第6話 美姫さんの高校生編
美姫さんの機嫌がすこぶる悪い。悪い原因は何となくわかる。
今、僕と美姫さんはおばあちゃんちに来ている。おばあちゃんちと言うのは美姫さんの実家だ。
美姫さんは、自分の家が大好きだ。美姫さんの中での自分の家とは、僕とお父さんと住んでいる家で、元々住んでいた家(実家)はもう自分の家ではないらしい。だから、実家に帰る事さえも嫌がる。
美姫さんの機嫌とは真逆でおじいちゃん——美姫さんで言うとこのお父さん——は、美姫さんと僕が訪れた事にもの凄く喜び、美姫さんが食べたいといったケーキを買いに出かけて行った。うん。やっぱり執事だ。
嫌がる美姫さんがここにいるのには、ちゃんと理由がある。まぁ、理由が無ければこの状況は皆無に等しい。で、理由というのが、この前お世話になった美姫さんの幼馴染の女医さん——ありのママ1 参照――が、画策したからなのです。
女医さんの名前は広瀬さんと言った。あの病院は、広瀬さんの実家が経営している病院ってだったわけ。
あの事故の後、車に接触してないにしろ、あれだけのことをやったんだから再診にくるように広瀬さんにきつーく言われていたのを美姫さんが無視をし続けていたら、美姫さんの実家に広瀬さんが来て、美姫さんが病院に来ない事を美姫さんの両親に言ったもんだからさぁ大変。
美姫さんの事となると目の色がかわる騒ぎでは済まないおじいちゃんが、あの手この手で美姫さんに再診を受けさせようとして、ようやく両親のうるささに根負けした美姫さんが実家で診察を受けるという事ならと渋々了承して、今こんな事になっている。
でも、僕からしたら広瀬さんと美姫さんの両親が美姫さんと会いたかったから、そんな理由にしたんじゃないかと思った。
まぁ、こんなことでもしないと美姫さんは家から出ないんだけどね。自分のテリトリーに人を入れる事も嫌うから、家に人も呼ばないし。
「美姫が事故にあって運ばれてきたって聞いた時、一瞬ビックリしたけど“もしかして……。”って思ったら、案の定『会いに来たよ。』だもんね。美姫は変わらないね。」と広瀬さん。
美姫さんは、それに返事をするかのように大きなあくびをして「寝る。」と言い、おばあちゃんちのリビングのソファーに横になった。その様子を広瀬さんは嬉しそうに眺めている。
「あのー。“もしかして”って、前にも同じことがあったんですか?」と僕が聞くと「あったよ。高校の時にね、その時は自転車相手だったけど。」と広瀬さんは言い、その話を教えてくれた。
美姫さんと広瀬さんが高校生の頃の話だ。
同じ高校に通っていた美姫さんと広瀬さん。もちろん、住んでいる家も近かったので登下校も一緒のはずだったが、美姫さんは、“思春期をこじらせた(おそらくこの理由は誰にも理解は出来ない美姫さんが言う意味の分からない常套文句)”という理由で、おじいちゃんに車で送迎をしてもらっていた。
その当時から“思春期をこじらせた”の意味は誰も理解できなかったが、なぜか学校からの車通学の許可がおり、美姫さんと広瀬さんの登下校は別だった。
「未だに、美姫は思春期をこじらせているんだよねー。」と広瀬さんがソファーで寝ている美姫さんに声をかける。返事はない。僕が美姫さんを見ると、美姫さんは本当に寝ていた。
「人が会いにきたのに、寝ているって。さすが美姫だね。」と広瀬さんはケタケタ笑いながらまた話をつづけた。
広瀬さんがいつものように友人と一緒に帰っている時、歩道を歩いていると後ろから“ジリリン。”とベルの音がした。
後ろを振り返ると物凄い形相のおじさんが自転車に乗って「じゃまだ。くそ。」と広瀬さんたちに言い放った。
広瀬さんたちは「すみません。」といい道をあけた。
「もうちょっと隅っこを歩け。」とすれ違いざまにそのおじさんは言った。
その歩道はそんなに狭くなく人が四人横に並んで歩いても十分すぎるくらいのスペースで、広瀬さんたちはそこを二人ずつ横になって歩いていたらしい。だから、道いっぱいに広がっていて邪魔だったわけでもなく、大概の人は広瀬さんたちが歩いている横を通っていた。
そもそも自転車は車道を通らないといけないのだからおじさんが怒る理由もわからない。
そして次の日もそのおじさんは自転車で暴言を吐きながら通り過ぎようとした。
その時、自転車のおじさんはふらついて広瀬さんと一緒に帰っていた友人の松下さんに軽く接触した。松下さんは、ビックリして転んでしまった。
おじさんは「お前が邪魔だから悪いんだ。」と言い放ち去っていった。不幸中の幸いか、松下さんは足に軽い擦り傷程度ですんだ。
次の日、それに気付いた美姫さんは事の顛末を広瀬さんに聞き、松下さんに「大丈夫?。」と聞いた。広瀬さん的には、この行動もビックリだったらしい。なにせ、美姫さんから人に話しかけたのをはじめてみたからだ。
松下さんも、美姫さんに声を掛けられた事にビックリしていた。
それから広瀬さんたちは、その自転車のおじさんに会うのが嫌で、帰るルートを変えた。その日から、そのおじさんに会う事なく下校していた。
数日たったある日、下校中に学校の外を歩いている美姫さんを見た。“あれ?美姫だよね”と思った広瀬さん。でもなぜか、今さっきまで学校にいたはずの美姫さんが、見慣れぬ制服姿で歩いていた。
“美姫……だよね。他人の空似?”
美姫さんと思われるその女子高校生とは距離が少し離れていたので目でその姿を追う。確信は持てないが、何か気になる。
その女子高校生は、松下さんが自転車のおじさんとぶつかって怪我をした道に入っていった。
「あの道、大丈夫かな。」と広瀬さんがつぶやく。その声に一緒に帰っていた友達もその女子高校生に気付く。
すると、その女子高校生の後ろの方にあの自転車のおじさんが現れた。
「あれ、ヤバいよね。」広瀬さんたちが言い合う。美姫さんという確信が持てないので、なかなか声をかけづらい。
おじさんは、キョロキョロ周りを見渡した。
広瀬さんはおじさんが、意図的にその道を通っている事に気付いた。
美姫さんにしろ、全然違う女子高校生にしろ、あのおじさんの被害者を出すわけにはいかない。しかし、信号待ちでアタフタしている広瀬さんたちを尻目におじさんは、その女子高校生の真後ろまできた。
「コラ。じゃ……。」とおじさんが言った所で、その女子高校生が道をふさぐように倒れた。
女子高校生が道をふさぐように倒れたために、おじさんは慌てて自転車のハンドルを切った。自転車が塀にぶつかり倒れた。おじさんも倒れた。
「大丈夫ですか―!」ようやく信号が変わり、広瀬さんたちが叫びながら女子高校生の元に走り寄る。その光景を見た人たちが、何事かとその周りに集まる。
女子高校生と自転車のおじさんの周りには人だかりができていた。
倒れている自転車と高校生の女の子。自転車vs人間。無言でおじさんを皆がジロッと睨みつける。
女子高校生が突然「痛ーい。痛ーい。」とその場にうずくまり泣き叫び始めた。それを見て皆がさらにおじさんをジロジロにらみつける。
そして誰かが「警察……。」とつぶやいた。
それを聞いたおじさんは慌てて立ち上がろうとする。「あいたたたた。」おじさんも身体を打ったようだったが、誰も心配するものはいない。おじさんは、自転車をおこす。塀にぶつかった衝撃で、少しハンドルが曲がっていた。
「これ、事故だよな。」と言う声が聞こえてきた。「自転車は車道を通らないといけないんじゃなかったっけ。」と言う人。「歩道を走るなら、押して乗れよ。」と様々な声が聞こえてくる。
おじさんは痛む身体に曲がった自転車をおこし慌ててその場を逃げる。「逃げるのか。」と誰かが言った。「う、うるせー。」おじさんは、ハンドルの曲がって制御のしにくい自転車を押しながら逃げて行った。
女子高校生に駆け寄った広瀬さんは、その女子高校生の顔を見た。
美姫だ。“他人の空似?”ともう一度見る。やっぱり美姫だ。
顔を手で覆いながら泣いている女子高校生は、顔を覆っている指の隙間からそっと広瀬さんを見る。目が合った。やはり絶対に美姫だ。広瀬さんは確信をした。しかも嘘泣きだ。
美姫さんは、嘘泣きしながら周りの人たちに「大丈夫です。ありがとうございます。」としおらしく話している。
「あっ、私たちが病院に連れて行きます。」と広瀬さんが言うと、集まった人たちは去っていった。
人がいなくなったのを見計らって、美姫さんは携帯電話をカバンから取り出し「お迎え、よろしく。」と電話をかけた。そして「じゃぁ。」といい帰っていった。
啞然となる広瀬さんたち。友達の一人が「あの子、斉藤さんだよね。」と言った。他の子も「私もそう思った。でも、制服が違ったでしょ。」と首をかしげる。
「他人の空似じゃない?。美姫では無かったよ。制服も違ったし。」と広瀬さんが慌てて否定する。今の出来事を見て“美姫だった”とは言えない。
「結花(広瀬さんの名前)がそういうなら違うのかもね。私たち、斉藤さんの事あまり知らないし。制服もちがったしね。」と皆がウンウンと言いながらうなずく。「それにしても、あの子、不思議だね。」と言い出した。
確かに目の前で不思議な事が起こった。その後、広瀬さんが美姫さんに話を聞こうとしても「他人の空似じゃないのー。人の顔を間違えるなんて失礼だよ。」と笑いながら言った。
でも、その事件の後からあの自転車のおじさんを見ることは無くなった。
広瀬さんは、寝ている美姫に「姫の気まぐれってとこですかね。」と言った。
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