第111話 逃亡
「と、とりあえず、落ち着いて話をしませんか、ハルナのお父さ──」
「貴様に『お父さん』などと呼ばれる筋合いはないわぁぁぁぁ!!」
ハルナの父、レンがそう叫ぶと、周囲の空気が音を立てて振動する。
「師匠やめて! 私、グレインさまについていくと決めたんだからっ!」
「許さんッ! 許さんぞぉぉぉ! 今すぐその薄汚い男の素っ首刎ねてくれる! よくも娘を誑かしたな!!」
「アウロラ、ハルナはこのお父さん──」
「いつから貴様のお父さんになったんだコラァァァァ!」
「──がいるから解放しろ、と。リリーは闇魔術奥義の研究対象、……じゃあ俺とトーラスはなんで死ななきゃならないんだ?」
グレインは怒り狂い叫ぶレンを全力で無視する事にした。
「うーん……面倒なことになるから教えたくないんだよねー。できれば何も知らないまま死んでくれると助かるな」
「そんなの納得できるわけないだろう……。それにもう一つ質問だ。仮にお前らの要求を満足した場合、名前の挙がっていない残りの人はどうなる?」
「うーん……決めてなかったけど、このまま解放しようかな。ただし、今日の出来事を喋ったら全力で口を封じるから。喋った場合、余命は一日未満と思ってね」
アウロラは笑顔だが、発せられる言葉からは感情が一切感じられない。
「それは……この先もずっと、闇ギルドの監視下で生きなきゃいけないって事か……? とりあえず俺とトーラス、リリー、ハルナだけが残ればいいのかと思っていたが、そういう話なら従う訳にはいかないな」
「当然ですわ! わたくしもここに残って戦いますわよ!」
セシルが勇ましく一歩前に進み出る。
「戦っても犬死にするだけかもしれないぞ?」
「妾も残るのじゃ! ダーリンがいない世の中に生きてたって面白くもなんともないわ!」
サブリナもグレインに並び立つ。
「ダーリン……だと……?」
しかしそのサブリナの言葉に反応したのは、レンであった。
「貴様! ハルナがいながら別の女にも手を出しておるとは! 不届き千万! 万死に値する! ぐるあぁァァァァ!!」
「まずいです、師匠がキレましたっ! 抑えきれない闘気が暴発したら、この一帯が吹き飛びますよっ!」
グレインはトーラスを見る。
トーラスもグレインを見て頷き、転移魔法を発動する。
「早く飛び込めっ!」
グレイン達は慌てて転移渦に飛び込み、あっという間に転移渦が消失する。
「チッ、逃げおったか……」
レンは対象が消え去ったことを確認すると、急速に闘気を抑える。
「シールド発動! じいやも隠れて! ……って爆発せんのかいっ! ウチの魔力返せぇー! あぁもう……、レンさんのせいで逃げられちゃったよ? せっかく『女神の使徒』が二人も揃ってたのに」
「まぁまぁお嬢様、きっとまた会うこともあります故、その時に仕留めればよいではありませんか」
レンの背後で愚痴を言うアウロラは、ミゴールに宥められるのであった。
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「はぁ、はぁ……助かりましたわ……」
よほど疲れたのか、セシルがひんやりと冷たい地面にひっくり返っている。
ここは王都南森近くの、あの洞窟である。
「すみません、父……師匠はああなると周囲の全ての者を吹き飛ばしてしまうのです」
「「「「治癒剣術だよね?」」」」
「私も闘気や魔力を制御できず、そのたびに師匠があんな風に暴発していました」
「「「「自分で制御できてない」」」」
「……それにしても、封じられていた筈の転移魔法が発動できて良かったですわね」
「アウロラが大急ぎで防御魔法を構築してたから、トーラスの魔法を封じる余裕がなくなったんだろう……。不幸中の幸いだったな」
グレインも大きな溜息を一つ吐く。
「さて……僕達は帰る場所を失ってしまったんだが、これからどうしようか?」
「「「「…………」」」」
トーラスが一同に問い掛けるが、誰も答えを返せない。
「とりあえず……休みたいな」
グレインは何も考えず、思ったことを口にする。
「そうだね……僕も疲れてしまったよ。……まさか……アウロラさんが……アウロラさん……が……」
そんなグレインの言葉を受けて冷静になったのか、トーラスは静かに膝をつき、涙を流す。
そんな彼を、セシルが優しく抱き締める。
ちょうど膝をついたトーラスよりもセシルの背が少し高くなるぐらいであるため、俯いているトーラスの頭はセシルの胸元に抱き寄せられている。
「想い人が憎むべき敵だったとは、さぞお辛い事でしょう……。今は何も考えず泣いたらいいのですわ」
「……今回ばかりは……兄様……少しかわいそう……」
リリーも心配そうにトーラスを見ている。
「なぁ、一つ提案なのだが」
突如、ダラスが口を開く。
「……このまま、この国を脱出しないか?」
「脱出してどうするんだ?」
「仮に闇ギルドがこの国の冒険者ギルドまで飲み込んだとしたら、このヘルディム王国は丸ごと闇ギルドのものになったも同然だ。そうなる前に周辺国に赴いてこの緊急事態を伝え、ヘルディム王国の闇ギルドと冒険者ギルドに対抗する包囲網を作るべきではないかと思うのだ。特に、冒険者ギルドは各国で協力関係にあるから、『ヘルディムの冒険者ギルドとは手を切れ』と真っ先に伝えるべきだ」
「それはそうだが……問題がいくつかあるな。まず、今の俺達にそんなにあちこち飛び回れるかって話だ。どう考えてもこの話はスピード勝負だろう? 周辺国のギルドに行ったら、既に俺達が指名手配されてて……なんて事になったら一巻の終わりだ。何としても敵より早く動く必要がある。それともう一つ、こっちの方が深刻なんだが、……誰が俺達の話を信じる?」
「うっ……。そう……だな。どこの馬の骨とも知れない奴らが来て、ヘルディムの冒険者ギルドは闇ギルドに支配されたぞ、……って言ってもなぁ」
「こんなところにも……憂国の士がいたのですね」
洞窟の入り口から、女性の透き通るような声が聞こえる。
「あ……トーラスに防音魔法を張ってもらうのを忘れてた」
その言葉を合図にするように、一同は戦闘態勢をとる。
「お待ちください! ……私は敵ではありません。むしろ……あなた方のお悩みを解決するお役に立てるかも知れませんよ?」
入り口に立っている人物は、後ろから後光のように外の光が入ってきているため、女性だということしか分からない。
「あんた、誰なんだ?」
「私はティグリス。ティグリス・アリア・ヘルディムと申します。ヘルディム王家の長女になります」
「つ、つまり……」
「「「「この国のお姫さま~!!?」」」」