60話:平日だー
なんのかんのと60話です。
どんどん書き方が分からなくなってきてるような……?
気がつけばあっという間に終わってしまった正月休み。
あっという間の割に過密スケジュールだったのはまあ長期休みにありがちなことだとしても、それプラスでAWを始めたものだからまた違った忙しさだったように思う。普段たまにしか会えないみんなとあんなに沢山顔を合わせられたから、その忙しさはむしろ好ましいくらいではあったけど。
今後も仕事終わりとかで続けていくし、AWに誘ってくれたスズには改めて感謝だ。
だけどまあ、それはさておき。
正月休みが終わったということは、つまり仕事が始まったということで。
仕事が始まったということは、つまりきらりんとの親友ライフの幕開けということで。
職場に向かう道中ずっとにやにやしてる私は、きっと傍から見たら相当危ない人だと思う。でも考えてみればデートのある日とかは割とデフォルトな気がするから、すごい今更なのかもしれない。分かっていても止まらない。
だって、きらりんだよ。
これまでキラリちゃんっていうすごい他人行儀的な呼び方だったのが、きらりん、呼び捨てどころかあだ名、しかもきらりんが私を好きだって知ってる状態で、そんなの考えただけでによによしてしまうのはもはや生理的反応みたいなものだと思う。
ああきらりん、きらりん。
どうだろう、きっときらりんはきらりんって呼んだらすごい恥ずかしがって、顔真っ赤にして俯いちゃったりなんかして、そしたら抱き締めてしまうかもしれない、というか絶対抱き締めちゃうと思う。え、いや、え、可愛すぎかな?想像の中のきらりん可愛すぎなんだけど、うわ、うわ、どうしよ。ああでも、キラリちゃんなんて呼んで意地悪してみるのもありかもしれない、ショックを受けて目が泳いで、涙目になったりして、うわ、うわあ、どうしよこれ、ほんと、うわ、やばい、考えすぎたらほんとに通報されるかもしれない、さすがにそれは人として色々アウトっていうかきらりんに会えなくなるからまずい、落ち着こう、そう、落ち着こう。
ふう。
あー、ほんと、これ、どうしよ。
なんか、すごいぽやぽやしてる。
ああ、やっぱ好きだ、好きなんだなあ私って、きらりんが好きだ、うわあ、ほんと好きだぁ……。
なんて情緒不安定に悶々としつつ。
通い慣れた足は、それでも無事に職場まで私を運んで。
外には……まあそりゃあ、いない。一応見回してみるけど、ちょうど来てるところみたいな感じではないかな。
エントランス……にも、いない。うん、まあ、いないいない。そりゃあね、あのきらりんがエントランスで私を待ってるっていうのはちょっと考えられない。ゆくゆくは合流して一緒に出社も視野に入れているけど、
ふう、と一息。
それから少し身なりを整えて、階段を上がる。
徐々に早足になりそうなのを我慢して、すれ違うみんなに新年の挨拶をして。
階段を上がる。
上がっていく。
私の職場、きらりんの職場、果たしてそのフロアが目に入った瞬間に湧き上がった歓喜は、上手く隠し通せたんだろうか。
階段を上がったすぐ、手すりにもたれるみたいに、湯気立つカップを二つ持って、そわそわきょろきょろ落ち着かない様子で。
そこに、きらりんがいた。
私の職場に、好き会う彼女がいる。
あー、いや、いやいや、これはちょっと無理かな……?
「っ、ぁ、お、おはー、ようっ、す?」
見張り役かっていうくらいにきょろきょろしてただけあってすぐに私を見つけたきらりんはすぐに手すりから身体を離して、だけど駆け寄って来たりはできないで、どうすればいいのかまったく分かってないみたいな様子で、おどおどと混乱している。
好きと言った人が職場の先輩で、だから先輩としてなのか親友としてなのかどっちでいけばいいのか分からなくて、というかそもそも好きって言った相手にどんな顔をすればいいのか分からない、といったところだろうか。きらりんのことはまだまだ勉強中の身ではあるけど、多分そんなに大間違いな見立てじゃあないと思う。
控えめに言って大好きだった。
別に恋愛経験がない訳じゃないらしいのにこの初心さを残しているっていうのは、なんていうか、とても尊いことなんだろうなと、そんなことを思ったりした。
―――そのせいで。
悪戯心が、天秤を揺らした。
嗜虐心がむくりと鎌首をもたげて、私の身体を掌握する。
ぷるぷるするきらりんの今まで見たことのない表情が見たいと、下劣な独占欲が理性を雁字搦めに捕らえて疼く。
応える言葉はなく、私はただゆっくりときらりんに近づいていった。
視線は外さないで、じっと、ただきらりんだけを見て。
たじろぐみたいに一歩後ずさるきらりんは、どうやらそれ以上は動くことができないらしい、埋まって逆転した身長差に見上げる視線は落ち着かなさを増していく。だけどその視界から私が外れるタイミングは今や一瞬たりともなくて、きっと視界の全部が私のもので、今は緊張とかそういうものの後押しがあるとはいえ、きらりんが私だけを見ているというこの現状はどこまでも幸福で。
だから私は微笑んだ。
「おはよう、キラリちゃん」
「え」
きらりんのその表情には、色々な感情が詰まっていた。
思い描いていたのとは比べものにならないくらいに複雑で素敵な表情。
驚愕と悲哀と失望と苦痛と、ああそれときっと、ほんのちょっぴりの安堵。
ほんとはもっと、もっときらりんのいろんな表情が見たくて、反応が見たかったんだけど……あー、でも、これは、だめだ、私の方が我慢できないっていうか、いや、あれだ、こういうのはもうちょっと今度にしよう、うん。
「なんちゃって」
早々にネタばらし、胸を締め付ける罪悪感に頬を上気させながら、私はきらりんに抱きついた。
きらりんは中身入りなコップを持っているから、抗うことも受け入れることもできない。それはつまりこの瞬間、きらりんの所有権は私のものということに他ならない訳で。
きらりんはほんと、心配になるくらい無防備だなあなんて。
そんなことを他人事みたいに思いながら、私はきらりんの耳元で続ける。
ちゃんと脳みその奥の奥まで届くように、丁寧に丁寧に、愛情でくるんで、吐息の管を通して奥の奥に直接流し込むみたいに。
「おはよ、きらりん」
「ひっ」
びくりと震えて、身体を硬直させるきらりん。
表情なんて見るまでもなくて、なんというか、なんだ……ほんと、そういう反応が悪いんだよ……?なんでそんなに可愛い反応を見せてくれるんだろうきらりんは……いや、だから自重自重。
うーむ。
なんだろう、あの、職場恋愛とか初めてだからいまいち振る舞いが分からないっていうか、こう、親友ポジっていうのも実は未だに掴みきれてないっていうか、え、ほんとどうしよう……いやうん、まあ、とりあえずずっとこうしてるのもちょっとまずい、かな?きらりんとの関係のせいで仕事に支障が出てるとか、そんなこと言われたくないし。
「さ、今日もが……きらりん?」
「………」
……きらりんが目を合わせてくれない。
その代わりという訳ではなさそうだけど、す、とカップが差し出された。
「え、あ、くれるの、ありがと」
「……………………!」
「き、きらりーん?」
うーむ。
逃げられてしまった……ああ、そっか、ミミちゃんかあ……ならまあ仕方ないかな。お昼ご飯一緒に食べようねー、お、なんか通じたっぽい、苦笑して頷いてる。ああ、うん、いいよいいよ、きらりんは恥ずかしがり屋だから、ちょっと落ち着かせてあげて。二人の関係性ごと、私は好きになったんだから。
さて。
まあひとまずきらりんはミミちゃんに任せてみて、お仕事を頑張ろうかなと。
そんなことを思いつつ、カップに口をつける。
「お」
火傷をしそうでしない適度な温度、香り立つ苦味と僅かに踊る酸味。
深いこだわりがあるわけじゃないし、豆の名前だってよく知らない、そんな私の曖昧にぼやけた好みの全てを実現したみたいな、そんなコーヒーだった。
ああ、もうほんと、好きだなあ……。
■
「……あ、その」
「うん」
「あー、うー、えっ、と、…………ご、ご趣味はー、っていやなに訊いてんっすかわたし……」
「わ、私に助けを求められても困っちゃうかな?」
……。
あー。
緊張してカチコチに硬くなって隣のミミちゃんに助けを求めるきらりんも可愛い……こちりんと名付けよう。カチコチきらりんでこちりん。汎用性高いなあ。
なんて、微笑ましく眺めてるだけじゃあちょっと物足りないかな。
「ねえきらりん」
「だの!?」
だの……こちりんの謎の鳴き声可愛い。
それはさておき、私は自分の箸でハンバーグを一欠片持ち上げて、きらりんの目前に持っていく。
「はいあーん」
「ひゃへぁ」
きらりんが変な反応しても、キープ。
不明瞭な声を漏らす口にぬっと突きこんでみてもありだけど、折角ならきらりんからきてほしい。
ほらほら、ソースが垂れちゃうよー。
「……ぬ、ぅ、」
ちらちらと、きらりんの視線が私のハンバーグとミミちゃんで往復する。
横目に見えるミミちゃんはどうやら戸惑っているらしいけど、まあそりゃあそうだろう。そこそこ突拍子もないことをしているとは理解してるし、だからこそやってるっていうのも、まあなきにしもあらずだし。メインはきらりん可愛さについ手が出ちゃった、ではあるけど。
「きらりん」
「は、はずか」
「あー、ん」
ずい、と、また少し近づける。
きらりんの寄り目がハンバーグに集中して、意識的にか無意識にか、ごくりと喉が鳴った。
そしてきらりんは、私を見て。
「……あ、あーん」
あーむ。
きらりんが、ハンバーグを口にしてくれた。
きらりんが……。
てずから……!
ハンバーグを!
危うく涙をこぼしそうなくらいの感動に襲われて、硬直してしまう。
すると、私が引き抜かないものだから、きらりんは戸惑った様子で、箸先を咥えたままにもごもごとハンバーグを口の中で転がして、ああ、うわあ、可愛い……。
「んー、ふぇん、ふ、」
「あ、ごめんね」
謝りながら、箸を引き抜く。
ちゅぴ、と、唾液がほんの少しだけ糸を引いて、その箸先がその瞬間まできらりんの中にあったのだということを強烈に私に印象づけるみたいで―――
……。
「……なるほど」
「ん、むく、んっ……な、なにがっす?」
「いや、きらりんは可愛いなって」
「えぁ」
もはや赤くする余地すら残っていないらしいきらりんに、それ以上特になにも言わずなに食わぬ顔でハンバーグを食べ進む―――
「あ」
「んー?」
つい出てしまったというような声は、ミミちゃんから。
見ればミミちゃんは戸惑った様子で、いやそれはまあさっきからだけど、戸惑いつつもなにか気がついたみたいな、気づきながらも確かじゃないけどなんとなくそれが間違ってないと確信してるみたいな、そういう、上手く表現しにくい表情をしていた。
なるほどさすがミミちゃん、幼馴染なだけあってきらりんのことをよく見ている……それとも私への警戒心とか。明らかに前と違うし。
まあどっちにしても、きらりんはどうやらそこまで意識が回ってないらしい、真っ赤な顔で自分の定食をつつきつつ、たまに小鉢のごぼうのきんぴらを摘み上げてそもそも私に向けてもない視線を過剰に逸らしたりとかしてる。
やれやれ、可愛いなあ。
「きーらりん」
「なゃ、に、な、」
「はい、あーん」
戸惑いを無視して、口を開く。
「え、えぁ、あー」
負けじときらりんもぱか。
……。
「っ……!あ、あー!……ああー!?そ、そそそそそっすよね!?」
間違いに気づいて、きらりんはいひひっ、みたいな感じの未だかつてきらりんから聞いたことのない類の笑い声を上げる。
ほんと、面白いくらい緊張しいだなあきらりんは。
まあ、それはさておき。
「あー」
早く、と視線と声で催促。
「うぅ……あ、あーん」
するときらりんは、少し緊張と恥ずかしさはあるみたいだけど、思いのほかあっさりときんぴらを差し出してきた。ちゃんと私を見て狙いを済ましているし、自分がやる分には意外とそうでもない、いや多分ふっ切れた感じかな。明日には元通りになっていそうだけど。
―――まあ。
とりあえず、ミミちゃんを気にしてたりはしないみたいだから、十分かな。
「あー、ん。ん、おいひい」
「お、お粗末さまっす……?」
まだごちそうさまには早いけどね。
しゃくしゃく、ごくり。
さて。
「じゃあ、そろそろ昔話でもしよっか」
「……は、えぁ!?」
いやいや、そんな驚くことないでしょきらりん。
ちゃんと言っといたはずなんだけどなあ。
なんのために場を整えたと思ってるのやら、ねえ、ミミちゃん?
■
《登場人物》
『柊綾』
・職場なのに恋人モード(親友)という状況に適応し損ねている二十三歳。なんか壊れ具合が普段とはまた違ったテイスト。穏やかな狂気を他人に晒すとか浮かれすぎじゃあないかねチミィ?『友達と一緒に好きな人と向き合っている』というスタンスから『好きな人といる場所に友達が混ざっている』というスタンスに強引に持っていこうという意識的な悪意の表出。嫉妬もしない、束縛もしない、だけど自己中心的に場を整える。だって好き合ってるんだからいいでしょ。え、あの超クールな柊さんがめっちゃふわふわしてる……?みたいな視線をあちこちから向けられてたけど微塵も気づいてない。しかもそんなぽわぽわな雰囲気なのに仕事能率上がってるという恐怖。とりあえず社員一同あやをそんなにしたっぽいきらりんに畏敬の念を抱いたりしてみてるらしいっす。
『島田輝里』
・あやの距離の詰め方がえぐ過ぎてひぎぃっ!な二十一歳。なんかよく分かんないけどとりあえずみんなにバレないように、でもなにもしないっていうのもソワソワしちゃっていてもたってもいられなくてコーヒーとか用意してちょっと気のある感じ出そうとしたらなんかいつの間にか自分の席でミミちゃんに肩揺すられてた。続けざまのショックで記憶が……?なんてのは冗談にしても、危うく意識飛びかけてたのは事実。え、まさかあの子ってあの柊さんとそういう関係なの……?的な視線をチラチラ向けられててすっごいいたたまれない。なんか尊敬的な眼差しが混ざってるんっすけど……?
『錦野美心』
・あれもしかして柊先輩って想像よりヤバイ……?とか思いだしてる二十一歳。残念手遅れだ。めっちゃでれでれしてる風なあやの行動が酷く冷静っぽい気配を感じとったけど、違うのよミミちゃん、きらりんを弄んでるとかそういう意図は絶無なのよこの子。さて、いつ仕掛けるか……あんまり遅いとミミちゃんは理解しちゃいそうだからなあ。筆者もよく分かってないのに。
AW書きたい病




