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第134話 治癒剣術は安泰だ

 ティアに対して不用意な発言をしたグレインは、ナタリアやセシルによって小屋の外に叩き出される。


「いてて……」


 突如、小屋から傷だらけで出てきたグレインに、ハルナが驚いて駆け寄る。


「グレインさまっ! い、一体どうされたのですか!」


「いや、まぁ……。自業自得ってやつだ」


「早く怪我の手当をしないと……」


 ハルナは懐から矢を取り出す。


「ハルナ! 修行を勝手に抜け出すものではないぞ! ……なんだその矢は?」


 レンがそう言ってハルナを追い掛けてくると、ハルナは全身が飛び上がりそうなほど震える。


「し、しししし師匠……。……今から……グレインさまの……治療を……」


「それなら、ハルナは腰に立派なレイピアを差しているではないか。一突きで全身一気に治療できるだろう。……それよりも……お前は剣士なのに、何故矢を持っているのだ! 剣士たる者、自らの命を賭して相手と切結び、命のやり取りをした結果として相手の命を奪うものである! 飛び道具なんぞに頼ろうと思うな! この馬鹿モンがぁぁぁ!」


 レンに背を向けてグレインの顔を覗き込んだハルナは、既に涙目になっていたが、口を真一文字に結んで堪えていた。

 そして、呼吸を整えてから、静かにレンに振り向く。


「私……まだお父さんみたく立派な治癒剣術が使えないからっ! だから、この魔導矢じゃないと治癒剣術が使えないの! 普通のレイピアを相手に刺しても、痛みが酷くてのたうち回るだけだからぁっ!」


「……なん……だと……?」


「お父さんには分かんないよ! 私は今までいろんなパーティで回復役をやってきたけど、剣を刺されるのが精神的に受け付けないとか、近寄るなとか言われて、最後には換金するために魔法剣まで取られて、たくさん殴られて……


「娘に……何を……してくれとんじゃぁ! その冒険者たちはどこだ!? 今すぐ全員首を刎ねてやるからな!」


 レンは既に怒りが抑えきれない様子だったが、ハルナは続ける。


「行くあてのない私を受け入れてくれて、このパーティ……居場所を作ってくれたのがグレインさまなの! だから、彼の役に立てるなら、剣じゃなくて矢だっていいの! 私は、私にできることで恩返しがしたいの!」


 ハルナのあまりの剣幕に、レンも沈黙してしまう。

 ハルナは、握り締めていた矢をグレインに刺そうとするが、レンが無言でハルナの肩に手を置き、静止する。


「ハルナ、俺のとっておきの剣をお前に託す。お前はもう、立派な治癒剣士だ。矢だろうと剣だろうと、そんな形にとらわれず、ただ相手を救いたい、癒したいという気持ちが一番大事だったな……。免許皆伝とまではいかないが、その気持ちを忘れずにいてくれれば、俺が居なくても治癒剣術は安泰だ」


 レンの言葉を聞き、ハルナがぼろぼろと涙を零す。

 同時に、ハルナたちの騒ぎが気になったのか、小屋の中からナタリア達が出てくる。


「あぁぁぁぁっ! あんた、今度はハルナを泣かせてるの!?」


 ナタリアが盛大に誤解すると同時に、セシルが魔法の詠唱を始める。


「待ってお姉ちゃんっ! セシルちゃんも! お父さんを収監するときに押収した荷物の……剣を私にください!」


 ハルナが滝のように涙を流しながら、笑顔でナタリアに呼び掛ける。


「え、えぇ……。本人に渡さなければ……いいわよ? 今取ってくるわね」


 ナタリアは訝しむ様子でギルドに入っていく。


「グレインさん。あなたは……色々な方に随分慕われているようですね」


 ふと、ティアがグレインに寄り添うハルナを見て声を掛ける。


「そうかな……? 少なくとも、ハルナに関しては、割とひどい扱いをしていると思ってるぞ……。前衛の最前線で、盾役だからな」


「貴様!……人の娘を盾にして……自分だけのうのうと生き延びるつもりだな……? よかろう、貴様の命、ここで絶たせてもらお──」


「よくないっ!!」


 レンを一喝するハルナ。


「彼は私の大事な人なの! ここでグレインさまが死ぬのなら、私も一緒に死にますっ!」


 どこからか囃し立てるような口笛の音が聞こえる。

 そこへ、荷物を抱えたギルド職員と一緒にナタリアがやって来る。


「お待たせー。はい、これがレン容疑者の所持品ね。剣は……大剣と細身の剣の二振りあるわね。細身の剣は……やけに軽いけど」


「あぁ、娘に渡したいのはそっちの細身の鞘の方だ」


 レンに言われて、ナタリアは細身の鞘の剣を持つ。


「おぉ第二夫人、ちょうどよいタイミングじゃ。今ちょうど、ハルナが第三夫人に立候補したところじゃ」


 先程の口笛の主、サブリナがナタリアにそう告げる。


「「えぇぇぇぇぇ!!!」」


「何それ! どういうことよ!?」


 ナタリアがハルナを見る。


「わ、私もそんなつもりで言ったわけじゃないですぅ」


 おろおろした様子でそう言いながらも、グレインにぴったりと寄り添うハルナを見て、ナタリアは頷く。


「あぁ……そういうことね。グレイン、あんた……ついにハルナに手を出したのね? そこから……動くなよぉ!」


 ナタリアはゆらりと動き、ハルナに渡すはずだった剣を抜く。

 しかし、その剣に刀身は存在していなかった。

 一同が唖然とする中、突如真っ赤に燃えた炎の刀身が現れる。


「おぉ……これは見事な嫉妬の炎だ」


 レンが感心した声を漏らす。


「お姉ちゃん、待って! 誤解だよっ! グレインさまはまだ私に何も……」


「『まだ』……? ってことはこれから何かあるって事よね!?」


 ナタリアの持つ剣の刀身が一層伸びる。


「違うの! お父さんがグレインさまを殺すって言ったから、それなら私も一緒に死ぬって言っただけなの!」


「二人で……一緒に死ぬ? それって心中よね? 現世では二人は結ばれないから、せめてあの世で一緒にって……」


 さらに刀身が伸びる。


「違うの! グレインさまは私の大切な人だってだけで──」


「『大切な人』……?」


 ナタリアは一歩も動いていないのに、刀身は既にグレインに届きそうなほどである。


「お姉ちゃん! 話を聞いてよっ! グレインさまは──」


「ハルナさんもう勘弁してください」


 ナタリアの持つ剣の炎で前髪がちりちりと焼かれているグレインは、溜息交じりにそう漏らすのであった。


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