51話:こんな長引く予定じゃなかったのに
書ききると長引きそうだったので……
「くはっ」
と。
笑う声。
「確かに今なぁ効いたぜぇ」
ふらり立ち上がる彼女のその口からもポリゴンは垂れているけど、その立ち姿は揺るぎなく、不遜な笑みからはダメージすらも感じさせず。舌なめずりをするようにポリゴンを拭えば、もはや続く赤色はなかった。
拍子抜けするほどあっという間に終わったと、そう思ってしまうような一撃だったけど、どうやらその判断は尚早だったらしい。きらりんがまったく動じてないところを見ると、それはそう驚くべきことでもないようだったけど。
「こっちじゃあ随分つまんねぇんだなぁ、えぇ?おい」
「あいにくそういうの求めてないっすからね。そういうそっちも、脳筋プレイじゃなかったんっす?」
「こっちじゃあこの方がオレ様にあってるっつぅだけのことよぅ。根っこの部分は微塵も変わっちゃあいねぇぜぇ」
「……まあ、わたしも基本方針はそう変わってないっすよ」
手早くウィンドウを操作して、きらりんは片手剣と長槍を構える。ひゅんひゅんと手元で回して切っ先を向ければ、エースさんは本当に残念そうな表情から一転、獰猛に歯を剥き出して笑った。
「そうでなくっちゃあなぁ―――!!!」
「壊し甲斐ないのは我慢してほしいっすけどっ!」
嬉々として駆け出すエースさんを迎え撃つように前進、きらりんが真っ直ぐに突きだした槍に対してエースさんは僅かに半身を逸らして、だけど避けるのではなく真正面から額を叩きつける。
ばぎっ!となる音は槍の柄が砕けた音、だけど見れば穂先までも無残に砕けていて、にも関わらずエースさんの額からは僅かなポリゴンがこぼれ落ちるだけ。
「脆すぎんぞオラァッ!」「石頭っすねぇ!」
当然のように破壊された槍に気を取られるまもなく横ざまに振るわれた長剣は、振り払うように振り下ろされるエースさんの拳との接触寸前にインベントリに収納、即座に再度取り出すことによって攻撃をすり抜け、その首へと―――
届く寸前、エースさんは刃をその口で受け止める。
「ふぁふぇえぇえ!」
「どっちがっすか!」
「ぐぼっ!?」
「お残し厳禁っす!」
「おごぉ!?」
ついで振るわれるもう片方の拳をいつの間にやら装備した玄武で打ち払い掻い潜りつつ鳩尾へと抉り上げるように膝を叩き込むきらりんは、さらにその衝撃で解放された長剣を逆手に持ち替えエースさんの口内へと強引に突き込むと、今度は弾き飛ばすように前蹴りを叩き込み、そしてその瞬間鞭を振るう。
「ぐっ……」
撒き散らされる赤のポリゴン、呻く声はきらりんが。
……アンズとナツキさんが即座にフォローに回ってくれなかったら、正直スズから落ちてでも駆け寄ってたと思う。
手首の辺りから切断されその先を失った腕を掴みながら、睨む先には悠然と着地してみせたエースさん。
ばぎゃり、刀身を噛み砕かれた長剣の柄が地面に落ち、即座に踏み砕かれる。
次いでくっ、と力めば、ごぎゃごぎゃとなにかが砕けるような音がして。
足下と体内から立ち上る光の中、そして彼女は愉悦に笑う。
ポリゴンをこぼすきらりんの手首を片手に、にやにやと。
「ごっそさん、ってなぁ?」
「……お粗末さまっす」
苦々しげなきらりんに、エースさんは心底楽しそうだった。
メンタル的にはエースさんの圧勝といった感じだろうか、戦闘面ではどうなんだろう、蹴り飛ばす寸前にきらりんの腕を掴んでみせたエースさんもすごいし、即座に反応して切り捨てたきらりんもやっぱりすごい。どっちもすごいけど強いて言うなら、多分体内で長剣の刀身を砕いたんだろうエースさんの方がヤバいと思う。もっとこう、人っぽくいけないんだろうか。
みんなが軽く引いてる中、きらりんはおもむろにウィンドウを操作すると回復薬を取り出して服用する。
「くはっ、おいおいせけぇじゃあねぃかよぅてめぇ」
「PKに言われたくないっす」
「オレ様ぁ正々堂々やってるぜぇ?」
「知ったこっちゃねえっすね。というかそっちも使えばいいんっすよ」
「最近ぁアビ便りで持ってねぇんだよぅ」
「……っしゃいいこと聞いたっす!」
「やっぱてめぇのがせけぇだろうがよぅ!」
自分は待ってもらっといて腕が生えたら即座に攻撃しだす、控えめに言って下衆なきらりん。
そういうところをもっと私にも見せてくれればいいのになあ。
さておき。
突貫するきらりんは両手に玄武を装備して本気モードということなんだろうか、まあ確かに、噛み砕かれるだの頭突きでやられるだのそんな装備じゃさすがに有効打とか無理そうだけど。
とはいえまあ、それはそれで厄介だと思うけど。
「おらぁっす!」
「甘すぎんだよなぁ!」
「っす!?」
なぜか驚愕しているきらりんだけど、別に鞭くらい普通に掴めると思う。
いや、私はここでもリアルでも絶対できないけど、ナツキさんは普通にできるし、アンズも多分ゲームなら余裕、きらりんはも多分できる。それにエースさんはどう考えても耐久が十分にあるから多少ダメージを負ってもいい訳で、そう考えるとまあ、あの距離で普通に振った程度なら特に苦もなく受け止められるだろう、現にそうなってるし。
にしてもなんだろう、きらりんってそんな迂闊なことをするタイプじゃないと思うんだけど、うっかりだろうか。
「んでそんな平然とぉっ……!」
「練習したからなぁぁぁあああ!」
……あれ、え、もしかして私の認識っておかしいんだろうか。
鞭って、すごい人なら掴めるものじゃないの……?
「くっ……」
若干の困惑を覚えつつも、状況は進む。
動揺を挟んで先手を取ることは流石のきらりんにもできないで、むしろエースさんが鞭を振るったのに腕を取られて体勢が崩れる。エースさんにそれを見逃すような甘さはなく、即座に鞭から手を離すとその手が今度はきらりんの腕を掴もうと―――
「っ……!」「くはっ」
して、空振り。
体勢が崩れるままにガクンと倒れ込んだきらりんは即座に横に飛んで鉄さえ砕く踏み付けを回避、転がる流れで立ち上がった矢先追従してきたエースさんの拳を篭手で弾こうとするも、それは受け止められる。
みしり、と音が聞こえると錯覚する程に力の込められたエースさんの腕をきらりんは咄嗟に打ち払おうとして。
「『ウェポンブレイク』ゥ!」
「っ!?」
咄嗟に飛び退った鼻先を掠めた紅い光を纏った蹴り上げは、目にも止まらない速さできらりんの篭手をそれに包まれた腕と拘束する自らの手もろともに撃ち抜く。
「はっはぁ!」
ごぎゃあっ!
と、捕えられていたからこそ吹き飛ぶことすらできず一撃を叩き込まれた篭手は凄絶な音を立てるけど、見た限り致命的な破損には届いてない。むしろ蹴り上げた足先の方が大変なくらいで、にも関わらずエースさんがなんかすごい嬉しそうな歓声を上げているのがちょっとよく分からない。壊し甲斐があるとでも思っているんだろうか。
「さいっこうじゃあねぃかよぅ!」
「この私の傑作をそう簡単に壊せると思わないことね!」
「ぃやっぱりてめぇだよなぁ!上等じゃあねぃかよぅ、ぜぇってぇぶっ壊してやるぜぇ……!」
「やれるものならやってみなさい!」
なんならきらりんが蚊帳の外という訳の分からない状況。
まあ、当のきらりんはちゃっかり抜け出して回復してるから特に文句もなさそうだけど。
とはいえまあ、それでも当事者の一人……もはやなんのための戦いなのかすら微妙になっている節があるけど、ともかくきらりんは多分当事者な訳で、ずっと放置だなんてある訳なくて。
「んでよぅ、白ぎぃん」
「なんっす」
ぶっきらぼうに答えるきらりんに、エースさんは目を細める。
「思ったんだけどよぅ、てめぇ、弱くなってねぃかぁ?」
「いや、そっちが頭おかしいだけっすからね……?なんでまだ生きてるんっすかほんと」
「そうじゃあなくてよぅ……なんつぅの……腑抜けてんじゃあねぃか?」
「……まあ、あんな反骨精神剥き出しな頃と比べたらそりゃあ大人しくもなるっすよ」
「つまんねぃなぁおい。オレ様ぁ戦いたかったなぁ、もっとえげつねぇてめぇなんだがよぅ」
「いや、んなこと言われてもっすね」
困った様子のきらりんに対して、エースさんはにやりと笑う。
「これじゃあよぅ、ぜぇんぜん満足できねぃよなぁぁあああ?」
「……なにが言いたいんっす」
「なりふり構わずこいってんだ白銀よぅ」
ぎらり、光る眼差しを受け止めて、きらりんはそっと目を閉じる。
そして深い溜息と共に目を開いて、一言。
「お断りっす」
「あ゛ぁ?」
「けどまあ、そうっすね」
くるりと、振り返ったきらりんと目が合う。
どうしたんだろうと見つめていると、きらりんは真剣な表情でなにかを言おうとして、かと思えばはたとなにかに気がついたように顔を赤くして、口をぱくぱくする。
うーむ。
「きらりん」
「にゃひゃう!?」
可愛い。
だけどなんとなく、ほしいのはこれじゃないかなあ。
正直、私が口を出すのは少しはばかられるところがあるんだけど。エースさんもなんかすごい『邪魔すんじゃあねぃぞてめぇよぅ』みたいな視線を向けてくるし。
でもまあ、きらりんがそれを望むなら。
私としてはできる限り与えてあげたいと、そう思う訳で。
ほんの少し、考えて。
きらりんがちゃんと私の声を拾えるくらいに落ち着いて、だけど訊ね返してくるよりも前に。
私は言う。
「頑張って、勝ってね」
「っ!?」
思えば言っていなかった言葉、なんとなく、今きらりんが望むならこれかなあと、そんな予想はどうやら間違っていなかったらしい、困惑と驚愕と、それとなにより嬉しそうなその表情に、私は満足感を覚える。
同時に、うずうずと燻る好奇心のようなものが消えてゆくのを感じた。
どうしてなのかはよく分からないけど、多分きっと、ここから先は普通に応援できそうだと、そんなことを思いつつ。
「……ユア姫様の仰せのままに、っす」
なんて言って、てれりんはエースさんと向き合う。
ふむ。
「きらりん可愛い」
「にゃ!?な、ね、ごふっ、ぐふ、けはっ!」
ごっほごっほとむせるきらりん。
すごい可愛い。
というか、なんだろう、今すごい満ち足りている。きらりんってあれだ、なんというか、こう、ね。なんか虐めやすいというか、そういう感じがする。
たまに同期のミミちゃんにからかわれてるのを見るけど、あれはつまりこういうことなんだろう。
なんて深い納得をしつつ見ている先で、それからなんとか気を取り直したきらりんは、改めてエースさんと向き合う。
「待たせたっすねA、お望み通りぶち負かしてやるっすよ」
そんな宣言を受けたエースさんは、だけど目を丸くしてぽかんとしていた。
なにやらすごい滑ったみたいな空気感の中、エースさんはそんなこと気にせず私に視線を向けて、そしてまたきらりんに視線を戻して、それからなにやら得心がいったみたいに、ようやくにやりと笑う。
「ずいぶんと変わったじゃあねぃかよぅ、白銀」
「……うっせっす」
「くはっ、まぁオレ様ぁなんでもいぃぜぇ、てめぇがマジになんならよぅ」
「別に、わたしは最初っからマジっすよ」
「あ?」
ひゅんひゅひゅんひゅと確かめるように鞭を振るいながら、きらりんは続ける。
「ただ」
たしーん、と、最後に一撃、石畳を抉る鞭。
見れば、鞭が地面に少しずつ刻んでいたらしい傷は、六芒星のような図形を描いていて。
その中央、きらりんの視線は、まっすぐとエースさんに向いて。
「こっからは、大マジでいかせてもらうっすよ……!」
そんな決めゼリフと共に、どぎゃぁーん!と効果音がなるくらいのキメ顔を見せるきらりんだったけど、なんだろう、なんというか。
「……てめぇはあれだなぁ、毎回キメたがる癖によぅ、決めゼリフがぜんっぜん上手くねぃよなぁ」
「ガチのダメ出しはやめるっすよぉ!?」
うん、ごめんきらりん、それに関しては割と同意見。
■
《登場人物》
『柊綾』
・きらりんとの仲が一方的に進展した二十三歳。ほかのみんなと違って、きらりんはなんだろう、特筆すべき過去の話の中にあやが含まれてないこともあって、あと好き宣言がゲームの中というのもあるのかもしれない、なんにせよまあそんなこんなであやの中で特殊な枠の中に入っていたのですが、今回それが普通の枠に入った気がします。基本ノリと勢いで書いてるからなんの前触れもなく唐突にイベントが入ってくるのどうにかしなきゃなあと思いつつ、思いついてしまったものは仕方ないの精神が魂を蝕んでいるので仕方がないのです。
『島田輝里』
・黒歴史からの逃げ切りがかかってる二十一歳。エースさんが進んで引き出そうとしてるから困った。今回あやにモチベーションをもらってみたけど思いの外効いてちょっとテンション上がってキメたらオチに使われるという不憫な娘。筆者のセンスのなさを登場人物のせいにするという高等テクニックです。だからこその一人称というのもあったりして(実話)。
『その他の方々』(スズ、アンズ、ソフィ、ナツキさん、πちゃん、こじかちゃん、ミちゃん)
・なんかもうすごい面倒でついまとめてしまった二十三歳と十九歳と十一歳と二十四歳と二十二歳と十六歳と十六歳。アンズとナツキさんはフォロー役として出番あるしπちゃんは勝手に話し出すけどほか三名はまあ、うん。頑張って。
『藤咲奏』
・渾身の一撃で壊せない装備にテンション上がりっぱなしな二十三歳。きらりんの場合はいろんな武器をハチャメチャに使ってくるその手数の多さが楽しいから、使い捨て装備でもテンション上がれた。きらりんに対して腑抜けているなどと言うが、なんということはない、こいつの方がレベルでかなり上回っているというだけのこと。その上アビリティもそこそこ揃ってるし、単純スペックで差が出てる。プレイヤースキルはほぼ互角(のつもり)でステータス格差あるからそもそもが無茶ぶりなのだけれど、きらりんを勝たせなければいけないというこの……どうしたものか。
すごい眠いです




