62話:ほんぽうはつこうかい
遅くなって本当にすみません。
言い訳は後書きに置いてありますが、別に読む必要はありません。
試験場の隅、轟音鳴り響く中で……ってホントさっきからすごい音としてるのはなんなんだろうあれほんと。大丈夫なんだろうか、いやまあ、さすがにこの距離なら余波でどうこうなることはないと思うけど、ちょっと気になる。
とはいえ、それよりも注目すべきことが目の前にある以上は、そっちに意識をさくほどの器用さは私にはな……な、なんかぱひょーんって鳴った!?一体なにが……いやいや。
集中集中。
ふるふると頭を振って、向かい合う二人へと注目する。
「さあ!始めるわよ!?」
向かい合う片方、πちゃんはといえば戦意に充ちて、待ちきれないとばかりに改良版だというサンオブジャスティスをぴゅんぴゅん振っている。型もなにもないほんと駄々こねる子供みたいな動きなのに効果音がなんか達人の一振りくらいの風きり感っていうのが謎にシュールでちょっと面白い。
「どうぞご随意に」
片やナツキさん、πちゃんのテンションなんて欠片も気にせずいつも通りの凪いだ表情、片手に弓を片手に矢を持ってただ立っているだけのその姿にすらちょっと見とれる。なんだろう、立っているだけなのになにかが違うというか、あれを後ろに控えさせてるだけでどこぞの王族を気取れるような気がする。
なんとも対照的に映る二人、ああ見えてナツキさんは真剣度70%くらいで結構やる気満々なんだけど、どうやらπちゃんはそれを理解できないらしい、余裕ぶっこいてると捉えたようで、額に青筋を浮かべてサンオブジャステスが地面を割いた。
「上等よ!その余裕叩きのめしてやろうじゃない!」
「ですので、どうぞ、ご随意に」
うわあ煽る煽る。
πちゃんの顔引きつってるのも可愛いけど、強いて言うならそんなに熱い視線は私に向けて欲しかったかなあ。
「ぶっころがしてやるわ……!」
がるるるると、πちゃんは殴りつけるように虚空のウィンドウを操作する。
3、2、1、無機質なカウントを経て始まりを告げる無機質な声。
それに呼応するように、πちゃんが高らかに詠う。
「『付与』―『魔法適応』『付与』―『火炎』!」
どうやら遠距離相手にガンガン攻めていく方針らしい。まあナツキさんの戦う姿を多少見たことがある訳で、それなら守りに徹したところで意味がなさそうっていうのは分かってるか。
とはいえまあ、攻め立てようとしたところでそう簡単にどうこうなる相手では、ナツキさんはないけど。
「……構える気はないっていうの?」
「腕が疲れますので」
それはナツキさんなりのジョークとかそういうものじゃなくて、単にリアルより腕が疲れやすいから無駄を省いてるという純然たる事実を説明する努力を完全放棄するどころか勘違いさせるつもりで口にした悪質な本音。
それに対してπちゃん、すっと無表情になると無言で駆け出す。臨界点を超えたらしい。とりあえずいっぺん斬り殺すという強い意志を感じる眼光がナツキさんに向けられて、そしてようやくナツキさんは矢を番えた。
πちゃんが自らの射程まであと一歩というところでようやく、一射。
顔面目がけて飛来した矢をπちゃんは横っ飛びで回避、着地と同時に飛び掛かろうとして、バランスを崩して前のめりに倒れ込む。
「は」
続けざまに放たれていた二射三射が着地の瞬間πちゃんの足を地面に縫い付けていたんだけど、目にも止まらぬ早業以前に二本の矢を同時に射ってそれを完璧に制御するってそれちょっと人類の技じゃないと思う。ゲーム的補正があるという認識でいいんだろうか、さすがのナツキさんも……いや……。
「な、ぐっ……!?」
なんて驚愕を置き去りに、咄嗟に腕をついて飛び退ろうとしていたところをその手まで射抜かれて、ついでに数本の矢を全身の色んなところに受けたπちゃんはあっという間に動けなくなって、それからはまあ、的確に急所に連射されたπちゃんが死ぬまでにそれほど時間はいらなかった。
……一方的というか、なんというか。
なんだろう、始まった時にはもう詰んでいたみたいな、アンズとπちゃんとの戦いみたいな圧倒的な実力差を感じた。純粋にゲームしてるっていうよりは、リアルな対人技術でハメ殺しにしてる感じ。ナツキさん、やろうと思えばトランプゲーム中に自分と相手の手札を気づかないうちに根こそぎ入れ替えるとかできるし、そういう視線とか意識の誘導技術を全力で使ったら、多分今みたいなことになるんじゃないだろうか。傍から見てる分にはよく分からないけど、あのπちゃんがリスポーンしても動き出さずに絶句してるところを見ると多分よっぽどエグいんだろう。
もうちょっとこう、戦うっぽいことはしてもよかったと思うんだけどなあ。
「終わりました」
「おつかれ。さすがなっちだね」
「ああでもしないとジリ貧でしたので」
「そうなの?」
「弓以外を使うつもりはありませんでしたので」
「ああ」
一応空気というかπちゃんの要望みたいなものは読んだっていうことなんだろう。
後衛にあるまじき発言ではあるけど、正直ナツキさんがナイフの一本でも持ってれば人間に負けるビジョンが見えないっていう……それこそ魔法とか使わない限りは。
まあなんにせよ、労いの意味を込めてなでなで。
お姫様抱っこの状態で跪くナツキさんを撫でるっていうのは、なんだろう、相手がナツキさんっていうのもあってちょっとお姫様気分になってしまうからいけない。傅き力高すぎるんだよなあナツキさん。
していると、再起動してきたπちゃんが随分落ち着いた様子で歩み寄ってくる。
そしてなでなでタイムに若干眉を顰めつつ、ナツキさんを尊大に見下ろす……む。
ちょっと面白くないものを感じると、すかさずナツキさんは立ち上がってπちゃんと向かい合った。そんな様子に若干首を傾げつつ、πちゃんお決まりのナツキさん講評が始まる―――
と思いきや。
「手数と威力」
「威力ですね」
「分かったわ」
それっきりぶつぶつと物思いに耽けるπちゃん。
……おおう。
「なんかテンション高めだね」
「は?」
「え?」
なんかすごい睨まれるんだけど、そんな驚かせるようなことを言ったつもりはない。
いやだって、見た限りの感じだし。
首を傾げていると、πちゃんはしばらく私を見つめて……うん、見つめて、それから急に顔を真っ赤にする。
「わ、悪いかしら!?」
「ううん、楽しそうでよかった」
「今回は純粋に趣味に奔走できるんだから当たり前よ!」
「ああ、なるほど。みんなのはどっちかっていうと補強っていう感じだったしね」
そう考えれば、まあ、πちゃんがテンション上がるのも分かる。ほぼほぼ縛りなく好き勝手できる訳だから、やる気も一入だろう。確かにナツキさん、特に目立って弱点っぽいことないしなあ。
なるほどなるほどと納得していると、ふすーふすーと興奮冷めやらぬ様子のπちゃんが、深呼吸とか色々してなんとかかんとか呼吸を落ちつけて、それからちらと視線を向けてくる。
笑い返してみた。
「意味が分からないわ……」
……あれ、ちょっとπちゃんが距離を置いたかな?
ふむふむ。
「…………まあいいわ!次よ次っ!」
わりと長めの沈黙を経て気を取り直したらしいπちゃんが、ぺしぺしと地面を裂きながらソフィに視線を向ける。
それを受けたソフィ、結構私の態度に面白くないものを感じているらしい、にっこりと笑って可愛らしく小首を傾げる。
「じゅんびはできてますの」
「じゃあさっさとやるわよ!?」
πちゃんの様子を見るに、どうやら気がついていないらしい。結構露骨にソフィの機嫌が最底辺付近にまで落ち込んでるんだけど。
……まあ、そりゃあ、仕方ないかなあ。
「ゾフィ」
「わかっていますわ、おねえさま」
ふ、と和らぐ雰囲気。どうやらまだ私の言葉は届くらしい。いいこいいこと頭を撫でて、ソフィの不機嫌を少しずつ中和する。所詮その場しのぎでしかないけど、この状況でできることなんてこれで限界だ。
そんな私たちを見てπちゃんは眉をひそめるけど、特になにも言わないで、さっさと位置についてぺしんぺしん。うん、すごい待ってる。
あんまり待たせる訳にもいかないし、不機嫌を再発するギリギリぐらいのソフィをちょっと不安に思いつつ戦地に送り出す。今日はソフィ宥めの日な気がする。反省しよう。
さておき、決闘開始……の前に。
「ひとつていあんがありますの」
さっさと決闘を開始しようとしていたところに、ソフィが待ったをかける。ステータスもそうだし、地面に座り込むという今から戦おうという意思を微塵も感じさせないスタイルだからそりゃあ普通にやる訳はないだろうと思っていたけど、さて。
どうやらそれはπちゃんも思っていたらしい、そりゃそうかっていう話だけど、視線で続きを促した。
「ごぞんじのとおりゾフィはうごくのがすきではありませんの。だから、いちげきでいいんですの。いちげき、おとなしくくらってくだささいやがりませ」
ニコリと。
笑うソフィに、πちゃんは即答。
「端からそのつもりよ!」
端からそのつもりなんだ……。
いやうん、まあ、そりゃあナツキさんの性格からして近接技能絶無な純魔法後衛のソフィにガッツリ近接戦を仕掛けにいくとは思ってなかったけど、大丈夫だろうか、そのソフィ今結構害意増し増しだよ?言葉尻ちゃんと聴こえてる?
「それならはなしははやいですわ」
うわあ……ほら、もうこんな魅力的な笑顔あれだよ絶対、この可愛さは絶対なにかあるやつだよこれ。頑張れπちゃん。
そんな訳で。
「『付与』―『魔法適応』『付与』―『緑地』!」
πちゃん、守りを固めて不動の構え。
緑地って火に強いのか弱いのかいまいちよく分からないけどこの場合はどうなんだろう……ああ、でも生木って燃えにくいんだっけ。いや、まあ、そんな違いが出るのか知らないけど。
一方の、ソフィ。
なんというか、なんだろう、えっと、なんか、えっ、なに、なんで光ってるの……?
「変身かー!」
「えっ、変身するの!?」
「ちがいますの」
違うらしい。
それならなんだろうと見入っていると、アンズがぽつりと零した。
「……チャージ」
「っぽいっすよね」
「チャージ?」
追従するきらりんはピンときているらしい、言われてみればまあ、少しずつ光が増してるような気が……っていうか増してるなこれ、おお、なんかすごそう。
「面白いアビリティじゃないの!」
「ほんぽうはつこうかいですの」
いや、このゲームそもそもそんなワールドワイドじゃないから。
可愛いなあもう。
なんて思っているうちにソフィのチャージも完了したらしい、結局最初に目に見えた光から比べて光量は二倍くらいだろうか、薄ぼんやりとした光がソフィを包んでいて、なんだかとても幻想的だった。妖精とか、そういうことを言われても全然信じれる。
「では、いきますの」
「上等よ!私は逃げも隠れもしないわ!」
漢気溢れるπちゃんの宣言、サン・オブ・ジャスティスを構えているのはまさか炎を両断する気でいるんだろうか。流石にそれは無理がありそうだけど、πちゃんならもしかしてと思える不思議。
「『わがいのりははげしきほのお』」
捲られる本、ソフィが紡ぎ、火花が舞う。
「『あつくもえさかるたましいを、すべてをこがすかえんにかえて』」
集う火花が渦を成す。
寄り集まって火炎となる。
「『わがまえのてきをやきつくす』」
そして球を成した火炎は、普段ならそのまま解き放たれるはずだった。
だけど今回は、それで終わりとはいかない。
「『過剰詠唱』」
脈動。
ソフィの纏う光が、溜まり溜まった力が、声を通して火球に飲まれてゆく。
爆ぜるように膨れた火炎が、球という枠に囚われて強引に収束する。
これまでとは比べ物にならない、今にもはち切れてしまいそうな暴力的な熱量が、そこにあるのが分かる。というかもう色からしてこれ、いや、冗談でしょってくらいに白いし。
それはさながら、太陽。
白熱する豪炎は、焼き焦がすとかそういう次元に収まっているとは到底思えなくて。
……ああ、多分これはあれだ。
「……に、逃げも隠れもしないわよ!」
「それはちょうじょうですわ♪」
ちょっとビビったπちゃんに、ソフィが笑って別れを告げる。
「『やきこがすかえん』♪」
ほんの刹那の静寂、今にも爆発しそうな火球が、だけどさらに収束して―――
そして火炎が迸る―――!
「舐めんじゃないわよ!?」
立ち向かうπちゃん、その手に握られるサン・オブ・ジャスティスの刀身が光を纏う。
どこか見覚えがある、だけど遥かに強く、確かな光。
それは眩いほどに白く、どこまでも純に揺るぎない光。
それはさながら陽光、雲間を抜けて降り注ぐ、神々しい輝き。
今その瞬間、夜闇裂く陽光の聖剣は確かにその名に恥じない輝きをもって。
「ジャスティスッ!『ハイスラッシュ』ッ―――!」
そして光が、交差する―――
■
《登場人物》
『柊綾』
・着々とπちゃんにアプローチを仕掛けていく二十三歳。なにが質悪いって好きは言葉にされないと信じない割に人の感情には敏感だから嫌われているかどうかっていうのはめちゃくちゃ分かるっていう。まあ、嫌われてるからやめよう、じゃなくて嫌われてても好きでいることに支障ないから別にいいよねっていうタイプの自己中だから気にしないけど。πちゃんに関しては、なんだろう、πちゃんってリアルだと割と深刻なコミュ障だから色々ある。まあゲームでも結構コミュニケーションに難あるけど。というか筆者がコミュニケーション能力低いからキャラ全般的にそのケがあるよなあっていう……。ソフィは今度めっちゃ甘やかします。いつ有給とろうかな。ちなみにπちゃん、最後のあれって……?
『柳瀬鈴』
・テンション上がってうおー!ってなってもあやを揺らさないという技術を体得している二十三歳。ソフィの魔法とか最後のπちゃんのやつとかめっちゃかっこいー!けどあやは揺らさない。ニワトリの首みたいな感じ。伝わるだろうか。まあどんだけ運ぶの上手くなっても(ry。ジャスティスハイスラッシュかっけー!
『島田輝里』
・なんかあやの感じがぜんぜん変わらないしπちゃん好き好きオーラ滲んでるしでなんか色々複雑な二十一歳。みんなだけのときは気づかなかったけどπちゃんの存在は結構でかい。そんなときに自分からグイグイ行けるタイプじゃないし。それでもあやが自分を好きという事実は分かってるからなんかほんともやもや。頑張れきらりん。ところでπさん、最後のやつってあれなんの冗談っす?
『小野寺杏』
・ソフィとπちゃんどっちが負けても美味しい展開だからちょっとウキウキな十九歳。この外道め。でもまあ、πちゃんはあやの視線集めすぎてるのがイラッとくるだけで別に嫌いじゃないからどっちかというとソフィが両断されてほしい。でもジャスティスハイスラッシュとかさすがに酷すぎると思う。
『沢口ソフィア』
・ほんぽうはつこうかいな十一歳。詳細はまた次回語られるけどあのアビリティは極振り特典その1です。極振り……だよね?なんか変な他のに振ってるみたいなこと言ったっけ……記憶にない……けど一応最初からあった設定だから多分大丈夫……大丈夫……。AWは極振りにも優しいゲームシステムとなっております。INT極振りの方向性は全ブッパ、パワーこそ力だっ!じゃす……なんですの?きこえなかったからあとでもういちどみせてほしいんですの♪
『如月那月』
・人間の身体のどこを射抜けば動けなくなるか知っている二十四歳。なにがヤバいって動いてる相手のそこをピンポイントで狙えるという事実……ではなく、ゲーム初挑戦の身でありながらその技術を体得しているという点。どこでそんな練習したんでしょうね……。まあフィクションだからその辺深く考えないとこう。メイドとはえてしてそういうものなのだよ。キーワードなしで発動などはできないのですか?
『天宮司天照』
・ナツキさんが想像の十倍くらいぶっ飛んでてかなりびびった二十三歳。かと思ったらなんかあやも結構本気出してきた感じでなんか色々びびってる。グイグイ来るなあ、どころか急に至近距離までこられて拒絶反応出かかったけどゲーム内という特殊な状況のせいでどっちつかず、結果なんかよく分かんないけど怖いくらいの微妙な気分。あやから上手いこと距離を取らなきゃただのコミュ障とかすぐ食われちまうぞ……裏切られる心配のない絶対的に一方的な愛とかそれもはや対人関係じゃないし、人間嫌いからすればあやほど傍に居やすい人間もおらんのやで。それを理解する程度に親しいということはつまり手遅れみたいな意味だから、πちゃんはまだ全然大丈夫だけど。実際どうなるかまだ決めてないしなー。システム的にハイスラッシュを抜けなくて結果あんなことになってつらたん。
言い訳です。
といってもそう大した理由がある訳でもなく、シンプルに時間が無かったです。ネタを考えてにやにやする時間はあったのに執筆する時間はなかったんです。それもこれも課題のせいなんや……大学のバカヤロー!
ほんとすみません。




