第103話 城壁の上で
「貴様、魔族か! ……魔族の癖に人間の味方をするつもりか?」
リーナスは慌てて手を振り解き、サブリナを避けるように後ろへ飛び退く。
「……別に、人間族の味方とか、そのようなことはどうでも良いのじゃ。妾は……妾の大切な人の味方をしているだけじゃ。そこには、人間族もエルフ族も魔族も関係ない」
「チッ、魔族がいるとはな。……面倒な事になってきやがった」
リーナスは相変わらず黒い霧で身体の傷を消していく。
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「ハァ、ハァッ……。ここまで来れば大丈夫……かな」
ラミアはソルダム邸を抜け出して、屋敷の外の人垣に紛れている。
彼女は静かに目を閉じ、魔力の流れを感じる。
「(屋敷に向かって膨大な魔力が注がれている……。これを辿っていけば……)」
ラミアは目を開けて、ゆっくりと屋敷から離れるように歩いていく。
しかし、屋敷の中で今もリーナスと戦い続けているトーラス達の事を考えると、自然に足が速くなる。
いつしかラミアは、全速力に近い速度で走っていた。
その事にラミアは自分で気が付き、そして驚く。
「(私は……何故急いでるんだろう……。以前なら、トーラスもリリーも殺して、ソルダム商会を乗っ取ってやろうと思っていた筈なのに)」
ラミアのローブは度々その脚に絡みつき、縺れるように彼女は転ぶ。
しかしすぐさま起き上がり、再び駆け出し、魔力の源泉へと近付いていく。
「(このままリーナスがあの兄妹を殺してくれれば、私はただ一人の生き残りとして、商会の莫大な財産を継ぐ道が開けるかも知れない……。あ、でも相続放棄の手続きしちゃったから、それは無理矢理どうにかする必要があるかな……って、そうじゃない! 私……何であの二人の事をこんなに……)」
「あの二人には……やっぱり死んで欲しくないかな。私に……唯一残された『家族』なんだし!」
王都を取り囲む城壁の上に、彼女は立っていた。
見下ろすと、自分の家──ソルダム邸がよく見える。
「確かに、ここなら誰にも邪魔されずに堂々と支援魔法が使えるわね。……でも、ちょっと支援するには遠すぎない?」
ラミアは目の前の魔導士に声を掛ける。
「…………」
魔道士は全身を覆うローブを深々とかぶっており、性別すらも窺えないが、ラミアが声を掛けても微動だにせず、リーナスの補助と思われる魔法の詠唱を続けている事だけは明らかであった。
「この私の言葉を無視するわけ? いいわ……思い知らせてあげる! フレアレーザー」
ラミアはローブの人物に熱線を放つが、魔道士は余裕があるようで、詠唱を続けたまま紙一重のところで熱線を躱す。
「……と見せかけて」
ラミアが悪戯っぽくそう言うと、魔道士が躱したはずの熱線はそのまま空中に留まり、火球を形作る。
「フレア・スプラッシュ!」
ラミアが指を弾くと同時にその火球は砕け、無数の熱線が周囲に飛散する。
「……っ!」
魔道士は目の前で破裂した火球を避けきれず、継続していた詠唱を中断して魔力障壁を発動して熱線を受け止める。
「正しい判断ね。片手間の魔力障壁じゃ防げないぐらいの貫通力はあるから。……ふふっ」
そう言いながら、ラミアは少し可笑しくなる。
「(戦闘中に嘘を散りばめて相手を惑わす……。ちょっとグレインの影響を受け過ぎかな。まぁ、悪くないけど)」
「さぁ、今度はどっちかしらね? フレアレーザー」
ラミアは再び熱線を魔導士に放つ素振りを見せる。
今度は余裕がないと判断したのか、魔導士は正面で魔法を受け止めるべく、目の前に魔力障壁を張る。
「残念、ハズレよ」
しかしラミアの伸ばした指先から熱線が生じることはなく、代わりに魔道士の足元に魔法陣が浮かび上がる。
「跡形もなく吹き飛びなさい! フレア・マイン!」
魔道士の足元に浮かび上がった魔法陣は、即座に無数の光条を放ち、爆発する。
凄まじい爆風と音を轟かせ、魔道士は跡形もなく消え去った。
「倒せたかな……。この距離からトーラスの魔法を封じてリーナスに魔力送るとか、相当ヤバい奴なんだけど。まぁ……とりあえずリーナスへの魔力の流れは止まったから、良しとするか。……さて、誰も死んでないといいな……」
ラミアはそんなことを呟きながら、屋敷へと踵を返すのであった。