奴、誰かに憧れる奴、とにかく色んな新人冒険者がみんなこの街に集まってくるんだ。そんな街に、宿が無いわけがないだろう?」
「なるほど……。それでは数日の間、迷惑を掛けると思うが、よろしく頼む」
騎士団の部隊長たちはそう言って、セイモアと握手を交わして応接室を出ていく。
三人がギルドから出ていくのを応接室の窓から確認し、セイモアは大きく溜息を吐きながらソファーに体を沈め、顔を両手で覆う。
「暫定マスター、おつかれさま〜」
ちょうどそこへ、ミスティが淹れ直した紅茶を持って応接室に入ってくる。
「奴等、やはり俺に質問しながら、絶えず嘘をついてないか調べていたよ。全く……気が抜けない会議だった」
「それを分かっていて、見抜かれないように嘘の話を続けるセイモアさんも大概ですけどね〜」
ミスティはセイモアの前に紅茶を置く。
「ありがとう、ミスティ。……もしかしたら、そのうちお前も尋問対象になるかも知れないからな。そうなったら俺を呼ぶんだぞ。無闇に答えるとバレるからな」
「大丈夫ですよぉ〜! その時はリッツさんにお願いするので。リッツさんにはセイモアさんと口裏合わせした事情しか伝えてないですし、嘘をつける訳がないです」
「ならいいが……。あとは、この街でどれだけ時間を稼げるか、だな……」
そう言ってセイモアは、紅茶を一気に飲み干したのであった。




