第100話 成果なし
グレインとサブリナは腕を組み、デートさながらに王都の中央通りを歩いている。
「こちら熟年夫婦、今のところ中央区は成果なし」
グレインが一言発すると、次々と各班から応答が返ってくる。
「──こちら若気の至り、西地区も見つけられません」
「──こちら痴情のもつれ、北地区も成果なし、ですわ」
王都ラグランは、中央区を中心に、東西南北の計五区画に分かれている。
そのためグレイン達は分担しやすいように、各地区毎に分かれて捜索しているのであった。
「──こちら禁断の愛、こちらも特に異状はないね。……久しぶりにリリーとゆっくりお茶の時間を楽しんでいるよ」
「──わ、わたくしもご一緒したいですわ……。ねぇラミア、もう少ししたら一旦禁断の愛に戻りませんこと?」
「お嬢様、畏まりました」
「「「──んん??」」」
「こちら熟年夫婦、痴情のもつれに告ぐ。聞こえてたぞ? なんだ今の『お嬢様』ってのは?」
「──え……っと……ラミアが突然そのように呼び始めたのですわ。そして自分のようなゴミは呼び捨てでも勿体ないぐらいだ、と言い出しまして……わたくしはラミアの事を呼び捨てにして、彼女はわたくしの事をお嬢様、と呼んでおりますわ」
「なんだそりゃ……。おい禁断の愛、ラミアのことなんだが、ちょっと卑屈すぎるというか……やり過ぎじゃないのか?」
「──まさか一番の被害者である君の口から、そんな言葉が出るとは驚いたな。以前に比べたら従順で利口な姉になっただろう? とは言っても、僕はほとんど何もしていないさ。毎晩夢に干渉して、これまでの悪行をプレイバックさせてるぐらいだよ」
「……ほんと、闇魔術何でもありかよ」
「──実際にそうなっているのかは、僕にも分からないんだけどね。『ラミアの過去の悪行の記憶』を吸い込んで、『ラミアの脳の夢を見ている領域』に放出するイメージで魔法をかけているだけなんだが、翌日から明らかに彼女の態度が変わってね。面白いからそれから毎晩……」
「──兄様……性格悪い……」
「俺もリリーに賛成だ。もうやめてあげて……」
「──まぁ、飽きたらやめるさ」
「……ラミアの事は、俺がとやかく言える立場にはないから、トーラスに任せるしか無いんだがな」
グレインはそう呟いて、大きな溜息を一つ吐いた。
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グレイン達がリーナスを探し始めて半日が過ぎ、辺りはすっかり暗くなっていた。
「熟年夫婦より各位、全員聞こえるか? 今日はここまでにしよう。俺達はもう禁断の愛へ引き揚げることにする」
「──承知しましたっ! ダラスさん、私たちも戻りましょう」
「──そうですね、師匠」
「「──んん??」」
「ハルナ、その『師匠』ってのはなんだ?」
「──ダラスさんが、私の事を突然そう呼び始めたんです……。以前、治癒剣術で助けられたという事もあり、私に弟子入りして治癒剣術を習いたいんだとか。でも……私もまだ修業中の身ですので、弟子を取ることなど到底許されることではないのですが……」
「でもハルナの修業ってハルナの師匠、つまりお父さんを探し出して、許しをもらうまでは修業が終わらないんだろ? 一生終わらない可能性もあるんじゃないのか?」
「──はい、そうなんですっ! まだほとんど何も教わってないですからね」
「あぁ、そうだよな……。治癒剣術って『剣術』って言うぐらいだからもっといっぱい技ありそうだもんな」
「──そうですね。でも、治癒刺突を覚えるだけでも数年掛かってますから、全部覚える頃には、私はきっとお婆ちゃんになっちゃってます」
そしてハルナの笑い声が響く。
「熟年夫婦と若気の至りは禁断の愛へ戻るが、痴情のもつれはどうする?」
「──承知しましたわ。こちらも禁断の愛へ向かいます」
「了解した。禁断の愛、全員これからそちらへ帰還する。後で明日のプランについて相談しよう」
しかし、その呼びかけに対する応答は返ってこなかった。
「あれ? 禁断の愛、聞こえてるか? トーラス、リリー……? 食事か風呂でも入ってんのかな」
「──えぇっ!! グレインさま大変です! ソルダム邸が……炎上しています!」
グレインはのんきに構えていたが、一瞬で血の気が引くのを感じる。
「まずい! 全員禁断の愛へ集合だ! 戦闘準備も怠るな!」
そう叫びながら、グレインはサブリナを伴って駆け出す。
グレインがソルダム邸に到着した頃には、水魔法の使い手が消火にあたっており、屋敷の周りには野次馬が人垣を作っていた。
「グレインさま! こちらです! セシルちゃん達もいますよ!」
屋敷の正門前でハルナがグレインを呼ぶ。
グレインが見ると、ハルナの足元にひしゃげて割れた鎧と、一人の男が横たわっていた。
グレインは人波を押しのけてハルナに駆け寄る。
「この方は?」
「門番のデリーズさんですよ。私達が初めてこのお屋敷にお邪魔したときにも門番をされていた方です。酷い怪我だったのですが、何とか一命を取り留めました」
「……トーラス様を……」
デリーズは未だほとんど動かないであろう身体を精一杯起こして、何かを伝えようと口を動かす。
そんなデリーズに寄り添うように、ハルナが足元に屈み込む。
「まだ喋らない方がいいですよ。大丈夫です、トーラスさんは私達が助けます」
「……緑の……髪の男だ……夕方ぐらいに……やってきて……いきなり……」
「その鎧を潰された、という訳ですね。……緑の髪というのは、私達が探している──」
「あぁ、リーナスで間違いないだろうな。とりあえず急ぐぞ! トーラスとリリーが危ない!」
「リーナス……!」
再び握り拳に力を込め、ラミアはグレイン達に続いて屋敷の中へと駆け出して行った。
皆様のおかげで100話まで到達できました!
今後もマイペースに更新を続けていきたいと思いますので、よろしくお願いします!