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5話:ようやく世界の第一歩

亀の歩み

『あぁぁぁぁ!……なわっ?こてりん』

『……なにをやっているんだか』


 はああ、とため息をつくクラブさんだけど、CMの映像を見ている間にぐちぐち言いながら一度も目を逸らしていないのを知っている。そして多分すっちんも気がついていたんだろうけど、そこはからかったりしない辺りなんというか、とてもほほえましかった。


 さておき。


 CMも挟み、アイキャッチを差し込み、ようやく本編……残るもう一つの魔法、連結魔法とやらのデモンストレーションに到達した。本編というか、考えてみればまだアバターの育成方針を決める前段階にいる訳で、そういう意味では本編どころかプロローグみたいなものなんだけど。


『じゃーいっくよー!きゃっぴーん☆ミ』

『いつでもこい』


 横ピースを目に当てるすっちんと、腕を組んで仁王立ちするクラブさん。

 距離をとって向かい合う二人を、私は鏡に背を当てて三角座りで眺めていた。


『どっちーがかっつのっかなー!』

「勝ち負けとかないから」

『おー!?』


 背後(・・)から驚きの声が聞こえてきたけど気にしない。見えないはずの像が話したところで別に大したことじゃない、と考えておいた方が、まあ精神衛生的に安らかだし。


『みのがしげんきーん!ぃえい!』


 なんて思っていると、すっちんの声が高らかに響く。

 そしてすっちんはクラブさんに狙いをつけるように手で作った銃口を向けた。


 するとその先に、魔方陣といえば大体これか数字のやつかが思い浮かぶんだろうという、円の中に図形と文字らしき意味ありげな記号の並ぶ、暁色の紋様が展開される。


『まずはふつーににゅーとらーる!ふぁいあしょー!』


 ばきゅーん!と気の抜けるセルフ効果音と共にその魔方陣から、ソフトボールくらいの火の玉がクラブめがけてそこそこの速さで飛翔する。それはまっすぐとクラブに吸い込まれ、そして着弾と共に拡散するようにばふっと爆ぜた。


「わ」

『だいじょぶだいじょぶー』


 一瞬ひやっとしたけど、背後からの声の通りに、霧散する炎の中から現れたクラブさんは何事もなかったかのように涼しい顔をしていた。


『ユア、今のが連結魔法なしの、火炎魔法『火球(ファイアショット)』だ』

「あ、うん。ありがと」

『『クーちゃんべんりー!』』


 涼しい顔どころか解説まで入れてくれるクラブさんにすっちんの声が揃った。

 睨まれるのは、まあ対面のすっちんだけだけど。


『じゃーつぎー!れんけつまほーだいいちだーん!かりょくこそせーぎ!ふぉーすふぁいあしょー!』


 ほっと一息つくまもなく、消えていた魔方陣の次に新たな魔方陣が浮かび上がる。かと思えばその魔方陣の上の方に、もう一つ小さな円が食い込んで雪だるまみたいになった。


『ふぁいやー!』


 再度火の玉が放たれる、けど、さっきよりなんだか、なんというか、燃えさかっている感が強いというか……強化されてる、のかな。


 思っている間に、着弾。


「おお」


 明らかに先ほどよりも大きな爆発。

 性懲りもなく悲鳴を上げてしまったけど、やっぱり今回もクラブさんは全然平気らしかった。

 心臓に悪い。


『今のは『強力(フォース)』の効果を付加することで威力が50%、代償が100%上昇したファイアショットだ』

「効率悪いね」

『一撃に重きを置く場合は、まあそんなものだろう。もっとも、効り』

『くーきをよまずにだいさんしゃー!』


 今度はろくな詠唱もなく、クラブさんの話を遮って、さっきと同じような雪だるま魔方陣から火の玉が、今度は勢いじゃなくて速さを増して放たれた。うっかり見逃しかけるほどには、速い。二倍くらいの速さかもしれない。


 そして着弾……あれ、なんとなく、爆発が小さい?


『……『加速(ラピッド)』の効果を付加すると、今のように速度が50%上昇し、威力が25%減少する』

「えっと……い、威力まで下がるんだ」

『そうだな。代わりに代償は連結魔法そのもののみと』

『はいだいよんしゃー!これユアっちにはいちばんのおすすめだよー!』


 また遮った……クラブさん明らかにイラッときてるのに……。


 やめといた方がいいんじゃないかと向けた視線の先で、すっちんは指先を頭上に向けて魔方陣を呼び出す。


 頭上に?


『ふぁいやー!』


 どういうことかと首を傾げていると、またしても放たれた火の玉は別に強くも弱くも速くもなくて、そのままどこかに消える―――


 ことなく、弧を描いてクラブさんの頭に着弾した。


 さっきまで直線的な軌道しかなかったのに、その火の玉は緩やかに曲がったのだ。


『『追尾(ホーミング)』。的に向けて飛来する。代償50%増加』

「な、なるほど」


 クラブさんの説明が淡々としているどころじゃない。

 多分私にとって一番有用なやつなのに、それよりクラブさんが気になってそれどころじゃない。


 だ、大丈夫なんだろうか。


『さーいーごー!ごばんめだけにー!』


 私の不安もよそに、すっちんはまた銃口をクラブさんに向けて魔法を放つ。

 それはこれまでのどれとも違っていて、とても小さないくつもの火の玉が広範囲にばらまかれた。その分クラブさんに当たるのは少なかったけど、こまごまと小さいのが顔に当たるのはそれはそれで気分が良くないと思う……というか、どう見ても煽ってるみたいにしか見えない……すっちんずっと笑ってるし。


『『拡散(スプレッド)』。魔法を分割して広範囲にばらまく。威力は全てを総合して100%、代償50%増加』

「し、至近距離で当てたら凄い、みたいな」

『しょっとがんみたいなー!』

『……まあ、そういうことだ』


 ふう、とクラブさんは一つ息を吐く。

 なんだろう、もしかして、もう怒る気力もなくなったとかだろうか。


『いじょー!れんけつまほーはこんなかんじー!』

『ああ、待てスペード』

『おっおっおー?』


 穏やかに、至って穏やかにクラブさんは口を挟む。


『折角だ、ユア』

「え、あ、はい?」

『……あれぇ』


 私の名前を呼ぶ割に、視線すら向けてこないでクラブさんは言う。

 その視線は、どこまでもまっすぐすっちんに向けられていて、それだけですっちんはなにかを察して後ずさった。


『ついでに見せてやる』


 そんな言葉と共に、クラブさんの周囲にいくつもの図形が現出する。

 それは魔方陣という平面に留まらない、幻想的なひとまとまりの意味。回転する円環、変形する多角形、蠢く球体、流動する多面体、駆けずる文字列、心揺らす旋律、複雑に絡み合わせたそれは、しかしながらそれでいて奇妙な一体感を有して、それが一つのナニカであることを疑う余地などなく。


『これが連結魔法の可能性(・・・)だ』

『ま、クーちゃ』

『ははは聞こえんな』


 問答無用、クラブさんは一切笑うことなく笑い声を上げ、そして手を広げる。


『『スペードの存在を―――

『たまには私もキレるのだ。『法則破棄(デリート)』』


 ■


『という訳でここからは私が代打となろう』

「え、あ、えっと」

『なに、気にすることはない。たまにはお灸を据えてやらねばな』


 いや、そうじゃなくて、なんだか時間が一部飛んでいる気がするんだけど……気のせい、なんだろうか。すっちんがどうなったのかをあの状況で見逃したはずもないのに、記憶にないんだけど……。


『あまり深く考えるな。それよりもユアよ』

「う、うん」


 きつい口調という訳でもないのに、有無を言わせないのはどうしてなんだろう。


『お前は今どんなアバターを作るのか悩んでいる、そうだな?』

「えっと、そうだね」


 あれ、でもそれってクラブさんに言ったっけ……?

 ……まあ、ゲームだし。


『そこでスペードが、後衛をやりたいが援護がやりたい訳ではなく、かといって攻撃は自信がないというお前に合いそうなアビリティを紹介したと』

「うん。……そう言うと、なんだか凄いわがままだけど」

『まあそうだな』


 すんなりと頷かれた。

 まあ、そうなんだけども。


『そう可愛い顔をするな。それもまた有り様だ』

「……う、ん」


 さらっと可愛いとか言うのはどうかと思う。

 というか、すっちんがいたときと雰囲気違いすぎだし……。


 むう、と唸る私に、クラブは『なに、意趣返しみたいなものだ』と悪戯めいた笑みを見せてくる。


 それはそれで一つ、素敵な笑顔だった。


『さておき。それでどうだ。領域魔法と連結魔法、どちらか気に入ったのか?』

「……正直、ピンときてない」

『だろうな』


 まっすぐと向けられる穏やかな視線になんとなく申し訳なくなって目を逸らすと、くつくつと笑われた。


「だろうなって、そんな」

『そもそもだ。ユア、お前は戦うこと自体に乗り気ではないだろう?』

「え?」

『というより、この世界が楽しみだともあまり思っていない……正確には、未知が故になにを楽しみに思えばいいのかが分からないといったところか』

「あー……」


 そのクラブの言葉は、奇妙なほどに納得できた。

 確かに、スズに誘われたからという理由で始めてスズの言葉に乗って考えていた訳で。

 なにをしたいかというよりは、なにができるか、みたいなことが中心だったような……いやそれもなんだか違うかもしれないけど、少なくとも前向きな考えが中心にあったとは思えない。


「でも、だからどうすればいいのかとかまったく分からないんだけど」

『うむ。そこで一つ提案がある』

「提案?」

『いやなに、単純な話だ。一度試してみればいい』

「試す、って、なにを?」

『決まっているだろう』


 特別だぞ?と笑って、クラブさんは言う。

 それはなんというか、至って単純明快な話で。


 私はそれに、一も二もなく頷いた。


 ■


「―――という訳で、お試し期間を貰った」

「うん、もーなにがなんだか分からないよ!」


 だいぶ端折った説明を聞いたスズ……ゲームの中だからリーンか。鈴だからリーン。酷いネーミングセンスだけどともかく、リーンが本当に訳が分からなさそうにぶんぶんと腕を振り回す。


 その動作の方がよっぽど意味分からない。


 ちなみにリーン、サークレットに金属の重そうな鎧を着込んで背中に大きな剣を背負ってと装いこそはファンタジーしてるけど、その中身はほとんどスズと変わらない。強いて挙げてもなんとなく顔立ちが大人びて身長が伸びてるくらいで、私みたいに髪とか目の色を変えたりもしていない。いや、正直私の赤色は悪ノリしすぎた感じあるけど、クラブさんも褒めてくれたし多分大丈夫、多分……。


 さておき。


「つまり、色々試すから手伝って」

「わかった!」


 考えなくていいから無駄にいい返事だ。その理解力でどうしてゲームの基礎知識とかは頭に入ってるんだろう、謎だ。


 そんなことを思いつつ、私たちはスズに手を引かれて場所を移動する。


 アバターを作成してスタートすると最初に降り立つ、通称『始まりの街エインズ』。高い防壁に囲まれただけでなくシステム的に安全が保証されてもいるらしいそこから大きな門をくぐって、モンスターはびこる危険な外の世界へ。

 危険と言っても流石に、出たが最後命はないみたいなことは流石にないらしいけど。というか、少し緊張してたのに出てみればなんとものどかな平原で、なんだか所々に動物が歩いているのが見えるくらいのまったく拍子抜けな光景だった。


「まーそんないきなり襲われたー!とか初心者に優しくないし」

「まあ、確かに」


 このリアリティだと、多分急に襲われたら普通に怖いだろうし、それはありがたい。


「どーする?適当に喧嘩ふっかけに行く?ここら辺の相手なら素手でも勝てるよ!」

「一応、人目があんまりないところがいい」

「じゃてきとーに歩いて探そー!」


 れっつごー!と意気揚々と歩くスズに手を引かれて歩いていると、多分、ちょっと認めたくないけど安心感みたいなものもあって、その分進路以外のことに目を向けることができる。


 暖かな日差し、頬を撫でるそよ風に運ばれる草花の香り。見れば所々に色々な花が咲いてすらいて、なんというか、ひたすらに穏やかな世界だった。

 ……たまに『スラッシュ!』とか『ファイアショット!』とか『おらあ!』とか『てやぁ!』みたいな声が聞こえたりするけど、まあ、おおむね平和だろう。


 なんだか、自分がそんな場所にいるというのがとても新鮮な気分だった。


 仕事が休みで誰かと会う予定がないときはいつだって家で過ごしてるし、基本そういう日は連続であったりしないから、お買い物でもなく下手に外出するのはあんまり気が進まない。だから必然的にこういう、世界の広さみたいなのを実感する機会はそうない訳で。

 いやまあ、こんなものはゲームだからこその広々とした空間で、所詮虚構でしかないんだけど、なんというか、そう、息抜きにはかなりいいのかもしれないと、そう思えてくる。


 まったく、最近のゲームは凄いものだ。

 ただ歩いているだけで、まさかモチベーションが湧いてくるなんて。

 クラブの話に乗っかるのは大正解だったかもしれない。


 いやそれを言うなら、スズの誘いが先か。


「んや?どーしたのユア」

「なんでもない」


 どうしてそんなにも鋭いのか、振り向くスズに首を振って……いや、違うかな。


「やっぱり言っとく。ありがと」

「んー?別に、初心者を導くのも経験者の務めだからね!」


 そんな的外れなことを言って、スズは笑う。


 本当に私とゲームがしたかったんだと、今改めて知った気がした。

 


《登場人物》

(ひいらぎ)(あや)

・優柔不断でわがままな二十三歳。それもこれもスズに対する微妙な意地のようなものが原因だったりするが、なんにせよ面倒なことは間違いない。赤髪に赤い瞳とちょっとはっちゃけてみたが、なんというか、みんなが言うほど似合っているかというとそうでもない。日本人顔だし。VRの世界をてくてくしただけでゲーム続行を意識し始めたが、まあ当然ストーリー的に辞めちゃう訳ないんだよなあと。


柳瀬(やなせ)(すず)

・あゆと一緒なおかげで結構テンション上げ上げな二十三歳。よく分からないときによく分からないなりに従えるのは果たして長所と言えるのか。身体の一切を変更していないため、脱げば全年齢仕様になっている以外はスズそのもの。昨今のオンラインゲームはなんやかんやあって素顔が基本なのでそう珍しいものでもない。ちなみに担当は管理者随一の器を有するロリママなハートさんだったが、仮にクラブさん辺りだったら……うん。




乱数の(らんすうの)クラブ(くらぶ)

・割と本気でスペードを叩きのめしたおかげでそれなりの人数のプレイヤーが「すっちんが!?」状態になってフォローに回る羽目になったサイバーガール。連結魔法の到達し得る可能性の極点はつまりシステムすらも食い破れるということを証明してみたが、あいにくそれ人類のスペックじゃ扱えないので未実装です。あやのことは割と気に入っているから特例を認めたが、それを汎用化しようかという流れになって少し面白くない。


ようやく合流しました。

だいたいすっちんのせい。

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