第014話 混ぜるな危険
一同は出発前にギルドカウンターで、セシルの仮釈放と身元引き受け人の登録作業の手続きをしていた。
「なぁ、書類とか書くの面倒だからナタリアが全部書いてくれない?」
「いいから黙って書きなさい。あと、あんたが壊した訓練場の木人、あの修理費用もあたしが肩代わりしておくから、ちゃんと返しなさいよ」
「「この度はうちのリーダーがご迷惑をおかけしました」」
カウンターで書類を書いているグレインの後ろで、ハルナとセシルが頭を下げる。
「よし、この山のような書類は大体書き終わったんだが、唯一パーティ名だけが埋まらなくてなぁ」
「その前にあんたも謝んなさい! そもそもこの娘達は関係ないじゃないのよ!」
ナタリアがグレインの頭を小突く。
「……ごめんなさい」
「全くもう……。とりあえずパーティ名は依頼達成まで保留にしといてあげるから、メンバーで話し合って決めなさいよ。それと……依頼、気をつけて。死なないでね」
ナタリアはそう言って書類の束をグレインから受け取る。
「心配してくれるのか、ありがとうな」
「ちっ、ちが……。せっかく貸した治療費、利子つけて返してもらうまでは死なれると困るのよ!」
「分かった分かった。じゃあ行ってくる。ウサギ狩りが終わるまでにはパーティ名を決めるよ」
グレインたちはギルドを後にして、ホーンラビットの出没地帯へと向かおうとする。
「確か依頼では町の外、東の野原だったな」
「その前にみなさま、お昼ご飯はどうされるのですか?」
そういえば、とグレインたちは自らの腹をさする。
朝早くに治療院を退院したはずなのだが、ギルドで依頼を選んだりセシルの身柄を引き受けたりしているうちに、いつの間にか昼下がりになっていた。
「確かに言われてみれば朝から何も食べてないし、腹は減ってる気はするんだが……」
「「我々は無一文だ!」」
声を揃えて高らかに宣言するグレインとハルナ。
セシルはまたもや、このパーティを選んだことを後悔するのであった。
「どうせウサギ狩りに行くんだ。ウサギ焼いて食おうぜ」
「うまく捕まりますかね」
「ハルナ、捕まるか、じゃない。捕まえるんだ。俺達の食事だぞ」
「ではお二人はウサギ肉ということで。わたくしはそこの露店でサンドイッチを買ってきて食べたいと思います」
「「セシルさん残酷」」
そして十分後、セシルは宣言どおり、町の中央広場にあるベンチに座ってサンドイッチを食べている。
傍らにはやたらと潤んだ瞳のグレインとハルナが、美味しそうにサンドイッチを頬張るセシルの横顔を見つめていた。
「……うー……えぇい! そんな目で見つめられると非常に食べづらいですわ! お金はわたくしがお貸ししますから、お二人も召し上がったらいかがですの?」
「「セシル様! セシル様! セシル様!」」
「その変な掛け声をやめてくださいませ!」
こうして三人は、広場のベンチでやや遅めの昼食をとるのであった。
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「さて、それじゃあウサギ狩りに行こうか。依頼書によると、ウサギの生息地は東に街道をある程度行ったところで道を外れたところにあるらしい」
グレイン達は町の東門で、出立前の打ち合わせをしていた。
「被害者のほとんどは山菜採りに藪に入った住民なんだが、街道を歩いてた冒険者や商人も襲われているらしいから、途中の街道なんかで接敵する可能性もある。気を付けてくれ。……それともう一つ、重要な話がある。みんなにもパーティ名を考えて欲しい」
「わたくしは、リーダーが考えた名前に従いますわよ?」
「セシルさん、この人のネーミングセンスを信用しちゃいけないです」
ハルナはセシルの耳元でそう告げるが、別に耳打ちも囁きもしていなかった。
「ハルナ、全部聞こえてるぞ……。『ハルナとその一味』って言ったのまだ引きずってるのか」
「だって本気で嫌だったんですもん」
ハルナはまた唇を尖らせて抗議する。
「それはネーミングセンスとかいう以前の問題ですわね……。リーダー、ちゃんと考えてくださいませ」
「いや、一味シリーズ最初に言い出したのハルナだぞ……。まあいいか。じゃあ全員自分で考えたパーティ名を提案しながら行こう。他のメンバーの案でいいと思うのがあったら、そこで手を上げて言うことにしよう」
「「はい!」」
「それじゃあ……」
「「「しゅっぱーつ!」」」
そうして一行は街道を歩いてゆく。
「それにしても今日はいい天気だな。『天使の梯子』」
「思いつきましたっ! 『ブラッド・ストーム』」
「なかなか思いつきませんわね……。みんなどうやって考えてるのでしょう?」
「こういうのはその場のノリ、フィーリングだと思うぞ『癒しの園』」
「そういうものですか……。では、『フラン・ドリリアン・エンボス・パワーズ・オブ・ラインクラス』」
「セシルさん、そういうものですよっ! 『サクリファイス・パニッシュメント』」
「それにしてもセシルの案はちょっと長くないか? 『光の集団』」
「グレインさんの案こそ、なんか宗教の教団名みたいですわ『テリリブル・ウネックス・ラグウォール・ゼロマイン・セグカーリ』」
「セシルさんのは何か意味があるんですか?『デス・マネー』」
「いえ、語呂のいい音を繋げているだけですわ『ランブリング・ダスト・クライン・ベリート・エモルファス』」
「なるほど……あまり語呂がいいとは……『デストロイ・クロー』」
「そういうハルナの案は何か物騒な響きだよな『森林からの使者』」
「うーん、なかなか決まらなそうですねぇ『キリング・スラッシュ』」
「できれば全員がこれだと思える名前が見つかるといいのですが『ワギーリ・ラベフクットス・エッケスト・サボルニーニ・クックスット』」
「そろそろ『天国の螺旋』ウサギの『冥界への誘い』生息地に『地獄の炎』着くぞ『旋風滅却撃』」
「最後のは『ダークネス・ポイズン』必殺技みたい『デンジャラス・パラダイス』ですね『ストロング・パニッシャー』」
「お二人とも途中に混ぜるのやめて下さいますか」
セシルが二人に注意する。
「それで、リーダーは何と仰ってましたの? ウサギの天国と地獄とか何とか……」
「あぁ、そろそろウサギの生息地に着くぞ、って言ったんだ。……あぁ、俺もパーティ名考えるのに必死で、もう通り過ぎちゃってるな」
「「えっ」」
「……すまん、戻ろう。指示が伝わらないのはまずいな」
「今更ですの……? そもそも途中に混ぜるから意味が分からなくなるのですわ。最後に付ければいいんです!」
「「はい……」」
年齢だけ見ると、二十歳のセシルはグレインと三歳差しかないのであるが、傍から見ると十代前半の少女に叱られている、とうに成人を迎えた若者達、という図式は免れないのであった。