66話:あやが思いついたようです
ほんとお待たせしました……。
とりあえず山は超えた気がします。
そして突如、崩壊が始まる。
四肢が、胴体が、頭が、尾が、それらを構成する岩々が唐突に繋がりを失って、雪崩のように崩れてしまう。あっという間に威風堂々たる獣は消え去って、その場にはただこんもりと小高い岩山が残った。
なにごとかと、警戒とともにみんなが私の周囲を固める。
戦闘は終わっていない、それは誰もが理解していて。
「次はなんっすかねー」
きらりんの呑気な声に応えるように、ざわりと岩山が震える。
鬼が出るか蛇が出るか、ほんの僅かばかりワクワクする視線の先で、そして岩塊が立ち上がる。
小山の頂上、身を起こしたそれは岩の人型。
大きさは、巨人というほどではないけど結構大柄、バレーボールとかで重宝されそうな程度だろうか。さっきの獣像と比べればはるかに矮小、だけど今回はどうやらそういう方向性らしい、頂上から伝播するように、次々に人型が立ち上がる。
同じような人型が立ち上がっては一様に山を降りて、一体、また一体と山の前に整列してゆくその様はなんとも統率されていて、一体と一群という違いこそあれその強大さは露ほども失われてないらしいと、そう思わせる迫力があった。
そして間もなく、岩山のほとんどが岩人形となって立ち並ぶ。
ん?
なんだろう、土人形にならず残った小山の頂上が、ぽこっとその向こうに見えている。まさか余りじゃないだろうし。とするとこれはあれか、私的ポジション……いや、まあ、私ほど怠惰ではないだろうけと。
そんな予想の通りに、それは満を持して立ち上がる。
徐と呼べる程度には緩やかなその動作、だけどなんだろう、むしろ機敏に動かれるよりそっちの方が威圧感あるんだなあと、そんなことをしみじみと思う。
周囲に整列する岩人形の二倍程度の規模だろうか、つまり普通ならさっきの獣とは比べるべくもないのに、人型だからか比較対象が明確だからか、さっきよりも素直に大きく感じるのが少し不思議だった。
というか、なんだろう、簡単に言うと、さっきより絶望感が強い。
この期に及んで敗戦とかは考えたくないけど、私の脆さを考慮するとスズだけ生き残って私は圧死するみたいなパターンもそこそこの確率でありそうなんだよなあと。だってあの数を相手にして逃げ切れるほどスズは器用じゃないし、かといってナツキさんの負担があんまり大きすぎるのも……。
なんて悩む余裕もないらしい、立ち上がり、そして唸りを上げ……る風の動作と音なき号令とともに一歩を踏み出す巨人と共に、岩人形の群れが進軍を開始する。
んー、あれ?
結構遅い?
まさか示威行為だっていうことはないだろう、規則正しい地鳴りと共に歩むその速さは、そう、歩むという言葉を使うべき程度には遅い。なんだろう、団体行動っぽいのは確かだけど、さっきの荒々しさとは打って変わって、なんだか拍子抜け感すらある。てっきりあの数との全力鬼ごっこになると思ったんだけど、杞憂だった……ってことでいいんだろうか。
と、そこでみんなが私を見る。
なにごとかと見回すと……ああ、なるほど、どうやら向こうがあんなだから、こっちも負けじとやってみたいと。あいにく私はあっちのリーダーほどの威厳も強大さも持ち合わせてはいないからちょっとばかし荷が重いけど、まあ、うん、私のわがままに付き合わせてる訳だし、それくらいはやろうかな。
すう、とひとつ息を吸って、吐く。
大声を出す必要はない、求められてるのはそういうんじゃない。
視線は鋭く平たく、高圧的で威圧的で、傲慢に冷徹に、一切の熱量と慈しみを排して、声音は静かに厳かに、そして言葉は端的に。
「排除しなさい」
ざわり、と。
ちょっと置いてけぼり感のあるきらりんでさえ、雰囲気が一変する。
心底嬉しそうで、なんなら悦に入って、特にアンズやソフィやナツキさんなんかの爛々と輝く瞳は身も蓋もなく言えばほとんど発情してるようなもので。
そしてみんなは声を揃えて、私に応える。
―――御意に。
……よくそこで打ち合わせもなく揃えれるなあとか、みんなほんとこういうの好きだよなあとか。思えてしまう程度にはノリ損ねてしまったせいで気恥ずかしくなる私を尻目に、みんなはノリノリで岩の軍勢へと突撃する。
前衛組はさておきソフィとナツキさんに関してはそんな突貫する意味もないだろうに……ってソフィがなんか光ってるのはオーバードスペルの……しかもナツキさんまさかあのでかいヤツのとこまでいくつもりなのかなあれ。人形を足場にすごい飛んだり跳ねたりしてるんだけど。その上、それに撹乱されてちょっと乱れた軍勢の間に紛れ込んだアンズときらりんが暴れ回ってもう結構大惨事っていう。
なにがいけないって、なまじ理路整然としてるものだから密度が結構高くて、一つ転ぶだけでかなり影響が大きいんだよね。当たり前のようにみんな足ばっか狙ってるから、あっという間に隊列はぐっちゃぐちゃだ。その上どうやらみんなが突貫したおかげで私にはヘイトが向かってないみたいだし、気兼ねなく眺めていられる。スターが見向きもされてないのは、まあ、少し切なくもなるけど。
……あ、ソフィの火炎放射が直撃した。
ここまで熱気が届くほどの白炎、だけどそれを胸にもろに浴びながらも巨人は揺るがない。
熱によって熔けた岩が出血めいてこそいたけど、どうやらそれは貫通どころか半分ほどにすら至らなかったようで、鬱陶しいとばかりに腕を振ってナツキさんを追い払う巨人は、近場の人形をむんずと掴んで胸に押し付けると、あっという間にその傷を埋めてしまった。
なんとも厄介な。
あの物量の中にあっては無尽蔵みたいなもので、とすると周囲のやつを先に処理した方がよさそうだけど、どのみち一気に叩きのめすみたいな手段は特にないんだよね。
いや、それならいっそどうだろう、あからさまに中心っぽいあのでかいヤツを修復の暇を与えないくらいごり押すとか……ソフィのオーバードスペルにアンズときらりんが合わせたら結構……いやでもなー。
うーむ。
なんだろう、この、なんていうか、なんだ、なんだろ、あれだ、えっと……そう、多分これは疎外感っていうやつなんだろう。
いや、蔑ろにされてるとか、疎まれてるとかそんなことは微塵も感じないし、戦闘中のみんながちょくちょくこっちに意識を向ける度に目を合わせて英気を養うっていう地道な仕事をしてはいるんだけど、いや別にそれが嫌とかそういうことじゃなくて、これはこれで一つ幸福の形ではあるんだけど、なんだろうなあ、こう、ね。
この状況、そりゃあ私が戦力外通告なのは分かってるんだけど、でも、私もなにかしたいなあと、そんなことを思う訳で。
だって、わざわざ私のわがままでこうして戦ってるのに私は見てるだけとか、πちゃんに胸を張って貢げないしなあ。
うーむ。
……よし。
まあいいや。
ゲームはゲーム、みんなには少し、無理をしてもらおう。
「リーン。下ろして」
「え、?」
私の指示に戸惑いの声を上げながらも、スズは多分ほぼ反射的に私を下ろす。
そして不思議そうなその表情を見返して、私はピシャリと告げた。
「シャキッとして―――出番だよ」
「ぬぇっ!?」
目を見開いて驚愕の声を上げるスズからさっさと視線を外して、そして戦場に目を向ける。
届くかなー。
いや、届け。
というか、聞き逃すとかありえないし。
「『領域指定』―『円環』!」
円環が広がる。
そこそこ声を張ったつもりではあるけど、この騒音の中にあってはあまりにも小さな声。
それでもみんなは私を見て、そして驚いてみたり、笑みを浮かべてみたり、色々な反応を示す。だけどみんなが一様に、私の元へと戻ってくる。
それを眺めつつ、次の詠唱だけど……あー、どうしよ、悩むなあ……。
守り特化の『安らぎの地』、攻めの『決戦場』、集団向きっぽい感じの『排斥力場』……あれ、あ、えー、うわ、そっか、そういえば一回も使ったことないのがもう一個あった。
えっと……敵のSTRとVIT減少?
MPがそこそこ増えてきた分広めに展開してるし、結構いいかも。
よし、使ってみよう。
「『領域構築』―『堕落の誘い』!」
円環の内側に、四点、正方形の頂点のようにぽつりと浮かぶ。
それはグネグネと正弦波みたいな軌跡を残しながら、時計回りに隣の点へ。
そうして出来上がったのはぐにゃぐにゃの円、纏う光はどことなく妖しげな紫色。霞が足元を覆って、なんとなくちょっとオシャレ感。
アンズの魔法がそうだったように弱体化は闇属性の特権なんだろうか、いや、まあ今のところこの色と属性に関係はあんまりなさそうだけど。
そんなことを思いつつ次々いく。
「『領域守護』―『巡回する魔球』
『領域守護』―『巡回する魔球』
『領域守護』―『巡回する魔球』!」
連続して唱えば、領域の三方からじゅわりと生まれる紫色の光球。
霞のようなものを纏うそれは、他のと比べてどことなく不安定に見える。不安定というか、歪んでるような。なんとなく、ふらふらしてるし。
今更大丈夫かなんて、心配はまあ、しないけど。
「『領域守護』―『徘徊する霊戦士』」
霞が集って、渦を巻く。
集い集って形を成す。
そしてそこに顕現したのは、これまでとは趣の異なる霊戦士。
幽鬼のごとく朧気で風化した身体、それをこの世に留めるかのように全身にまとわりつく鎖。兜に生える角は一本がへし折れ、だけどもう片方の湾曲した長い角がかつての威風を感じさせる。
それは瞳の無い目で私を見て、今か今かと指示を待つように身体を震わせている。
と、そこで通知音。
【新しい魔法を習得しました】
確認……はまあ一旦置きで。
領域に集い私を見つめるみんなを、見回す。
責めるような、問いかけるような、期待するような、そんな視線は全て無視だ。
ロールプレイロールプレイ。
どうせ私に反抗することなんて、未来永劫ありえないし。
……お、ちょっとテンション上がってきたかも。
「今度から、余程のことがない限りは私の不参加を認めない」
調子に乗ってそんなことを言ってみれば、アンズやナツキさんが分かりやすく拒絶したそうな表情をする。
自信がない、とはきっとまた違うんだろう。
私には理解できないその思いは、だけど今このとき、理解とかそういう話じゃない。
というか、そう、分かった、そっか。
不意に、私は理解できた。
これまで胸の奥で燻っていたらしい不満、みんなが揃っているという状況にあまりにも慣れてなさすぎて気が付かなかったんだけど、今になってようやく、その正体を掴めた気がする。
そのあまりにもくだらない正体に、それとは裏腹にみんなから向けられる酷く真剣な眼差しに、私は苦笑する。
違う違う、そうじゃない。
いやほんと、みんなちょっと大袈裟すぎるんだよほんとに。
「要するに、私も混ぜてってこと」
はいそこ、そんな『なに言ってんだこいつ』みたいな表情をしない。
■
《登場人物》
『柊綾』
・ようやく気づいた二十三歳。いや、考えてもみてください。あやの扱いって結構いじめがかってないです?いじめっていうか、なんというか、こう、ね。ゲームやってるのにゲームできないとかそれ意味分からんくないですか?リアルとヴァーチャルの区別付けようぜ。なんかあやに対する扱いだけゲームの中っていうより異世界にいるみたいな、別に痛みもないし死んでも蘇るじゃんっていう考えが適応されてないとこあるよね。そんなことをふと思っちゃったものだから、結構候補絞りきれなくて悩んでいた新魔法が確定したという裏話も。入口と最終形だけ決めて見切り発車するものだから1話書くごとに設定が増えるっていう無能の極み。だから執筆が遅いんだこのクソ野郎が。
『柳瀬鈴』
・あやの命令にはとりあえず反射的に従ってしまう二十三歳。調教の賜物やで。まああやの周囲のやつって結構な割合でそんな感じなんだけれど。そしてこの流れは白亀の出番……!腕がなるぜ……!あと全然全く一切微塵関係ないことですが、姫ゲーの前に書いてた、なんなら前身と言えるかもしれないVRMMOモノを発掘して読んでニヤニヤしてたんですが、そこにまさかの同姓同名なキャラがいてビックリしました。性格全然違うしメインヒロインですらないんですけど、なんでしょう、もしかすると筆者はこの名前がお気に入りなんでしょうか。そう思って他の作品眺めてたんですけど、漢字違いで『スズ』があと二名いました。嘘やん。ていうかそんなこんなしてるから執筆遅れるんですよね……ほんとどうしようもねぇな……。
『島田輝里』
・そろそろ新しい武器が欲しいなあと思ってる二十一歳。重量のある長物がいい。しかしながら次の武器は……。スズから借りてる大剣は無茶な使い方してたから実は結構危ない。やっぱりπちゃん謹製な武器が欲しい。過去が過去なので結構色んな武器とか握りたい人。多分あやの次に新装備にワクワクしてる。うずうず。あやの視線とか言葉とか、未だその感情を理解できるスキルはないけど、あやと向き合うことを決意した分ちょっと反応が変わっている気がする。頑張れきらりん。お前の未来が僕にも掴めないっ!
『小野寺杏』
・ゲームだろうがリアルだろうがあやはあやであるからして云々、な十九歳。過保護とかそういうんじゃあないんだ。100%守りきるとかそういう次元の話じゃあないんだ。そこんところは譲れない。だけどあやのためにスタンスを変えるとかはそんな葛藤もなく出来ちゃうので、まあ多分納得は早いんだろうなあ。
『沢口ソフィア』
・正直あやが戦うとか割とどうでもいいと思ってる十一歳。というか、射程がそこまで長い訳でもない砲台とくれば今回みたいに連れ回されるのは必定、であればあやが参加することによってあやの傍に侍れる理由を得られるならむしろ望むところ。まあでもとりあえず暫くは休憩やけんどな。
『如月那月』
・冷静に考えて100%はないんだから可能な限り100%に近づけるのは当然のことで云々、な二十四歳。過保護?は?過ぎたるは及ばざるが如しとかそれ運用下手かただ単に不足してるだけだかんな?ナイフ相手にマシンガン?刃だけ撃ち抜け。爆撃機用意してやりゃ戦意なんて失うやろ。例え下手すぎて伝わらないけど、つまりまあだいたいそんな感じで。ここでマシンガンのところに当てはまるのがナツキさん本人な辺り頭おかしいよねっていう。




