小さな自殺
粉雪が舞い降りる日の夜。俺は誰もいなくなった古いマンションの屋上に立っていた。
誰もいない屋上を吹き抜ける風はどこかとても冷たかった。
暖かい人体と、冷たい外気。それによって明確になる私という存在とそれ以外との境界。
なんだか自分という存在が肯定されているような錯覚を覚え、何とも言えない快感を覚える。
俺はポケットから新品のたばこを取り出し、恐る恐る一本吸ってみる。
すると世界がぐるぐるするような感覚に、俺は思わずへたり込んだ。
健康に悪い?健康を害すために吸っているのだ。
俺はこの一本でどれだけの人生が消費されたのだろうか、などと思いふける。
小さな自殺。
それが俺がこの閉塞感に見出した答えであった。
意味がある程度で頭が良いわけではなかった。
しかし、悪いわけではないと思っている。
そしてそれが見出す私の人生の展望は暗いとは言わないまでも灰色であった。
どうしようもない人生になる。
それは見えている。でも死ぬほど苦しくなるように見えるほどではない。
だから自殺に踏ん切りがつかないのだ。
小さな自殺。
私はこの言葉に何か特別な魔力に取りつかれてしまった。
もう一度その快楽に溺れる。
私は愚かである。
どれだけ愚かかといえば、愚かなのをわかっていながら治すことができないほどに愚かなのだ。
それどころか周りから愚かであるといわれることに慣れていることをある種誇りに思っている節がある。
自分自身を自嘲することで自分の精神のバランスを保っている、これより愚かなことがあるだろうか。
フッと笑うと、まるで肯定するようにビュッと風が頬をかすめていった。