第141話 『今まで通り』
「こ、国外とは……どちらへ?」
ティアが、檻の鍵を開けるグレインと、その檻の中から出てくるミゴールに問い掛ける。
「ここからだと……このまま東へ抜けてローム公国に行くのが自然な流れじゃな」
『ローム公国』というキーワードに、ティアが顔を顰める。
「あぁ、そうだな。俺もそれしかないと思ってた。……ナタリア、そういえば騎士団の連中はアドニアスみたいに飛竜で来ないのか?」
グレインはナタリアに聞く。
「そんな事、あたしが知る訳ないじゃないの。『騎士団はもうサランに向かったみたいよ!』って言われただけなんだから……。まあ最悪、飛竜で来てるならもうそろそろ着くはずよ! だからとにかく早く逃げましょ!」
そう言って、ナタリアはアウロラとミレーヌの牢の鍵を次々と解錠していく。
「その点でしたら、おそらくは心配いりませんよ。騎士団の中に飛竜を自在に操れるドラゴンライダーはそれほど多くありませんので。たしか十数名しかいなかった筈です」
ティアが溜息をつきながらグレインに答える。
「裏を返せば、飛竜で運べる人数以上の兵力がやって来るってことか……?」
「まぁ、王宮騎士団の飛竜部隊は、元々王国全土のパトロールもしていますから、こういう突発的な騒動で飛竜部隊を派遣する時には、さらに人数は少なくなりますよ」
「そうか……。兵士が大量に押し寄せて、街の連中に迷惑が掛からなきゃいいんだが……。何せこの街は小さいからな」
「とにかく、早く逃げましょ! 街の心配より、まずは自分達の心配よ!」
落ち着いた様子で話をするティアとグレインであったが、ナタリアに急かされてアウロラ達と共に小屋を飛び出す。
全員を小屋から追い出して、最後にナタリアが小屋の外に出ると、訓練場には冒険者たちが集まっていた。
「ど、どうしたのよ、あんた達」
戸惑うナタリアに、冒険者たちの中からセイモアがナタリアの前に進み出る。
「ナタリアさん、俺達みんな事情を聞いてしまってな。あんたの事は俺達が一番よく知っている。だから、あんたが反逆者だなんて認めないぞ! 俺達も一緒に騎士団と戦うんだ! 絶対にあんたを騎士団には渡さない。なぁ、みんな!!」
「「「「おぉぉぉ!」」」」
セイモアの問い掛けに、冒険者達は一斉に声を上げる。
「みんな……ありがとう。でもそんな事したら、この街ごと国家反逆罪になっちゃうわよ?」
「そんな事はもとより承知の上だよ。何ならここに、闇ギルドみたいに独立国家を作るかい?」
そう言って、セイモアはガハハと笑い出す。
「みんなに、一つだけお願いを聞いて欲しいんだけど……」
ナタリアはその場の冒険者達を一人ずつ見回しながら、笑顔で言う。
「みんなには、『今まで通り』冒険者として生活して欲しいの。……あたしは、このサランって街が大好き。都会ではないけれど、いつも長閑で、みんなの笑顔が溢れてるから。だから、街全体で国に楯突いて、この街がなくなったりして欲しくないの。この街には、ずっと変わらずこのままでいて欲しいのよ」
冒険者達は皆、俯いて静まり返る。
ナタリアは最後に正面のセイモアを見て、頭を下げる。
「セイモアさん、勝手なお願いで申し訳ないけれど、次のギルマスが決まるまでの間、暫定ギルマスとしてあなたに、この街に集う新人冒険者達をまとめてもらえないかしら」
「俺が……暫定マスター……」
セイモアもまた、ナタリアの言葉を受けて周囲の冒険者達を見回すと、彼らは皆、セイモアを見て頷く。
「……分かった……。暫定マスターを引き受けよう。……それで、ナタリアさん達はこれからどうするつもりなんだ?」
「このまま東に向かって、ローム公国に亡命するつもりよ」
「そうか。……俺達には旅の無事を祈る事しかできないが、せめて追っ手の足止めぐらいは引き受けよう。王宮騎士団の連中はこの街から一歩も出さないぞ!」
「「「「おぉぉぉ!」」」」
冒険者達が右手を挙げ、セイモアの呼び掛けに呼応する。
「みんな……ありがとう。……それじゃ、そろそろ行くわね」
そう言ってナタリア達は、訓練場を後にする。
「この街は、いつまでもお前達の事を待ってるからな! ……また会う日まで!!」
ナタリア達の背中にそう呼び掛けたセイモアも、呼び掛けられたナタリアやグレインも、皆涙を流していたのであった。




