第137話 自己紹介を頼むぞ
「えーっと……。つまり、ラスボスの闇ギルド総裁はギルマスのアウロラさんで、ミスティちゃんはまんまと掌の上で踊らされて、王都まで無駄足を運んでたって事でいいかな〜?」
ミスティはグレイン達から事情の説明を受け、彼女なりに状況を整理したようだ。
「それで、いま檻の中にいるのは闇ギルドの関係者ってことね。檻の外にも、グレインさんとかクソバ……姐さ、サブマスターの他に、ミスティちゃんの知らない人が何人かいるんだけど、たとえば……あなたはどなた〜?」
ミスティはティアの目の前に進み出ると、彼女の目を真っ直ぐに見つめて訊く。
が、次の瞬間ミスティの後頭部にナタリアの拳が突き刺さる。
「あんた……またクソババアって言ったわね? 姐さんってのもやめてって言ったでしょうが!」
不意に後頭部に衝撃を受けたミスティは、その場に蹲り泣いていた。
「うぅっ! 酷い……。ミスティちゃんはナタリアさんの事が好きで好きで好きすぎて、親しみを込めてそう呼んでいるだけなのに」
「そ、そうなの……? ってそんな訳あるか! 親しみを込めたクソババア呼びなんて聞いたことがないわよ!」
「あぁぁぁ、ミスティちゃんの後頭部が割れるように痛い! いや割れた! これぜーったい頭が割れた! 瀕死の重症です! 慰謝料百億ルピアを請求します! 金払え! かーねはーらえ!」
「……ミスティ、……あなたそろそろ黙ったらどうかしら? ……ねぇ?」
ナタリアが不気味な笑みを浮かべてミスティを見る。
すると、その表情を見ていた関係ない筈のセシルまでもが『ひいっ』と短い悲鳴を漏らし、ガタガタと震え出す。
「……うちのパーティメンバーに変なトラウマ刷り込むのやめてくれませんかねぇ」
グレインがナタリアの肩を掌でぽんぽんと叩く。
「……だって……あいつがうるさいから……」
ふくれっ面でそう漏らすナタリア。
「ナタリアさん……僕が触れた時とグレインの時で態度が違わないかい?」
「……兄様……まずは自分の胸に手を当てて考えてみたら? 私だって……変態に触られるのは……嫌」
ナタリアのグレインに対する態度にやや不満げなトーラスであったが、リリーの言葉の前には沈黙するしかなかった。
「とりあえずみんな落ち着こうか。このままじゃいつまでも話が進まないからな? とりあえずティア、自己紹介を頼む」
「は、はいっ! ……あの……素性は明かしても……?」
ティアはグレインにおずおずと聞くと、グレインも顎に手をやり、しばし考える。
「あー……そうだな。今、この状況でミスティが『王都から帰ってきた』ってだけでも怪しいから、一応素性は伏せるか。セシル、ハルナ、ナタリア、ちょっと作戦会議だ」
そう言ってティアとグレイン達は相談を始める。
「……ミスティちゃん、なんか変なこと尋ねたかなぁ……。ただの自己紹介だよね……?」
首を傾げるミスティをよそに、ティアの周りからは妙な声が漏れ聞こえてくる。
「何よそれ! 明らかにおかしいわよ!」
「わたくし、この設定はあまり好きではありませんわ」
「もっと元気いい感じにするといいと思いますっ」
始めは平然と聞いていたティアも、次第に顔がひきつってきている。
ミスティが暇を持て余して地面に座り込んだところで、一斉に声が上がる。
「「「よし、できた!」」」
「……いや〜、さすがのミスティちゃんでも、おかしいって気付くよ? 自己紹介ってみんなで相談して作るようなものじゃないよね? 『できた』とか明らかに有り得ないでしょ……。ミスティちゃんにはホントの素性を教えないつもりなんだね? まぁ、それなら聞かなくてもいいや。じゃあ話の続きを──」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あんた、本当にそれでいいと思ってんの!? こっちはせっかくみんなで知恵を出し合って考えたのに! ちゃんとこの娘に素性を質問しなさいよ」
ティアに自己紹介を求めたことを無かったことにして、話を進めようとするミスティに、ナタリアが恨み言をぶつける。
「だってどうせ嘘の自己紹介でしょ? そんなの聞いてもミスティちゃんはなんの得もないしぃ〜」
「嘘なんかじゃないわよ! 綿密に設定を積み重ねて出来上がったお話……フィクション! そう、これはフィクションよ!」
つれないミスティに、なおも食い下がるナタリア。
「ミスティ、聞いてくれ。今後、こいつが身元を隠して俺たちの仲間として紹介するときにも、この自己紹介を使おうと思っているんだ。純粋な気持ちで一通り聞いて、率直な評価をお願いできないか?」
「えぇ……? あぁもう、わかりました! 聞きますよ、聞けばいいんでしょ?」
「よし、ティア、頼むぞ」
「もう名前言ってんじゃん」
ティアに声を掛けたグレインにミスティが突っ込む。
「ぐっ……よし、自己紹介を頼むぞ、歴代最強の魔女の弟子、女神の化身、魔法少女エクレール」
「ティアじゃなかったのかよっ! っていうかもう説明終わってんじゃないの!?」
「私の名は……エクレール。魔の山を越え、遥か北の塔に住む、魔女イザベラの弟子!」
「うっわ……なんかいきなり語りが始まった……」
ミスティを半ば無視する形で、一方的に話し始めるティア。
「私は昔、聖竜戦争の時代に、この大陸の北の古城に捨てられた赤子なのです。しかし空腹と寒さと、モンスターに襲われ、まさに命の灯火が消えかかっていた時に、イザベラ様が颯爽と現れてこの命を繋いで下さったのです。そうして私はイザベラ様に弟子入りして、今に至ります。以後、お見知りおきを」
最後にぺこりと頭を垂れて、グレイン達から拍手が巻き起こる。
「「「「ミスティ、どうだった?」」」」
全員に詰め寄られ、ミスティはやや尻込みするが、勇気を出して率直な意見を言う。
「まず……自己紹介になってないよね? それと……無駄に長い。物心ついてない赤子の時の説明がまるで見てきたかのように詳細なのに、その後の経緯が雑過ぎない!? っていうかどこまでが本当の話? 聖竜戦争って聞いたことないけどなに? 北の古城? 魔の山? ……もしかして全部作り話……? あと、最初にグレインが言ってた『女神の化身』とか『魔法少女』は何処行ったの?」
「おぉ……。想像以上にまともなレビューだ……」
「それで……あなたは本当はどちら様?」
ミスティは感想のついでに、ティアに質問する。
「おいおいミスティ、さっき自己紹介したじゃ──」
「私はティグリス・アリア・ヘルディム。元王女ですが、父王亡き今はこの国の正式な王です」
せっかく皆で知恵を出し合って考案した自己紹介を、一瞬で水の泡にしたティアの言葉に、ミスティを含めた一同は顎が外れそうなほど大きく口を開けて驚愕したのであった。




