57話:はてさていつまで続くのか
牢獄。
私の中でそれはなんかこう、檻っ!ていう感じのイメージくらいしかなかったんだけど、そういう意味でいえばここは紛れもなく牢獄だった。
明らかに趣向を変えてきた薄汚れた……それも所々に血の跡っぽいのがあるような通路の脇に、立ち並ぶ鉄格子の牢屋。入口には、見るからに特殊な鍵が必要そうな四角い鍵穴が四つ菱形に並んだ錠前が掛かっていて、それぞれの部屋は厚い金属の壁で隔てられている。見れば部屋の隅には、毛布だとでもいうんだろうか、破れたり赤黒く汚れたりかなり悲惨な布が無造作に積んであって、その上には壁に接続された無機質な枷が口を開いて待っている。反対の隅にはなにやら木の板で区切られた空間が用意してあるけど、どういうものなのかはちょっと考えたくない。
なんやかんやとひっくるめて、つまりまあ、牢獄だなあって。
牢獄なんだけど、なんであえてこんなものがこんなところにあるんだろうか。
いやだってこれ、あのモンスターロード的な感じのを小部屋にすればそれでオールオッケーだったでしょ。なんでそれをわざわざこんな造りの……予算削減的なことなんだろうか。日本でやったら人権団体に袋叩きにされそうな所業、いやまあ、別に入る予定もないし別に牢獄がどうなっていようとどうだっていいんだけど。
ああでも、きらりんが嬉しそうだから……ってあれ?
なんか急にこう、ストンって落ち着いちゃってるんだけど。
「……いくっすか」
「どうしたの?急にテンション低くない?」
「いや、考えてみたら期待裏切られてばっかっすから」
「あー……」
もはやこれはきらりんにとってクソゲーなんじゃないかっていうくらいに尽く好みが外れてきた経験から、どうやら熱いハートを失いかけているらしい。なんだろう、寂寥に似たものすら感じるその後ろ姿にはかける言葉もないくらいだった。
うん、どんまい。
まあこんなところでうじうじ考えていても仕方がないから、若干ピリリとしたきらりんを先頭に通路を進んでいく。
広い牢獄に、足音だけが響く。
天井に明かりが吊り下がっているとはいえスターの明かりが目につく程度には薄暗くて、向こうはあまり見通せない。だけど見える限りではどうも牢屋に誰かが捕えられたりもしてはいないらしくて、今回もきらりん残念賞かななんて早くも思ってみたりしつつ。
それはあまりに悲しいしなにかないかなと、目を凝らしてみてもないものはないんだけど。
いや、ほんとこれなにもないな。
なにこれっていうくらいなにも……ん?
……うーむ。
なんとなく視界の先の先に少し違うなにかがあるような、ないような。
いまいちよくは見えないけど、近づくにつれて少しずつ視界が通るようになって……。
「んー」
「広場……でしょうか」
「……な、なんかあったんっす?」
お、ちょっとそわっとしてる。そわりんだ。
そわりん可愛い。
「な、なんっす……?」
「ううん。えっと、向こうになんか広場があるっぽいんだよね」
広場というか、まぁ、広い場所。
……見た感じあんまりそわりんの欲求を充足させられそうな感じではないんだけど、というか広い場所という以外の要素が正直見いだせないんだけど、それでもそわりんの期待を裏切るようなことは私にはできないのだった。
そう、例えそれが、辿り着いてしまえば分かってしまう程度のものだとしても―――
いや、そんな大袈裟なものでもないけど。
ともあれそんなこんなで、しばらく歩いてその広場へと到着した。
したけど、まあうん、やっぱり特に特筆すべきところはない。四方に伸びる道のジャンクションになっているだけの、広場というか踊り場くらいの意味しかなさそうな……いや踊り場の意味もよく分からないけど、つまりまあ、ね。
「ほら、こういうのってなにかあるなら奥の方じゃない?」
「そうっすね……」
しょんぼりんを慰めつつ。
道しるべとかもないから、とりあえずさらに奥へ。
景色に代わり映えのない通路をずんずん進む。
本当に進んでいるのか分からなくなるくらい代わり映えがない通路、しかも等間隔にジャンクションが設置してあるせいでもしかして空間でも歪んでるんじゃないかとか思えてくる。ある程度進んだら元に戻るみたいな。まあ、ナツキさんからすれば汚れの模様とか色々違うらしいけど。
それでもやっぱり、代わり映えのない光景に随分げんなりしつつ。五つ目のジャンクションを超えて六つ目に到達するという頃。
ようやく、代わり映えがあった。
壁。
床と天井とを繋ぐ壁。
見た感じこれまでの広場の二倍くらいの面積を四角く囲んでいるらしいそれはむしろ柱の方が近そうではあったけど、扉もついてるし内側は詰まってなさそうだった。
「これはちょっと期待大っす!」
おめめきらりんがわくわくそわそわしてる。
まあ確かにこんなの明らかになにかありそうだけど、はてさてきらりんのお眼鏡に適うなにかはあるんだろうか。
そんなことを思いつつ、例によって生えている角柱にエンブレムを翳して、オープン。
ゔぃーんと開いた扉の向こうにあったのは……まあ、やっぱりというか、部屋ではあった。部屋なんだけど、なんだろう、四人で共同生活でもしていたんだろうか、部屋を四等分するみたいに趣の異なる空間が構築してある。共通するのはベッドとタンスくらいであとの小物とか装飾品とか家具はてんでバラバラ、それこそクマのぬいぐるみみたいなものが置いてあるところもあれば酷く殺風景に最低限のものしかないようなところもある。
これはつまりどういう部屋なんだろう、やけに生活感というか人間味のある装飾をしてあるわりにあまり人が住んでいた気配がない……というかまあ、ぶっちゃけ普通に血痕とかあるしなんらかの事件性すら感じられるんだけど、そもそもなんでこんなところにこんなに部屋があるんだろう。
「こ、これは間違いなく看守の部屋っす!」
「看守……あー」
なるほど看守さんなら……いやそれでもこんなところに住むとかあんまり考えたくはない……ああ、それともあれかな、仮眠室みたいな。牢屋に閉じこめられてるとはいえ罪人がすぐそこにいるような所で仮眠はとりたくないけど、牢獄は無駄に広そうだしそれもありえる……んだろうか。とすると、似たような部屋がどこかに点在しているのかもしれない。さすがに四人じゃ回らない広さだし。
まあ、それはさておき。
看守の部屋にしろそうでないにしろ、とりあえずこんなところにあるくらいなんだからなにかあるだろうと、みんなで部屋を漁ってみる。
……なんかこう、今すぐ牢屋に入れられて然るべきなんじゃないかっていうくらいの所業な気がするけど、ゲームだから仕方ないね。
一番乗り気なきらりんいわく『絶対に看守の日記があるっす!』とのことだけど、日記ってそんな必要なものなんだろうか。ホラーの謎解きには必須アイテムとか言うけど、そもそもこれホラー……っぽさはあるにしても、今のところ解くべき謎とかあったっけな。
まあ、そんなことを考えたところで、最終的にはきらりんが楽しそうだからいいかな、という結論に落ち着く訳なんだけど。
楽しそうっていっても、さすがにベッドの下とかマットレスの下とか漁ってるのはどうなんだろうか。普通そんなところに日記とか置いてあるはずないでしょ。そういうのはこう、机の引き出しとかに……あ。
「あったかも」
「まじっす!?」
「わ」
ひゅばっ!と傍にやってきたきらりんに少したじろぐ。
ちょっとバランスを崩したけど、今さらスズはそれくらいじゃ落とさないからそこは安心だ。
「びっくりするでしょ、きらりん」
「あ、ついっす。ごめんなさいっす」
言いつつ、そわりんの視線はずっと私の手に持つ手帳にちらちら向いている。
……私よりもきらりんに優先される手帳に、若干の嫉妬を覚えるのを自覚する。
とはいえ私も子供じゃないから、ここはぐっと我慢。
こういうときは励ましとかなにもしないでいてくれる辺りがほんとに救われる。まったく、過保護だとかなんとか、言えるような立場じゃないよなぁ。
それはさておきみんなでそれを見分してみる。
手近な机から見つけたそれは、片手で持つのにちょうどいいくらいの厚さをした革表紙の手帳だった。表には特に題名とか記名とかもなくて、これが実際に日記なのかなんなのかとかは開いてみないことには分からないっぽい。正直乾いた血みたいなのが付いててあんまり読みたくない感じなんだけど、まあきらりんが読みたそうだし……うーむ。
わくそわというきらりんの視線にざわつくものを覚えて、酷く不本意な気持ちを抱きつつも、その視線の望むままに手帳を開く。
そして、そこに記されていたのは―――
「……うん、読めないね」
「なにごー?」
開いた1ページ目、下の方から微妙に血が侵食しているそこには、なんだろう、文字と分かるけど見たことがない謎言語でもって文章のようなものが記されていた。
まあ、それもそうだよなあと。
「おうふ……っす」
ここまできて読めないのかとがっくしするきらりん。
どうやらショックのせいですっかり忘れてしまっているらしい、いやまあ観察の目で確かに読めるのかも分からないけども。
まあとりあえず試してみるかと思っていると、ふとナツキさんが呟く。
「……あまり簡単には翻訳できそうもありませんね」
……それ頑張れば……いや、考えるのはやめとこう。
「まあ、とりあえず観察の目で見てみるね。この前は読めたし」
「はっ!そうっす!」
「便利なものがあるのですね」
「うん。まあこれも読めるかは分からないけど」
一応あまり期待しすぎないようにと釘を刺しつつ、観察の目発動―――
〜四三〇年/三季/一〇六日〜
今日から日記を書いてみる。
でも書くことがないので、今日はとりあえず最近あった面白いことを書いてみる。
面白いこともなかった。
明日は少し意識して一日を過してみることとする。
今日は寝る。
〜四三〇年/三季/一〇七日〜
今日は日記に書くことを意識して一日を過してみた。
けれどいまいちなにを書けばいいのか分からなくてなにに意識を向ければいいのか分からなかった。
結局書くことはない。
一人で考えても恐らく無駄なのだろう。
なので、同僚に聞いてみることにする。
今日はもう終わってしまったので、明日にしよう。
今日は寝る。
〜四三〇年/三季/一〇八日〜
手始めにフェブに相談してみると、フェブは『なら日記に書けるような特別なこと、一緒にしよっか』と慌てた様子で誘ってきた。
フェブはいつも私の相談に乗ってくれる。
感謝の念しかない。
ただ、せっかくフェブが身体を張ってくれたのでお言葉に甘えてフェブとの特別を記すつもりだったのだが、それはフェブ本人の頼みで控えることとする。
フェブが言うには『ごめんね、やっぱりああいうのって、二人だけの秘密にしたいの』だそうだ。
顔を赤くしていたので、もしかするとあの行為を通してどこかに不調でも現れたのかもしれない。
思えば、フェブは最中から苦しそうだった。
フェブ本人はそんなことはないと言っていたが、明日以降しっかりと様子を見ていくこととする。
今日は寝る。
〜四三〇年/三季/一〇九日〜
昨日からフェブの様子がおかしい。
気をつけて観察しようとする私の視線を避けるような素振りが見えるのだ。
どうしたものかと悩んでいたのだが、今度はシューロが相談に乗ってくれた。
そして昨日あったことをフェブが秘密にしてほしいという部分を隠して伝えたところ、シューロは『なーる、そゅこと』(なるほど、そういうことかの意。シューロの言葉遣いは独特だ)と言ってフェブと話をつけてくれた。
すると、その後フェブの様子が少し落ち着いたようだった。
フェブからの謝罪を受け取ったが、その様子からして私に対する悪感情によるものではないと思われる。
密かにシューロに話を訊いてみたのだが、内容は秘匿された。
それと、代わりにまた今度なんでも言うことを聞くという約束をさせられた。
一体なにをさせられるのか今から不安ではあるが、恐らくシューロならばそこまで恐ろしいこともないだろう。
その夜、フェブが寝床に入り込んできた。
どうやら特別は一日にしてならずらしい。
終わった後フェブが自分の寝床に戻る前になにかを囁いていたような気がしたが、聞き返す前に戻ってしまったので内容は分からなかった。
明日にでも聞いてみることにする。
今日は寝る。
……。
「……もうやめないこれ?」
「い、いやまだ最後までいってないっす……!」
うわあきらりんが露骨に興奮してる。
人のプライベートを覗くのがそんなに楽しいんだろうか。
私に対してならともかく、見も知らない誰かに対してとかちょっと信じられないんだけど……。
そんな視線を向けると、むっつりんは慌てて首を振る。
「そういうあれじゃないっす!こ、こういうのは最後のページに意味があるんっす!」
あわあわと弁明を並べるきらりんだったけど、みんなからの視線がすごい生暖かい。
まあそこまで言うならあと1ページくらい読んでみようとペラペラ捲って、ちょうど途切れたところを見つけ……うわ、不自然に途切れてる……よし。
〜四三一年/三季/六六日〜
恐らくこれを書き終わったあと私は死ぬのだろう。
フェブもシェーロもネグイスも死んだ。
記事に記されていた魔導式の概要ですらその全てを理解できる程に優秀な頭など有してはいないが、それでもやつらが統合を望んでいることは理解できた。
そしてこの状況はつまり、奇跡的にも私たち四人は全員がそれにそぐわなかったということなのだ。
だから私は死ぬだろう。
フェブやシェーロやネグイスと同じように。
だからこそ、正直なところ私は死ぬことを恐れてなどいない。
彼女たちがいないこの世の中に生きる価値などありはしないのだから。
だからこの最後の日記には理由などない。
ただこれまで欠かすことのない日課として眠る前に続けていたことを、最後の眠りの前にもやっておこうと思っただけのことだ。
扉がひ
「……終わり」
「バイオハザードか!?」
「同じ日記とは思えないっす……」
「意味深」
「ちみどろにもなるわけですの」
「……ちなみに前日の内容はどのようなものなのでしょうか」
確かに少し気になる。
ちょっと覗いてみると……うん?
なんだろう、【この文章はシステムにより規制されています】とかいうのが散見されるんだけど……あ、これ詳細見れ……『この文章は性的な表現を含むため規制されています―――』……?
うわあ。
「えっと、なんかその、せ、性的な表現がどうたら、こうたら……?」
……いやうん、まあ、みんなそういう反応になるよね。
そりゃね。まさかこのゲームの中でこんなところで唐突にぶっ込まれたらね。
よし。
とりあえず見なかったことにしよう。うん。
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《登場人物》
『柊綾』
・きらりんに対して妙に我慢しすぎな気がする二十三歳。親友枠とかどう接触すればいいかちょっとよく分からない。好きって言ったのに私中心じゃないとかそれどういうこと……?みたいなことを無意識的に思ってる。のわりにあんま持ち上げられると恥ずかしいとかお前ほんとワガママすぎん?
『柳瀬鈴』
・そろそろあやの意識した方向に動く技術身につけててもおかしくない二十三歳。あやの望むところとかあやが行動しやすいようにとかそういうのを無意識に感じ取ってやれるくらいのポテンシャルはあると思う。届くところに机があったのはつまりそういうことだと思っている。ちなみにこいつの言うバイオハザードは某ゾンビゲーではなくバイオのハザードであるからして。
『島田輝里』
・そろそろAWを進めたいなあと内心思ってる二十一歳。筆者も思ってる。世界が希薄なのもきっと全部のエリア触りしかやってないから。そうだといいな。はやいとこ別大陸行け……それか迷界潜れ……城探索でも可……。まあとりあえずキャラ紹介&クランホーム編終わってからやね。どこから行こうか今から悩みどころ。あれきらりんの話……まあよくあること。
『小野寺杏』
・わりと雰囲気がお気に入りな十九歳。牢獄の雰囲気に密やかにわくわくしてる。血痕の散る通路とか牢屋とかすごい好み。あやの見つけた日記とかインベントリにあるだけでテンション上がれる。死の間際の記録とか感動すら覚える。
『沢口ソフィア』
・雰囲気は好きだけどやっぱり敵がいないと物足りない十一歳。こう、牢屋を使って【自主規制】。なんで囚人いないんやろか。
『如月那月』
・文面と意味が揃ってたら一言語につき半日あれば中学生向けの教科書作れる程度にはなる二十四歳。なお発音除く。あやの音読プラス手帳の文章からある程度の構文は掴めているけれど、あまり本気で取り組んでないから習得してない。言語系アビリティ存在するけれど、修する機会はなさそう。
現存する手記の中でいえば、まあ比較的まともな部類。ハズレの中ではまともみたいな。




