68話 内容の希薄さには目をつぶる
「きらりん集合!」
「りょーかいっす!」
とりあえず、話し合いのためにもまずはきらりんを呼び戻す。まあ単純に、あの質量を迎え撃とうとすれば総力を挙げてやらなきゃともすれば一瞬で押し潰されかねないし。
状況は、別に絶望的だったりはしないけど少し危ういところだと思う。
私が領域を展開したのは結果的にそこそこ吉と出てはいるけど、ここにあの巨人が加わるとなるとそれでも手が足りなくなるかもしれない。スズがどこまで拮抗できるかが結構重要だ。あの巨体を平然と動かしていると考えると、その力は恐らくこれまでの強敵と比べてもなんら遜色ない。鎖の補助と命令があっても、多分相手の方が上だろう。
とすると、単に攻撃を受け止めるだけでどうにかなる問題でもない。
亀のときみたいに一瞬でも止めて攻撃を叩き込むっていうのが思いつく最適解だけど、今回はそれプラス物量が襲い来る訳で、あまりそっちに力を集中させすぎても呑まれてしまいかねないし……。
「ただいま戻りましたっす!」
「おかえりきらりん。頑張ったね、ありがと」
「わ、ぇぅ」
一旦思考を止めて、傍に降り立ったきらりんをむぎゅっと抱きしめる。
あー、きらりんは可愛いなあ。
なんか、なんだろ、きらりんは撫で回したくなる可愛さがあるよなあ。
なんて、気の済むまでわしわししていたかったけど、さすがにこの状況下ではそうもいかないから、しばらくわしわししたところで、酷く名残惜しく思いつつもきらりんを解放する。
「よし、じゃあ続きはまた後でね」
「つ、つづっ!?」
おっときらりん。
そんな顔を真っ赤にして、まったくなにを想像しているのやら。
やれやれ、ほんと可愛いなあきらりんは。
うーむ。
永遠に愛でられそうだけど、自分で言ったからにはちゃんとしなきゃ。
「えーっとそれで、とりあえずあの巨人はリーンと鎖さんが受け止めるって感じでいいかな?そこに……リコットが集中砲火、でいいかな?」
「まかせろー!」
「―――」
「ん」
まあこれに関しては特に他の案もないか。
「それで、きらりんとなっちはその間も岩人形を食い止める感じで」
「まあそんなもんっすかね」
「かしこまりました」
「ゾフィはけんぶつしてますの」
まあそれは私もかな。あと応援。
……あれ?結局作戦会議っていうほどでもないなこれ。
まあ確かに今の布陣でできることなんて限られてくるけども。というか、私が領域を展開してるって前提でいくとだいたいこんな形にならざるを得ないっていう。あとはまあ、臨機応変に?
ともあれ。
体制を整え、覚悟を決める。
群がろうとする岩人形を叩きのめしながら、待ち受ける。
近づけば近づくほど、その巨躯に気圧される。
見上げるほどの巨体。
裏を返せば見上げれば見通せる程度ではある訳だけど、いやはや、やっぱり大きいっていうのは一つ根源的に訴えかけてくるなにかがあるような気がするなあ。
そんなことを、思っていると。
すう、と。
スズが息を吸うのが分かる。
ばしっ、と拳を合わせて、ざり、と足を広げる。
腰を落として、まるで全てを受け止めるみたいにどっしりと構えて。
そして。
「『かかってこいやぁぁぁぁぁああああああああ――――――!!!!』」
ビリビリと、空気を揺るがす咆哮。
言葉通りの宣戦布告、それに応えるように。
「―――ッッ!!!」
咆哮を上げ、組み合わせた手が形を変える。
ゴギョゴギョと音を立て、それはみるみるひとつになって。
前屈みになった巨人は、両腕が変形したその岩の槍を真っ直ぐにスズへと向けて。
押し潰された岩人形になど目もくれず。
そして巨人は疾駆する―――!
「『受け止めるよ!』」
「りょおかぁーいっ!」
ジャラララララッ!
猛るスズの脇を、鎖の群れが先行する。
唸りを上げる土の槍に、そして接触。
ギャリギャリギャリ―――!
表面をなぞるように、鎖が絡みつく。
なん本かヒビが入ったりしているけど、それでも巻きついた鎖は砕けることはない。
とはいえ無理はほとんどしていないようで速度が落ちる様子もないけど、まあメインは弱体化だから仕方ない。
そして満を持して、巨人とスズが衝突する。
「ぐっ、ふぅ……!」
ズドンッ!
と、人と衝突したとは思えない衝撃音とともに地を滑るスズ。
領域の端っこから一瞬で半ばまで押されて、
「ぅぅぅぅあああああああああああああああ―――!」
絶叫と共に地面を踏み締めれば、その速度は急速に失われる。
さらにそこに敵を感知したボールがまとわりついてじわりじわりと岩を犯す。
だけど巨人は止まらない。
ジリジリと、スズの背中が近づいて、
「■■■■■―――」
至近。
岩の槍の下、すくい上げるように、鶴の翼が添えられる。
重なり爆ぜる魔法陣と、光弾の乱舞。
ギャギャギャギャギャ―――ッッ!!
―――バグォンッ!!
「―――ッッ!?」
破砕音。
ガクンッ、と、スズというひとつの支えを失った巨人が勢い余って体勢を崩す。
片膝をつき、そのままの勢いで私たちの上に倒れ込むように、
「わ」
不意に肩が引かれる。
倒れるように傾く身体をナツキさんが受け止めて。
「ぉぉぉぉおおおおおおお―――」
ぶおん、と鼻先を掠める砕けた岩。
「―――らぁぁああああああああッッ―――!!!」
半ばから砕けた岩の槍、その穂先を掴んだスズは身体ごと一回転。
バギンバギンと鎖の砕ける音をBGMに、愚かにも領域を犯そうとしていた岩人形を何体か殴りつけて、そして気迫の声とともにぶん投げるっ!
ドゴォッ!
「―――!」
巨人の顔面に岩の塊が直撃し、巨人はその勢いで後ろに仰け反って、そのまま膝の折れた奇妙な体勢で倒れ込む。
ズシィンッ!と壮大に地面が揺れて、岩人形たちは面白いくらいにバランスを崩して転んでゆく。
「っ、リーンっ!」
ふらり、重いものを投げ飛ばしたことで後ろ向きにたたらを踏むスズを、迎えるように手を伸ばす。下手に動きすぎれば領域が崩壊するからそれだけしかできなくて、だけどスズは、そのまま私の方へと倒れ込んでくる。
指先が動くのが見えて、真白の鎧が光と消える。
「リーン……!」
ぎゅう、と胸の中、温もりを抱きとめる。
確かに生きていることを確かめたくて、そっと心臓の辺りに手を添える。
とくとくと感じる拍動、そっと息を吐く私を見上げて、スズは笑う。
「にひっ、やっおぷっ!?」
なにも言わず、その口に回復薬を叩き込む。
喋ってる余裕ないだろうにほんともう。
ぎゅう。
「ほんと、いつも……」
「ふぉ、ふぉふぇん」
「違うの……」
こくこくと回復薬を飲みながらバツが悪そうな表情になるスズに、首を振る。
ごめん、と、言いたい。
スズに甘えて、いつも壁みたいにしてるのは私だ。
ゲームの中の役割といえばそうだけど、でも一番傷つく役割には変わりなくて、いつも守ってもらってばかりで、だから、ごめんって。
だけど。
「……ありがとね、リーン。ありがと」
「!……ん、へへ、どーいたしまして」
スズはまた、笑ってくれる。
心強くて、頼りになる笑顔。
私は堪らなく愛おしくなって―――
「ユア姫、そこまで」
「そろそろよろしいでしょうか」
「あ、あーえー、こほん……ごめんね」
「お、よ、よーし!頑張るぞー!」
アンズとナツキさんの言葉に、我に返る。
ずばっ!と起き上がったスズは、顔を真っ赤にしながら無駄に腕を振り回したりして照れ隠しをしている。
あー、うん。
危ない危ない、いやほんと、視野が狭いというかなんというか。
「あ、あー、それでえっと……あれ?動いてない?」
見渡せば、倒れてしまった岩人形と巨人たちは、どうも動きを止めているようだった。
起き上がるのが大変とかそういう次元じゃなくて、微動だにしていない。
例えそうだろうとお構いなく鎖を巻いて砕きまくっているのは流石といったところだけど、そこまで一方的にやられながらなんの反応もないのはちょっとどころじゃなくておかしいだろう。
「終わり……っていう感じでは、ないよね?」
「まあ多分、次っすよねー」
「そろそろやきつくしたいですの……」
物騒なことを言うソフィだけど、まあ確かに、今のところそんな感じの活躍はできてないからなあ。そもそも岩相手に炎っていうのが相性よくなさそうではあるけども。
いや、オーバードスペルなら結構いけるかも……?
なんにせよ、まだちょっとお休みだけどね。
「じゃあとりあえず、『みんな次に備えようか』」
スズは言うに及ばず、アンズも結構MP使ったと思うし。
チャンスはチャンスだけど、だからこそ回復もしておかなきゃ……ん?
「そこまで余裕はない、かぁ」
かたかたと、岩が動き出す。
そりゃあまさか私を待っていた訳ではないんだろうけど、タイミングがいいのやら悪いのやら。
「一旦攻撃やめて集合しとこうか。ちょっとでもいいから回復ね」
ここから無理に攻撃し続けても意味がない……とはいかないけど、それよりはむしろある程度余裕を持っていた方がいいだろう。できるなら、万全の状態で挑みたいところだ。
さて、獣から人形軍団ときて、次はどうなることやら―――
「ユア姫」
「ん?どうしたの?」
ぽふっと抱き着いてきたアンズを見下ろせば、真っ赤な瞳が私を見上げる。
「一旦解除して」
「え?」
「今のは、汎用性が高くない」
「あー」
なるほどまあ、一理ある。
今回は結構有用だった鎧戦士だけど、次がどんなのかは分からない以上、例えばまたあの獣みたいな感じできたらどうしようもないもんなあ。多分あれは鎖じゃ止まらないし。
……考えるだけ時間がもったいないかな。
今にも、岩の群れは徐々に集まってるし。
とりあえずみんなに視線で確認してみるけど、特に問題はなさそうかな。
「鎖さん、ありがとう。助かったよ」
「―――」
グッ、とサムズアップ……って、え、なにそれ見た目と裏腹にすごい茶目っ気なんだけど。
ああうん、まあ、じゃあまたね。もしかしたらすぐ呼び戻すかもしれないけど。
という訳で、領域解除。
しばらくは、といっても『魔力呼吸』のアビリティとπちゃんのドレスのおかげですぐだけど、MPの回復待ちだ。
と、その途端にお姫様抱っこされる。
見上げれば、笑うスズ。
別にすぐだよとか、わざわざそんなことを言う意味もないし、言いたくもない。
身体から力を抜いて、スズに身を任せる。
うーむ。
なんか、あれ。
この、すごいしっくりくる感じ。
思えばこのゲームの中だと、立ってる時間と座ってる時間合わせてもお姫様抱っこの時間の方が長いんじゃ……。
……まあ、考えるのをやめよう。うん。
さておき、まだしばらく余裕もありそうだし……っと、そういえば新しい魔法があったような?
便利なやつだったら使ってみるのもいいかもしれないし、ちょっと確認してみよう。
えっと、新しい魔法は……おおっ、二つある。
……え。
なにこれ。
すごい便利なんだけど……?
だってこんなの、これまでの悩みっていうか、不便だなっていうのが尽く解決しちゃうんだけど。
え、いや、うわあ、す、すっちん私の頭の中覗いてたりしない……?
いや、まあ使ってたら普通思い当たるようなものではあるけど……すっちんってそんな気の利くタイプじゃ……うん。
まあ、とりあえずこれ、なんだろ。
今の私って、控えめに言ってすごい有能なんじゃ……よっぽどのことがなかったら超強くないこれ?
■
なんて思ってた時期もありました、みたいな。
いやうん、まあ、なんだろ、なんだろうなあ……いや、実際結構優秀な魔法を覚えたと思うよ?それは間違いないんだけど、いや、えぇ……。
「さすがにこれは予想外かなぁ……」
見上げる。
岩が集い、形を成したそれを。
見上げる。
その視線はあの獣よりも更に高く。
見上げる。
もはやそれは、天を仰ぐくらいの勢いで。
「ぶつりほーそくぅ!」
「とんでる、っすね……?」
「飛んでる」
「どういう原理なのでしょうか」
「ふぁんたじーですわ」
そうそれは、飛んでいる。
空中に浮かぶ、岩の像。
悠々広がる二枚の大翼、翼と比べて遥かに小さくだけど威圧を感じさせる険しい体躯、螺旋を描き先細るしなやかな尾、走行のためにはあまりにも細い脚、二本の角が生えた頭。
それは竜の姿をしている。
飛竜。
すなわち大空を舞う、絶対強者の姿を―――!
「いや、だからってあんな岩の塊が飛ぶの……?」
「考えたら負けっすよ」
負けかぁ……。
そもそもこの洞窟の中で飛ぶってそれもう意味分からないしとか、結構な高度のおかげで頭打ちそうになってるとか、あとなぜか二体いるとかも考えちゃダメなのかなあ……。
うーむ。
相手は空、やる気は満々。
さて、どの領域を展開すればいいのやら……。
■
《登場人物》
『柊綾』
・そこまで言って新魔法明かさない二十三歳。いや、あやのせいじゃないんですけど。まあ次回ですね。なんかこの前戦闘終わってからとか言ってたやつがいるみたいですけど、見通しが甘いと言わざるを得ませんねええ。まああやの言う、これまでの不便が解消されるっていうのが全てです。こいつは何度スズを心配すれば気が済むんだろうか。こういう展開もはやテンプレどころかマンネリじゃないっすかね?まあそれでもやるんですけど。心配性だからね。といいつつ、元々ここはちょっと展開ちがってスズが死んで高笑いするあやさんという軽く狂気シーンだったんですけど、そこに至るまでの思考過程とか説明するの面倒すぎてやめました(おい)。だって多分一部の人しか読んでないここでやる訳にもいかないですし、かといって一人称視点だと違和感あるし、というかそもそもそのルートだとそれ以降三人称視点とかにしないとまともにお話が続かへんねん……。まあ今更どうでもいいですね。
『柳瀬鈴』
・筆者の挫折によって生存ルート入った二十三歳。その名残かもしれません、ちょっとあやがラブくて、まあスズからすれば儲けものですね。よかったね。領域がない=お姫様抱っこという公式が脳内にインプット済み。まあ今回も頑張ったから少しは許してやろうでないか。
『島田輝里』
・なでなでの続きになにを期待してやがるこいつ……な二十一歳。いや違うのよ。リアルでのあれこれの後にずっと密かに悶々して、なんとか忘れてたところで急に思い出しちゃったせいなんです。誰だエロりんとかむっつりんっていったやつ!?さて次は空中の敵、バランス感覚抜群で身軽さが取り柄なきらりんは……ね。分かってると思うけど、まあ頑張れ!
『小野寺杏』
・お前最初からそれやっとけよとか言ってはいけない十九歳。さっと近づいて足とかへし折ったらこんな苦労なかったんとちゃう?とか言ってはいけない。動きがほぼ止まってたからこそ連打ぶち込めた訳で、もしそうじゃなかったらさすがに結構きついんですよ。なにがどうあっても、そんなくだらないことで死ぬ訳にはいかないし。
『沢口ソフィア』
・最近空気薄めだけど破壊衝動は着々と濃くなっていく十一歳。飛竜のひとつくらい落とせそうですね……。まあ一応出番っていうか役目は決まってます。安心しろ、焼き尽くさせてやるぜ……!
『如月那月』
・相手が空なら少しは働けるかなあとか思ってる二十四歳。ヘリくらいなら落とせますが……的な。いやうん、相手は物理法則に従ってないんで……。まあ武器ゲットするまではしばらく空気でよろしく頼むよナツキさん。ごめんな。でも武器を手にした瞬間戦力数千倍とかになりそうで怖い……というかマジでやばいのでは……?




