6話:こいつらゲーム向いてなさ過ぎかよ
ログイン時間にして最大24時間のお試し期間中クラブさんセレクションで組まれたステータスのプリセットを幾つか試して方針を決めた上で、もう一度アバター作成をやり直す。
それこそがクラブさんの提案だった。
お試し期間中はEXPやアイテムが取得できないとか色々と制限はあるけど、それはなんとも願ったり叶ったりな提案だった。なにより実際に、そのおかげで色々と分かることもあったりする。
たとえば。
「はぁあああ!」
どむっ!と確かな衝撃を手元に感じつつ、それでも大したものではないと全力で振り切れば、若草色のウサギは面白いほどに吹き飛び、空中でポリゴンと散った。このゲームでは基本的に血とか死体はポリゴンになって散るんだけど、なんというか……。
「……えぐい」
今は物理攻撃特化のステータス構成で、練習用武器の両手鎚を振るっているんだけど、素手にしても剣にしても槍にしても生き物を攻撃するのは忌避感があるというか、正直しんどい。慣れれば別かもしれないけど慣れたいとまで思わないからとりあえず前衛はやめといた方がいいだろう。
「やっぱパワー型はえぐいねー」
「エグすぎるから後衛にすることにした」
「そか。正直町娘ルックで大剣とかハンマーとかぶんぶんしてるの面白かったんだけどなー」
そんなことを言いつつ、ぎゅっと手を握ってくれる。
たまにはスズも頼りになるなあとか思ってみたけど、ゲームの中では頼りになるってそれある意味残念なんじゃ……。
まあ、それでも嬉しいものは嬉しい。
「もう大丈夫。次後衛やるから」
「おっけー!守っちゃうよー!」
「間違って攻撃したらごめん」
「はっはっはー……あ、本気の顔だ」
そりゃあだって、本気だから。
そんな訳でステータス変更。
「『メイクアップ』―『アーチャー』」
このためだけに用意してくれたとかいう専用のアビリティを発動して、ステータスをアーチャー仕様に切り替える。見た目の変化はなにもないけど、途端に手の中の重みが増したのが分かった。確認してみると、まあアーチャー向きっぽいいくつかのアビリティは当然として、他のと比べてよりずいぶんとDEXが高いのと、あとはAGIもこころなし高いかもしれない。確かになんとなく身体が動きやすいような、そうでもないような。
試しに弓と矢を取り出して構えてみる。
うわあ、すっごい馴染まない。
「練習しといたほーがよさそうだね。矢なん本あるの?」
初心者的な雰囲気が端から見ても分かるらしく苦笑するスズの言葉に従って、アイテムの詳細を確認してみる。
けど、なんだろう、どうもこれは……。
「なんか、無限っぽい」
「うわ、ファンタジーよりファンタジー」
たしかにまあへたな魔法より意味が分からないけど、でも幻想譚にしては微妙すぎる。むしろSFじゃないだろうか。
そんなことを思いつつ、とりあえず改めて構えをとってみる。
それから矢を番えて、引き絞る。
意外と堅いけど、まあずっと引き続けたりしない限りはなんとかなると思う。
「あ、とりあえずあのウサギ狙ってみたら?」
「ん。やってみる」
ちょうど少し離れたところにいたウサギへと、矢先を向ける。この距離ならあんまり落ちたりしなさそうだし、多分そこまで気を遣うまでもない、といいな。ただなんとなく、この感じで射れば当たりそうな気がする、ような?いや、根拠もなく不思議とそう思うのだ。なんだか変な感覚だけど、もしかするとなにかのアビリティのおかげかもしれない。そういえば、さっきちらっと見た中になんとか感覚みたいなものがあったような気もするけど、って、いや、今はいいや。
「とりあえず一発目」
宣言してから、指を離す。
ぷんっ、と弦の弾く音。
じゃっ、と肉をそぐ音。
ひゅっ、と風を切る音。
飛来した矢は見事にウサギの頭に突き刺さって、勢いのままに少し吹き飛ばして、ポリゴンに変えた。
うん。
どうしよう、早速心が折れたんだけど。
「おー!すごーってユア耳ぃ!?」
「びっくりした」
軽く飛んで地に落ちた耳がポリゴンに消えるのを眺めていると、スズは私以上に取り乱して回復薬を飲ませようとしてくる。このゲームでは痛みがなくてじわじわしびれを感じるだけだから、耳くらい別に……いやまあ、あまりにもあんまりすぎて現実を受け入れられていないだけかもしれないけど。
なんだろう、耳が千切れ飛んだのは分かったけど、原因が……弦かなあ……細いし速いし、耳に引っかかったのかもしれない、というかそうとしか考えられないか、って、いや、なんでそんな、うわあ、うわあ、うわあ!
しばらくして。
「とりあえずもう矢はやだ」
「い、いぎなーし」
なんとか気を取り直して、続いてのお試しに移る。耳は回復薬で生やした。すごい便利。
「じゃあ、そうだな、『メイクアップ』―『メイジ』」
「大本命だねー」
「かな」
武器を杖に変えつつ、ステータスと魔法を確認してみる。
まあ、魔法使いなだけはある貧弱ボディーに、INTとMINがガン積みされていた。現実より動きにくいことはないにせよさっきまでのSTRがなくなった分重力が強くなったように思えるけど、まあむしろこれが普通なんだから文句はない。
一方の魔法は、『お試し魔法セット』なるアビリティとそのほかに魔法使い向けっぽいアビリティが並んでいた。お試し魔法セットって、クラブさんはなんて気が利くんだろう。
凄いなあクラブさんと感謝の念を届けつつ、習得している魔法を確認。
どうもなんやかんやと詰め込まれているみたいだけど、領域魔法や連結魔法は入っていない。お試しというくらいだから、基礎の基礎みたいなものがメインなのかもしれない。
そんなお試しセットに入ってる魔法の分類としてはどうやら『詠唱』『魔方陣』『付与』の三分類、それと属性は『火炎』『水冷』『風雷』『緑地』『聖光』『闇呪』の六種類、それぞれを二つずつで、総計すると三十六の魔法を習得しているようだ。少なくともここに回復とか補助的な属性と、すっちんの作ったという二つが更に含まれる訳で、そして多分派生とかを考えるとそれどころじゃない訳で、なんとまあこの世界の魔法というものはずいぶんと途方もないものらしい。
「リーンって、魔法に関しては専門外?」
「う……使わないから……」
「別にいいよ、とりあえず使うくらいはできそうだから」
「ごめん……」
「全然いいよ、そっちの方が楽しいって」
どうせこんなモンスターのうろちょろするようなところで授業をする訳にもいかないし一応訊いてみただけなのにやけにしょんぼりするスズを適当に撫でてなだめつつ、ひとまず使う前に分類ごとの個性から確認してみる。
まずは『詠唱』。
長々とした呪文を詠唱することで魔法を発動する。時間がかかる代わりに威力が大きくて消費が少ないのがウリ。呪文の方も、速度にこだわらなければわざわざ覚える必要はなくて、使おうと意識した魔法の呪文が一節ずつ頭に浮かぶらしい。正直ちょっと怖いし、詠唱とか恥ずかしくて噛んだら困るから、使わないつもりだ。
次に『魔方陣』。
発動の意思と一緒に魔法の名前を口にすると発動。すっちんの撃ってたように魔方陣が浮かぶ。威力は小さいけどすぐ発動できるのがウリ。
最後に『付与』。
発動の意思と一緒に魔法の名前を口にすると発動。武器や肉体に魔法を纏う。サポートか、もしくは魔法使いで前衛とかやるなら使えるかもしれない。つまり私には関係ない。
「とりあえず魔方陣のやつだけでいいや」
「えー」
「えーってなに」
「だってユアがすっごい中二病みたいなの言うの楽しみにしてたのに」
「『火球』」
「なうっ!?」
杖先に発生した魔方陣から放たれた火の玉が、スズを掠めて飛び去り消える。
回避しなかったら当たったのに。やっぱり、呪文を唱えるというほどじゃなくてもディレイはそこそこ大きいみたいだ。
「び、びっくりしたー!なにするのさー!」
「試し撃ち」
「ま、まがお!本気で私をかかしにする目だぁ!」
いや、まあ、もちろん冗談なんだけど。
でもそこまで言うなら望み通りにした方がいいかななんて思いつつ、色々と魔法を試していく。
『火球』。
ウサギが燃えてのたうち回って……どうやら、毛皮に燃え移ったらしい。どうしてそんなに無駄なところでリアリティを……。
『氷弾』。
ウサギにツララが刺さって身体が千切れそうに……ポリゴンならなにしてもいいっていうのは違うと思う……。
『風弾』。
ウサギがそこそこ吹き飛んだ。死ななかったけど、もう立てなかった。惨い……。
『石球』
ぐちゃ、みたいな……まあ、顔より大きな石があの速度で飛んだらそりゃそうなるけど……。
『光球』
なんというか、吹き飛ばなくなった代わりに威力が上がった風弾みたいな。一息に死なせてあげられてよかったっていうのは、多分大げさなんだけどさ……。
『呪弾』
威力は低いみたいだけど、しばらく黒い霧みたいなのがまとわりついてた。確認してみたらどうも能力値を下げる効果があるらしい、苦しそうに呻くウサギはなんというか……ごめん……。
……。
なんだろう、どれもこれも凄い罪悪感がある。
最初に手本みたいな感じでスズの戦いを見たときはVR映画を観てるような気分になるだけでそんなことなかった辺り、どうやらもはや近接だろうと遠距離だろうと自分が殺したっていうだけで駄目みたいだ。
「向いてないかも……」
「ユアが無理すること、ないよ?」
……そんなしょんぼりされたら流石に申し訳なく思えてくるんだけど、多分スズは天然でやっているだろうからたちが悪い。
ここは多少意地張るのをやめて、大人しくサポートに回った方がいいかもしれない。あんまりスズに任せきりみたいなのは嫌なんだけど。それとも、もう一度すっちんあたりに相談……あ。
「そうだ」
相談は相談でも、すっちんより適役かもしれない人がいるじゃないか。
忘れてた訳じゃないけど、スズと二人っていう意識が先行して気がつかなかった。
「どしたの?」
「いや、アンズに相談してみようかなって。あの子すっごいゲーマーだし、これも多分やってるよ?」
「……ふん」
他の女の子の名前を出したから、スズは露骨に不機嫌になる。
もしかするとゲームはゲームで別かもしれないと思ったけど、どうやらそんなことはないらしい。
「ごめん、やめとくね」
空気の読めないことを言ってごめんねと、スズを抱きしめる。鎧のせいで抱き心地は悪いけど、これはこれで新鮮だ。
アンズとは、もし一緒にやる流れになったら、というか多分なるだろうし、そうすると二人きりじゃなくなるから、それをスズが嫌がるのならあえて自分から話を持ちかけるつもりはなかった。スズがゲームをやる時間をそう捉えているのなら、私もそういう認識を持とう。
スズがそれを望むなら、私は全部で応えよう。
なんて思っていると、スズの体が急に光に包まれた。
「スズ?」
なにごとかと首を傾げる私の腕の中で、そしてスズは消えてしまった。
それがログアウトの光景なんだと少し遅れて気がついて、すぐに私は現実へと回帰した。
■
目覚めたと思ったらスズが部屋に飛び込んできて、なにも言わずに求められたから、なにも言わずに慰めた。それに満足しても、スズはなにも言わない。だからベッドに寝転んで、スズがなにかを言ってくれるのを待ちながらその頭を撫でていた。
「……いいよ」
さらさらと心地よい手触りの髪がヘッドセットの締め付けで変な風になっているのをひょこひょこ弄んでいたら、不意にスズはそんなことを言う。
目を合わせると、それでも少し不機嫌そうだった。
「そりゃ、二人きりもいいけど、でもゲームはそういうんじゃない、から」
「うん」
「友達はいっぱいいたほーが面白いし、やっぱり二人じゃ、強い敵とか倒せないし」
「うん」
「最初から、ずっと二人きりでいこーとか、思ってなかったから」
「うん」
「だから、いいよ」
「うん」
そこでスズは言葉を句切ったけど、まだ終わっていないことを知っていた。
言ってほしいと視線で促せば、スズはためらうように口をもにょもにょさせて、それから意を決するように一つ息を吐いた。それでも恥ずかしいのは恥ずかしいみたいで、そっと視線を逸らしながら、ようやくスズは言葉を続ける。
「たまには二人っきりでね、その、ぃ、いちゃいちゃしたい……けど」
「うん。じゃあいちゃいちゃしよっか」
「へ?あ、まっ、にゃあ!?」
アンズへの連絡が、可愛い悲鳴を上げるスズと目一杯いちゃいちゃしてからになったのは言うまでもない。
■
《登場人物》
『柊綾』
・ゲームの中でも生き物を害するのに忌避感持っちゃう二十三歳。ホラー映画を観て怖がるようなもので、つまりまあゲームに向いてない。ただ、自分でやっていなければ全然そんなことない辺り、すぐに克服できそうではあるが。矢を放って自分の耳を落とす程度には不器用。DEXとかもはや無意味なのでは……。スズの扱いが時と場合で違うのは、つまり素の状態とイチャラブモードの差。
『柳瀬鈴』
・大剣ぶんぶん振り回すのたーのすぃー!な二十三歳。ウサギだって人だってなんでもかんでも躊躇いなく殺れる。守るという割に完全パワーファイターなのは単にそれが好きだからで、とりあえず敵を全部ぶっ飛ばせば守れると考えている。プレイヤースキルは、まあそれなり。順当に前線入りできる感じ。ステータスも、まあ普通に重戦士型。の割に頭サークレットなのは可愛くないから。鎧はいいのか?割と早めにAW内で仲間が増えそうであまり面白くないが、あやが目一杯可愛がってくれたのでとりあえずはご満悦。二人きりの思惑が潰えた今、ゲームくらいではいいとこ見せていい雰囲気になってやろうと意気込んでいたりする。
そろそろ本当に始まりそうな予感
批判酷評待ってます




