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第135話 魔法真剣

「ナタリアさん、グレインも反省してるようだし、もうその辺でいいんじゃないかな」


 トーラスが、ナタリアの両肩に手を置き、制止を試みる。


「ひゃあっ! ……ちょっと! 未婚の女性にあまり気安く触るんじゃないわよ!」


 ナタリアはすかさずトーラスを睨み、トーラスは思わず一歩後ろに下がる。


「やっぱり僕は……幼女か少女じゃないと駄目だな。特に大人の女性なんて……」


 彼のこの発言で、再び周囲の人間がドン引きしたのは言うまでもなく、そしてそれはナタリアも同様であった。


「うわぁ……。あんた、筋金入りの変態ね」


 ナタリアがそう言うと、彼女の持っていた剣の炎の刀身から炎が消え失せ、たちまち水色のスライムのような刀身へと姿を変える。


「な、何よこれぇ! 気持ち悪い……。あ、あたし、スライム嫌いなのよ!」


 自らの手元にあるスライムを心底嫌がる様子のナタリアを、レンはニヤけた顔で眺めていた。


「その剣はな、魔法真剣っていうマジックアイテムなんだ。使用者の精神力や魔力を刀身に変える力を持っているんだ。今はあんたの『気持ち悪い』って感情が、その刀身に具現化してその姿になってるんだ。ちなみに先祖代々伝わる家宝だからな。ぶっ壊したら弁償してもらうぞ!? 治癒剣術を編み出したご先祖様が、この剣で様々な人を癒やしたという伝説が残ってるぐらい貴重な物なんだ」


 『家宝』、『貴重な物』というキーワードにトーラスが反応し、ナタリアの手元に顔を近付ける。


「なるほど……。こんなすごいマジックアイテムは見たことがないね。値段を付けるなら……数億ルピアになるだろうか」


 トーラスの口から発せられた金額の大きさに、ナタリアは思わず剣を取り落としそうになる。


「えっ!? はっ? お、億!?」


 次の瞬間、全身をガタガタ震わせて泣き出すナタリア。


「こ、怖いよ……。これ、落としたら……壊したら……。あたしの安月給じゃ破滅よ……。ど、どうしよう……。身体が……動かない」


「仕方ねぇな。俺が代わりに持ってやるよ」


 そう言って、いつの間にかナタリアのそばに歩み寄ったグレインが、スライム刀身の剣を握る彼女の指を一本ずつ開いていく。

 剣を握る彼女の白く細いその指も、絶え間なく小刻みに震えていた。


「よし、もう大丈夫だ。ここからは俺が持つからな」


 そう言ってグレインが片手で剣を握り、もう一方の手でナタリアの手をそっと剣から離す。

 グレインが魔法真剣を握った途端、その刀身は消え失せ、ただの柄だけになる。


「よかった……。グレイン…………ありがと」


 そう言ってナタリアは俯いたまま、頭をコツンとグレインの胸に押し付け、大きく息を吐く。


「まぁ、庶民がいきなりあんな金額聞いたら、そりゃ驚くのも分かるよ。……怖かったよな」


 そう言って、グレインはナタリアの背に軽く手を回し、もう片方の手で頭を撫でる。


「あれ、剣は……?」


「あっ」


 グレインはナタリアの頭を撫でるため、無意識に剣を地面へと捨てていたのだ。

 彼らの足元に、柄だけになった魔法真剣が軽い音を立てて転がる。


「「ひぃぃぃっ!!」」


 グレインとナタリアは青い顔をして悲鳴を上げる。

 慌ててハルナが二人のもとへ駆け寄り、魔法真剣を拾う。


「大丈夫ですっ! どうやら壊れてはいないようです。……私でも、この剣なら……皆を癒せるはず!」


 ハルナは軽く目を閉じ、魔法真剣を構える。

 次の瞬間、ハルナの手元からは黄金色に輝く刀身が現れた。


「おぉ……そうだ、ハルナ! それが治癒剣術奥義、『癒やしの刃』だ! その刃は万人の怪我を癒やす力を秘めていると言われているんだ。……ただし、お前の心が乱れたら、その刃はたちどころに消え失せるからな。それだけは肝に銘じておくんだ。たとえ何があっても心を乱さない、今までの修行はそのためのものだったのだ」


 レンはハルナを見て満足そうな笑みを浮かべながら頷いている。

 ハルナもそれに応えるかのような満面の笑みでレンを見る。


「はい! 師匠、分かりました!」


「なぁ、いきなり奥義になっちゃったけど、治癒剣術って、普通の剣術的な技とか無いのか? ハルナは刺突だけしか教わってないみたいなんだが」


 グレインは首を捻りながらレンに訊く。


「ある訳無いだろう。人を癒やすのに袈裟斬りを練習する必要があると思うか? 怪我をしているところ、身体の悪いところの一点を突ける技術があれば十分であろうが」


「で、でも師匠は、サランの冒険者の皆さんが束になって掛かっても敵わないほど剣術に長けているではありませんか!」


 ハルナが納得いかないという表情をレンに向ける。


「俺は元々ただの剣士だ。あの剣術はその時の名残だ。治癒剣術としては、お前に教えた治癒刺突と、奥義『癒しの刃』で全てだ。ちなみに俺は奥義を知ってはいるが使いこなせないからな。これ以上深くは聞くんじゃないぞ」


「「「えっ」」」


「あんたは奥義を使えないのに師匠やってたのか」


「あぁ。俺だって本意じゃないぞ? 他に継げる者がいなかったんで仕方なく、だ。だからその魔法真剣も使ったことがない。というか、普通の人なら刀身が具現化することは有り得ないんだが──」


 そう言って、レンはまだグレインにくっついたままのナタリアを見る。


「あ、あたし? 知らないわよ! ただ剣を抜いたら勝手に刀身が現れただけだし」


「あんた、ジョブは何だ?」


「それは……言いたくないわ」


「そういえば、俺もお前のジョブを知らないな」


 グレインがナタリアの顔を覗き込むと、彼女は上気して顔が真っ赤になる。


「ジョブぐらい、そこまで勿体ぶるもんでもないだろ? ……もしかして、恥ずかしいジョブなのか? 顔が真っ赤だぞ?」


「ち……ちが……。それは……あんたの顔が……近いから……」


 消え入りそうな小さい声で、そう呟くナタリアであった。


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